VSエリアキング
陽太がやったことは、人で言うならコップの水を頭からぶっかけたような行為だ。
とても頭が冷めるような行為ではない。
――ギロリ。
目のような部位は見当たらないのに見られた感覚があった。
「跳べっ」
無意識に言った言葉にクロが瞬時に反応する。
跳んだ直後、数瞬前にいた場所に茎が雷のように落ちていた。
――早い。
――思ったより早い。
「駆けろ!」
陽太は跳んで避けるよりも走った方が良いと瞬時に作戦を変える。
その命令を、クロは忠実にこなす。
グリードプラントの周囲を駆け回り、茎のムチを避ける。
パン!パン!パン!
クロの走った後から地面を叩いたとは思えない炸裂音が響く。まるで銃声だ。音だけでその破壊力を物語っている。
あんな攻撃盾で防ぐなど無理だ。
一度や二度ならともかく、何本もある茎の連続攻撃など人間には到底不可能だろう。
『ゲキョォオオオオオ!!!』
当たらないことに苛立たしそうに、グリードプラントは叫ぶ。
ビリビリと身体が震えるほどの声で、巨体からの大声はそれだけで攻撃にも近い効果がある。
――が、想定内だ。
勝つことは無理だ。
倒すことは無謀だ。
それは元よりわかっている。
――だけど、時間稼ぎなら今の俺にも出来る!
命などかけてやるつもりはない。
見ず知らずの、ましては犯罪者に対してそんなことをする義理も人情もない。
ただ、助ける余裕があるなら話は別だ。
手を差し伸べられるなら、手を伸ばす。
霧島が陽太にしてくれたように。
自分の手の届く範囲ならば手を伸ばすべきだと、陽太は不明だった己の心に答えを出した。
「シロ、アイツの手当てしてきてくれ。冷まして応急処置頼んだ」
「ほひゅう」
やれやれと呆れたように鳴いて、シロは未だに悲しそうに泣く狼の元へ飛んで行った。
「やるぞ、クロ!」
「ヴァウ!!」
――集中しろ。今はもう、目の前のこと以外は考えるな!
悲しいかな、それは結論から言えば間違った判断だった。
待てばいつか増援が来ると言う淡墨の言葉を、陽太は安直に信じてしまった。
戦闘において大事な要因の情報を蔑ろにしてしまった。
陽太は現在、集中するために全ての連絡機能の通知をOFFにしていた。
それは今の陽太の実力で言えば正しい判断だ。
唐突な連絡に、心を割いている余裕は今の陽太にはない。ましてはその連絡に気を割いて致命的なダメージを負ってしまう可能性の方が高い。
だから今、淡墨が何度も連絡を取ろうとしていることに気付かない。
必死の陽太は気付かない。
その判断ミスに気付くのは、後がなくなった時だった。
追い詰められから失策に気がつくこと。そう言った状況を指して、人は絶望という。
そんな言葉を、陽太はその時になって思い出すことになる。
♦︎♢♦︎♢
「報告します!こちら南側!以前、草木の成長止まりません!増援はまだですか!?」
「こちらHQ。泣き言は聞きたくない。呼べる増援は既に呼んでる、今出来る最大限の成果を出せ」
「くっそ!あの裏切り者の馬鹿どもは捕まったんでしょうね!?」
「捕らえて監禁済みだ。尋問も始めている。余計なことを考えるより目の前の任務に集中しろ」
「はいはい!これで心置きなく戦えますよぉ!!」
「本当にわかってるか?その増殖を防げなければどうなるのか?」
「分かってますよ!警察官が買収された犯罪で警察はメンツ丸潰れ!エリアが広がって国民はさらに激怒!そして広がったエリアで負傷者の1人でも出ればもう警察は詰み!……そんなことはわかってんです、軽口くらい聞き流してください」
「……応援3分以内に現着予定、踏ん張れ」
「ラジャー!おいテメェら!3分で応援来るぞっ!気張れやぁ!あぁ!そこ木が生えてきてんぞ!燃やせ燃やせぇ!!」
―――――――――――――――
「こちら東側!兵器の使用求む!」
「こちらHQ。了解、確認する……確認した。兵器は火炎放射器、および氷結弾のみ使用可能、繰り返す火炎放射器、氷結弾のみ可能」
「了解、だが限界がある!武器の使用制限解除か、若しくは上方修正の申告を頼む!爆発物が必要だ!!」
「そちらに増援が3分15秒後現着予定。武器の使用制限解除は認められていない。炸裂音はエリアボスを刺激する可能性があるため、認められない。現状出来る全てを駆使して対応に当たれ」
「ちっ…!了解!」
―――――――――――――――
「淡墨だ!増援まだか!?」
「……淡墨さん、すみません。現在エリア範囲の増殖に全力をかけています。時間を下さい」
「俺はいい!すぐに黒河の元へ人を送ってくれ!エリアキングがあっちにいるんだろ!?連絡がつかない!至急助けを出してくれ!」
「はい、必ず向かわせます」
「あっちの状況は!?」
「エリアキングが暴れているのは土煙が起きているので衛星カメラで確認出来ます、しかし森の中までは木々が死角になって確認出来ません。ですが暴れ方を見ると何かを追っているように見えるので応戦しているのかと…」
「あの馬鹿っ!!頼む、早く送ってくれ!アイツはまだ魔石狩りですらないんだ!」
「…わかってます。再度確認します。飛行タイプの支援部隊がもうすぐ現着するので、そのまま救助に行かせられるはずです!」
「そうか!頼んだ!!」
―――――――――――――――
「こちらHQ。支援部隊α、現着したら、西にあるエリアキングの拠点を目指せ。少年がエリアキングと交戦している可能性がある。方向はこちらで指示する。応答求む」
「こちら支援部隊α、指示が違うな。現着したらすぐに戻って残存戦力を連れていくようにと言われているが?」
「…何?確認する、少々待て」
「悪いが、あんたより上の指示だ。時間がねぇからすぐ戻るぜ」
「ちょっと、待て!――クソっ」
―――――――――――――――
「どう言うことですか!すぐに救助に向かわせてください!おそらく今魔石狩りがエリアキングと交戦中です!増援はヘリコプターを手配してますのでそちらから…」
「ヘリは認めない。滅多に飛ばないヘリを飛ばして、それをシンボルエリア圏内に飛んで行くのを見られて国民に邪推されても叶わん。マスコミも何か嗅ぎつけるやもしれん」
「――は?何を言っているんですか?たった今!20歳にも満たない子供が!エリアキングと戦っているんです!!しかも我々身内の裏切りのせいで窮地に陥っているんですよ!!正気で言っているんですか!?」
「18は超えているのだろう?立派な成人だ。それにその1人の命は、国民の平穏より重いのか?」
「――!!ふざけるなっ!!そんなの比べることじゃない!!成人していようが学生は学生だ!子供1人の命守れないで何が警察だ!たかがメンツのために子供を殺す気かあんた!?」
「……残念だ。君は優秀だと思っていたんだが、大局を見誤るとは救えん上に使えん。退席したまえ。おい、連れて行け」
「…くそっ!離せ!!俺たちのせいで子供が戦ってるんだぞ!お前らなんとも思わないのか!?やめろ!引っ張るな!ふざけんなぁぁあ!!」
♦︎♢♦︎♢
敵対して5分ほど経つが、未だ応援は来ない。
不安が陽太の頭を過ぎる。
淡墨の言っていた時間はとっくに過ぎていた。遅く来ることを想定していたが、それももう超えている。
そして何より、クロの疲弊が見え始めていた。
「ハァッ、ハ、ハァッ」
息遣いは一定でなく乱れ始めている。
当然の話で、クロはここまで走り通しだ。
休息が必要だと陽太は判断する。
クロに倒れられるわけにはいかない。
そうしてシロを呼び戻そうとすると、タイミングよく上空からシロが並走して来た。
「シロ!来たか?」
「ほぅほぅ」
首を横に振るシロ。どうやらまだ増援は来ないらしい。思わず落胆するがすぐに切り替える。
シロはあの少年の軽い手当が終わり次第、陽太の元にすぐ戻ってきていた。
陽太もあの少年とすぐに距離を取っていたので、少なくとも彼らがエリアキングに襲われる心配はない。
「クロ!一旦休め」
「グルゥ!?」
正気か!?
そう言ってくるクロに、陽太は落ち着いて言い聞かせる。
「お前に今体力を使い切られたら困る、とりあえず休憩しててくれ。この程度なら俺とシロでどうとでもなる」
「ホウ」
その通りだ。
と同意するシロに、少しの逡巡があった後クロは頷いた。
「よし、シロ氷壁準備、クロは魔石に戻れ!行くぞ!?3、2、1!やれ!」
クロがピカッと光り、魔石に戻る。
陽太はそれを左手で掴み、右手に盾を構えた。目の前には氷の壁が出来上がっていた。
「水球特大、準備」
狂ったように氷の壁を叩くグリーンプラント。
しかしその氷の壁の厚みは50cmは優にある。早々には壊せまい。
シロに指示しながら、陽太はようやくここでNWの通知機能をONにする。
淡墨からの大量の着信に驚き、すぐに電話をかけなおす。
「――え?」
そして思わず声が出た。
通信が出来ない。
正確に言えば、NWがネットに繋がっていない。
――いったい何が起きている?
現代においてネットから切り離される事などほとんどない。
特にネットから遮断されては大事となるシンボルエリアでは、ネットから切り離されることのないように管理体制が行き届いている。
誰かが意図的にしなければそんな事態にはならないはずだ。
ネットから切り離されたのは、陽太にとって初めての経験だった。
思わぬ事態に、陽太は思考が停止してしまった。
「ホウ!!!」
動揺する陽太に、シロが珍しく大きく鳴いた。
陽太に喝を入れるように。
もう一回頭から水をかぶるか!!とでも言っているようだ。
「何度もわるい、シロ。切り替える」
大きく息を吸う、そうして大きく吐き出す。
頭の中の、心の中の悪いものを同時に吐き出すイメージ。
そうやって己の心を切り替える。
グリードプラントの頭上を見ると、シロはもう準備完了のようだ。
巨大な水球が、ゆらめいている。
しかし当のグリードプラントは怒りでそれに気付かない。代わりに氷壁はかなり薄くなっていた。
間髪入れずに陽太は叫ぶ。
「落とせ!」
シロが準備した特大の水球が、グリードプラントに落ちる。重さにして約3tを超える水量だ。
本来ならその圧力だけで攻撃として有効だ。しかしその攻撃など何事もなかったかのように、気にせず茎のムチで攻撃を仕掛けてくる。
まるで意に返さないことに少し唇を噛む。
だが、狙いはそれではない。
それはシロの大技のための布石に過ぎない。
「大氷海!!」
「ホォォウ!」
シロの羽が青くまばやく発光する。
『ゲキョォオオオオオ!!?』
すると振り上げたムチの攻撃は止まった。
辺りは、一面の氷に染まる。
夏の暑さにも関わらず、陽太のはいた息は白くなった。
肌寒さに思わず震える。
それもそのはずだ。
陽太の視界はそのほとんどが氷に満ちていた。木も、草も、花も氷っていた。
「チッ」
たった一つを除いて。
『ゲキョォオオ!!?』
「流石はエリアキング、か」
表面は凍らせたはずだ。
しかし芯まで凍らすことは出来なかったようで、グリードプラントは暴れるように茎を、根をしならせて己の体表についた氷のを壊して剥がしていく。
いよいよ手詰まりだ。
陽太はここに来てようやく、己の失策に気付く。
淡墨と同じように。
陽太の作戦は救助が来ることを前提として成り立っていた。しかしそれが崩れた。
綱渡りと言うほど、危ういことをしている自覚はなかった。自分達なら逃げ切れる、そういう自信があったからだ。
今の状況も、クロの足なら逃げ切れる自信はある。さっきまでの追いかけっこでそれが確信に変わった。
しかし、現在地がわからない。ネットが繋がっていないことでナビ機能が沈黙し、どこがエリア外に近いのか、最短のルートなのかわからない。
地の利はあちらにあるし、今の所運良く出会っていないが、魔物に接敵すれば危険度はさらに上昇する。
シロに空から先導してもらうことも考えたが、おそらくシロは――と考えたところでシロが陽太に突撃するかのように飛んでくる。
予想通り、シロの活動限界だ。
飛んできたシロを両腕でキャッチすると、身体は氷のように冷たくブルブルと震えている。
シロは氷の能力を使えるが、同時に寒がりだ。元々がそうなので、シロが氷の能力を使うのにはある程度の回復時間が必要となる。
小さな身体に対して大き過ぎるシロの凍結能力は、自身の体温を根こそぎ奪う。
先ほどの技はシロにとって必殺技であり、同時に諸刃の技でもあった。
「シロ、よくやった!後は任せろ!」
わざと明るく言いながら、陽太は服の中にシロを入れる。すこしでも温めるために。
――考えろ、考えろ。
シロが稼いだ値千金の時間を使って、陽太は思考を続ける。
――2人が休む時間をどう捻出すれば良い?
盾を構えて挑むか?いやそれは一番無謀な策だ。何十本もある茎からの攻撃を受け続けようがない。愚策だ。
それならばやはりクロを出すしかない。
クロを出して逃げながら、シロの回復を待つ。これが一番無難でベターな策だ。
クロにシロを温めてもらう手もあるが、時間がかかる。
焚き火に当たるようなものだ。そんな時間は残されていない。
それにクロは火力の調節を強くは出来るが、弱い火力は苦手である。その訓練はしているが、今の所余りうまくいっていない。
しかもクロはほとんど休めていない。
ほんの一息ついただけだ。息もまだ落ち着いていないだろう。が、本人はやる気のようで、魔石がチカチカと光る。
いつでも行ける、と言わんばかりだ。
――それしかないのか?
目の前でエリアキングが少しずつ氷を剥がしていく姿に、削っていくたびに、陽太の思考も削られ回らなくなっていく。
刻一刻と過ぎていく時間に、追い詰められていく。
相手が動けない内に少しでも距離を稼いでおくべきじゃないか。
さっきの案と同じく、ベストとはいえないベターな策しか浮かばないことに己の経験の無さと無知に苛立ちが募る。
そんなベターな策も、エリアキングと初めて接敵した姿を思い浮かべるとベターとすら言えない。
目の前の怪物は跳ぶのだ。
その巨体でありながら。
その質量でありながら。
どんな手段かわからないが、そんなことの出来る相手に、逆に距離を取ることは愚策にも思える。
――八方塞がりだ。
どんどんと、希望が絶えていくのがわかる。
寒さではない悪寒で、身体が震える。
残された最後の手札は“逃げる”。
逃げることしか、陽太には残されていなかった。
しかし。
それならば。
――それを全力で実行するのみ!!
シロに発破をかけられなくても、心の弱さを跳ね除ける力は陽太にはある。
弱かった自分は、あの日小鬼と共に切り捨てた。この程度で弱音を吐くのなら魔石狩りになど成れはしない。
成ろうとするべきではない。
息を吐き陽太は精神を研ぎ澄ます。
そして己に言い聞かせるように、昔本で読んだ好きなフレーズを言葉にする。
「魂に火を焚べろ。思考を止めるな。命ある限り足掻け」
カッと目を見開く。
「来い!クロ!」
「ヴォォン!!」
光って姿を現したクロに陽太はすかさず跳んで跨る。
「走れ!距離を取り過ぎるな!」
『ゲキョォオ!!!』
氷から今にも這い出てきそうなグリードプラントが叫ぶ。
「行くぞ!ク」
しかしクロにかけようとした声は、遮られる。
「黒河ぁぁあ!!」
頼もしい声に。
グリードプラントの背後から飛び上がったそれは、雄叫びを上げながら凄まじいスピードで花の中心に飛び蹴りをかました。
『げきょ!?』
スピードも重力も乗ったその蹴りは強力で、小さな悲鳴を上げて、グリードプラントはフラフラとした後ズドンとその身を地面に落とした。
グリードプラントの上に乗ったまま、その男は怒声を上げる。
「テメェ黒河!連絡切ってんじゃねぇぞ!馬鹿かこのヤロー!!」
大声で怒鳴り、怒り心頭な淡墨に、陽太は対象的に脱力して力なく笑う。
心底安堵したように。
「は、ははは。ハァー、助かったぁ〜」
全身の力を抜いて、陽太はクロの背に身体を預けるように倒れ込む。
どうやらやっと、救援が来たらしい。
緑を蒔くもの
エリアボスには珍しく、人を見ても襲ってこない。温厚なのだと思われる。
攻撃を仕掛ければ別だが、大人しくしていれば見逃してくれる。
ただ、エリア内の植物を傷付けるとキレる。
木の1、2本なら問題ないが、数メートルの範囲に渡って木々や草花が傷ついているのを見られたのであれば、執念深く追ってくるので、戦闘時の無意味な破壊は要注意だ。
そのエリアの植物は自から育てているため、その破壊を看過する事はない。
千年樹海横浜は調査区域でもあるので、潜るには申請が必要なので必ず申請すること。
調査中のため、エリアボスを倒すことは許されない。また、エリアボスの拠点に近づくのも禁止である。
万が一近付いてしまった場合は拠点から速やかに離れること。エリアボス付近の魔石には絶対に触らないこと。
エリアボスの食糧なので、死にたくなければ触れないこと。
参考文献
エリアボス内覧




