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人類の敵

「あのなぁ。どんな理由があれ、チームと離れることになるなら常に連絡取れる状況にするのは当然だろ!?ってか普通に考えて当たり前だろ!?」

「はい、おっしゃる通りです」

「目の前の敵に集中するために情報をシャットアウトするなんで言語道断!次同じことしたらチーム解消だぞ!?良いな!?」

「はい、すみませんでした」

 

 陽太は正座の体制で、淡墨からありがたいお説教を受けていた。

 

 隣にはクロが出した火で暖炉のように温まるシロがいる。

 

「それに俺が言った情報を額面通りに受け取るな!その情報を前提にするのは悪くねぇが、常に最悪の状況を想定しろ!いいな!?」

 

 自分もその情報に振り回されていたはずなのだが、そんなもん知らぬと棚に上げて淡墨は堂々と言う。

 ぬけぬけと言い放つ。


 どうやら自分の失敗は忘却の彼方に全力投球したようで、その開き直りはいっそ清々しさすらあった。

 

「はい、すみませんでした」

 

 そんなこともつゆ知らずの陽太は、ただひたすら申し訳なさそうに頭を下げていた。

 

「それになぁ」

 

 と、続けてありがたいお言葉を頂戴するところで陽太は意を決して手をピシリと真っ直ぐ上げて言う。

 

「すみません!淡墨さん!僭越ながらお願いがあります!」

「なんだ!?」

 

 苛立たしそうに淡墨は言う。

 喧嘩を売られたチンピラのようだ。

 

「場所、変えませんか?」

 

 そう、陽太が正座させられたそこは未だグリードプラントが目の前にピクピクと痙攣している姿があった。


 まだ目を回しているのか、それとも気絶しているのかは表情がないためわからない。

 

 恐らく上手い具合にクリティカルヒットしたのだろうが、いつ動きだすかわからないグリードプラントを前に以上陽太は気が気でなかった。

 

「あー、それもそうだな」

 

 淡墨は後ろを振り返り、そう言えばこいつがいたなみたいなリアクションをした。

 

 どうやら怒り心頭にだったのは本当らしい。

 

 周りが見えていないのは彼らしくない。

 

「はい、改善点などは後で是非聞かせてください!」

 

 ここぞとばかりに陽太は畳み込み、真剣に進言し懇願する。

 

 2人いればなんとでもなるが出来ればこの場から一刻も早く離れたい気持ちでいっぱいだった。

 

「ま、こんなところで言っても聞く耳持たんか。そんじゃあ移動するか」

 

 素直に認めてくれた淡墨にホッとしつつ陽太は顔を緩めて

 

「先生も交えて話し合いをしような」

「え゛!?」

 

 陽太は虚をつかれたような声を出す。

 

「当然だろ。魔石狩りの資格のない学生を、特別許可の申請を出したのは先生だ。そいつの実力は常に把握している必要がある。そうだろ?」

「ぐうの音も出ない正論なんですけど、反論しても良いですか?」

「それに理があるなら認めてやる。ただの感情論ならさらに尾ひれをつけて話を盛ってやる」

「……ぐう」

「ぐうの音をあげるな」

 

 ため息をついて項垂れる。

 

 陽太にとって霧島は尊敬出来る人間だった。


 講師としての実力もそうだが、人間性も出来ているし、何より恩人だ。

 

 だから霧島に怒られるのは普通に凹むのだ。

 

「俺に言われるより霧島先生に言ってもらった方が何倍も効くだろ」

「はい、効果覿面なんでもうちょっと希釈(きしゃく)して下さい」

「諦めて素直に怒られろ。ま、ありのまま話したら先生は他に怒りを向けるだろうけどな」

「他ですか?」

「警察だ。このネットから遮断されたの完全に内ゲバの結果だろ。俺が連絡取ってた人とも急に連絡取れなくなったと思ったら、ネット回線切れたからな」

「え、この状況警察のせいなんですか?」

「恐らくな。仮に俺らが死んだら、内部からの犯行でネット回線も切れて現在地が分からず救助に行けませんでした、とかそういうシナリオだろ。生きてたんなら御の字だしな」

「そんな真っ黒な警察の内部事情聞き流したいですね……。というかなんで救助に来ないんですか?」

「エリアがもう広がってるらしくてな。その対応に追われていけないってことだろ」

「うげ、それ俺らただ割り食っただけじゃないですか」

「あぁ、他人のケツ拭かされたようなもんだ。だから我らが“ナナシの英雄”に泣きこうぜ。先生のコネで警察に働きかけてもらうとするか」

「それは素晴らしい作戦ですね。もうちょっと泥だらけになってより悲壮感を演出しましょうか。なんなら軽く切り傷でも作ります?」

「お前…黒い所というよりは闇が出てるぞ。闇は深淵に帰れ」

「いやいや、悪意には悪意ですよ。しっかり警察奴らも深淵へ誘わなければ」

「深淵に道連れ連れてくな。1人で帰れ。てかさっさとこのエリア出るぞ。もうシロもあったまっただろ?」

 

 歩き出した淡墨に、陽太は続く。

 

 シロは復活したのか陽太の肩に乗り、クロは陽太の横に寄り添う。

 

「そうですね、そうでした。こんな話後でしましょう。はい、即行きましょう、さっさと行きましょう。コイツが起きる前に」

 

 陽太はクロに跨ると、クロはスピードを上げ淡墨を追い越していく。

 

「ビビり過ぎだろ、ったく」

 

 呆れたように苦笑して、淡墨は陽太の後を追う。


 しかしその顔心底安心した顔だった。


♦︎♢♦︎♢


「そういえば、なんで俺たちのいる場所わかったんですか?」

 

 急足でエリアを去る中、気になっていたことを聞く。

 

「……勘?」

「適当なこと言わないでください。むしろ勘は悪い方でしょう?」

「カッチーン。俺のどこが勘が悪いって?」

「鎌倉のシンボルエリアで魔物の糞踏んだのわす」

「サーモグラフィーで見つけた!教えたんだからその話はシンラの前で2度とするな!いいな!?」

 

 焦ったように陽太の言葉を遮りながら淡墨は言う。


 シンラは怒らせると、ご機嫌取りが大変なのだと前に言っていたのを陽太は思い出した。

 

 まぁそんな淡墨の事情は軽くいなして、なるほどと陽太は感心する。

 

「サーモグラフィー、か」

 

 陽太のパートナーの2体は熱くて冷たい。

 

 そのどちらもある所を、淡墨は探しに来たのだろう。経験値の高さと、その機転が伺える。

 

 ネットに繋がっていなくても起動できるアプリなどいくらでもある。


 地図アプリを起動できなくても、方位を確認するアプリを起動すれば良かったのだ。

 

 そうして真っ直ぐ進めば、陽太は迷わず樹海からしっかり脱出することもできたはずだ。

 

 他にも有用なアプリは入っている。

 それを駆使すればどうとでも出来たはずだ。


 陽太はどれだけ自分の視野が狭くなっていたのかようやく自覚することが出来た。

 

 パニックに近い状態だったのだろうと、今冷静になってやっとそう思い返すことが出来た。

 

 平静を保っていたつもりだったが、どうやら全くそうではなかったらしい。


 自分の拙さに思わずため息が出る。

 

「なんだ?先生に怒られんの恐いのか?」

「いえ、自分の至らなさの反省をしていた所です」

「そいつは大いに反省するべきだな。お前はまだ魔石狩りの資格もない半人前だ」

 

 にべもない淡墨の言葉に、陽太は俯く。

 

「だからこそ盛大に失敗して次に活かせ。そんで学べ。お前はまだまだ発展途上、落ち込むのは悪いことじゃねぇが立ち上がらねぇことは悪いことだ」

 

 受け売りの言葉だがな、と淡墨は続けて言う。

 

 前に嵐も似たようなことを言っていたのを思い出した。

 

「俺らはチームだ黒河。今はお前の失敗は俺がフォローしてやる。それが俺の役割だし、お前はまだまだ失敗して当然だ。お前が俺をフォローした時、その時は一人前だと認めてやろう」

 

 並走する淡墨が少しスピードを上げて前に行き、挑発するように言う。

 

「せいぜい励めよ」

「はい!」

 

 陽太は元気よく返事をした。

 

 霧島に拾ってもらって、淡墨に師事出来たことことは自分の人生の中で一番の暁光だったと改めて確信する。

 

 この降って湧いたチャンスを必ず掴む。陽太は自分自身を奮い立たせる。

 

 彼と背中を預けて戦えるようになれるように。

 

 その背中を追いかけて行こう。



 

 しかし、陽太の人生において、こう言う時こそ何が起こる。



 

 幸運について回るように、不幸が顔を出す。

 

 クロとシロの2体を引き当てていじめられたように。

 

 クロとシロの食料問題が解決したか思ったら学校で孤立したように。


 

 禍福は糾える縄の如し。それを体現するように。

 

 

 スッと背後に何かが降り立つ。

 

 陽太と淡墨はそれに気付かず、最初に気付いたのはクロ。わずかに遅れてシンラだった。

 

 クロが陽太に何も言わずに急に飛び上がり、空中で反転する。

 

 同じくシンラも淡墨に何も言わずに、鎧の身体の動きを止めてブレーキをかけた。

 

 2体ともパートナーに声をかかる余裕などなかった。

 

 背後から感じた身の毛がよだつ悪寒に、本能的に反応してしまった。

 

 どうした!?


 と声をかけようとして、陽太はクロの睨む先に何が立っていることに気付く。

 

 エリアキングとは比べる間もなく小さいが、人間よりは圧倒的に大きい体格。

 

 紳士服を着ていて頭にはシルクハットを被っている。

 

 しかしそれは人ではなかった。

 

 服から出ている手は灰色の毛で覆われていて、ツメは鋭く尖っている。

 

 靴は履いておらず、足は剥き出しだ。

 

 そして何より顔。

 

 人の形なのに、それには人の顔ではなく鼠の顔がついていた。

 

 その顔は嗤っていた。

 

 子供のような無邪気な笑顔で。

 

 牙を剥き出しにして。

 

 涎を垂らして。

 

 目の前の獲物に向けて。

 

 陽太達に向けて心底嬉しそうに、醜悪に笑っていた。

 

 エリアキングから辛くも逃げた陽太の、その時の絶望を遥かに超える闇が、心を塗り潰す。

 

 呆然と、目の前の現実が許容出来ずに、陽太はただ目の前の存在を口にする。


 

「…レイド、ボス」

レイドボス


突発型。強襲型のボスを昔のゲームに例えてそう呼んでいる。

彼らは人類のまさしく敵の中の敵だ。

彼らは獣を狩る。

家畜を殺す。

そして、人を嬲り殺す。

遍く生物が存在したこの星の何千、いやもしかしたら何万種の生物を絶滅させた、人類の、いや地球の真の敵。

彼らは疲れたところを狙う。

彼らは人を痛ぶり、悦に入る。

それが人類の敵、通称レイドボスだ。

彼らにはエリアという概念がない。解放されたエリアには入って来ないが、各エリアを練り歩き、突発的に現れては私たちを弄び、そして殺す。

目的は、快楽殺人か。理由は定かではない。

倒せば破格の報酬を貰える。

通称“願いの石”と、“奇跡の種子”。

拙作を読んだあなたに問う。

大切なものがあるか。

ならば逃げろ。

自分の命、仲間の命が大事か。

ならば走れ。

一目散に逃げろ。

命はたった一つだ。それを忘れるな。


しかし、それでも譲れないものがあるのなら。

守るべきものがあるのなら。


ならば、戦え。

目を背けるな。

油断するな。

臆するな。


魂に火を焚べろ。

知力の限りを尽くせ。

命ある限り足掻け。


進め。

もう君に、諦めることは許されない。


参考文献

右目、左手両足と引き換えに5体のレイドボスと42のエリアを解き放った世界の英雄リアム・パーカー

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