千年樹海”横浜”⑤
基本的に魔石生物は賢い。
人の言葉も解すし、感情もある。
主人が襲われれば確実に助けてくれるだろう。
しかしそれが集団で来たら?
多勢に無勢だとしたら?
逃げてもその先に魔物がいたら?
指示が必要だ。
どのように対処し、どのように行動するか。
そこまで考えて、適切な指示を出せる魔石生物は多くない。
クロや、特にシロほど賢い魔石生物は珍しいのだ。
それがわかったからか、盗掘者達は投降した。
魔石生物を魔石に戻し、項垂れる様に床に座っている。
生気が抜けたかのようだが、淡墨からしたらざまぁみろと思うどころか、呆れしかない。犯罪者の末路にはお似合いの帰結だ。
「このエリアは制圧した。早く来てくれ、俺は行かなきゃならない場所がある」
そんな奴等は無視して、淡墨は警察に連絡を取る。
時間がかかるという警察に、淡墨は怒鳴る。
「10分以上?ふざけんなっ!5分以内に来れるだろ!?飛行型で来い!」
「すみません、淡墨さん。どうやら内部にも工作員がいたようで、初動にかなりの後れをとっています」
「だからどうした!?俺はお前らの尻を拭くためにここにいるんじゃねぇ!」
「落ち着いて聞いて下さい!さらに悪いことに、エリアキングは爆発音があって直ぐに自分の拠点を確認せずにエリアの拡大を優先させたんです!」
「……なんだと?」
「今、警察はエリア付近に放たれた森を拡大させようとする植物の対応で手一杯なんです!もちろん応援は呼んでますが、恐らく10分以上は……」
「くそっ!!なんでそんな行動をエリアキングがするんだ!?」
今言ってもどうにもならないことを淡墨は言う。苛立ちを紛らわせるために。
「わかりません!そして、もう一つ言わなければいけないことがあります」
急に声を顰める警察に、淡墨は嫌な予感を感じた。
「エリアキングはシンボルエリア周辺に森を拡大させるような技を放った後、跳んで行きました」
「…どこに?」
「…おそらくあなたの後輩がいるところ、です」
その時に背後から雄叫びが聞こえて来た。足音もどんどん近くなってくる。
魔物の大群が押し寄せて来ている。
ここに来て、淡墨は己の失策を知った。
背後には震えながら辺りを見回す犯罪者がいる。
そして自分の大事なチームメイトは、今窮地に陥っている。
どっちが大事かなんて、比べるまでのない。
こんな奴ら死んでも、なんとも思わない。
「くそっ」
しかし。
そんな非情な対応が出来るほど、残念なことに淡墨は冷徹な人間ではなかった。
腹が立つ。
怒りでおかしくなりそうだ。
――何故こうも大事な局面で、自分は判断を誤るのか。
自分に腹が立って腹が立って仕方がなかった。
「瞬殺だ!やるぞ!シンラァ!!」
「シャァ!!」
淡墨の怒気に、シンラは応えるように威嚇する。
――頼むから、無事でいてくれ。
さっきからコールしているが、対応が一向にない。
その不安を、切り替える。
感情を押し殺し、目の前の敵だけを見据えて最速で駆け抜ける。
「待ってろよ、黒河くん。今度こそ直ぐに向かう」
目の前には何十体もの魔物の群れが迫って来ていた。
♦♢♦♢
目の前に巨大なナニカが大きな音を立てて落ちて来た。
その振動や音は凄まじく、砂埃や草花を派手に散らす。
思わず目を閉じて両手を顔で覆うと、すぐに身体中を砂埃が襲ってきた。
嵐のような砂埃が終わり、目を開けるとそこには巨大な生物がいた。
体長は5メートル近くもあり、陽太は呆気に取られて見上げる。
印象は巨大な球根とそして花で出来でいる生物だった。
球根の頭頂部から鮮やかな色とりどり花を咲かせていて、それは鮮やか過ぎてもはや毒々しくすらあった。
球根の下には幾つもの根のようなモノが蠢いている。きっとそれを使って歩くのだろう。
花の元には葉があり、それをヒラヒラとさせている。しかしそれは既存の葉などよりもぶ厚く、銃弾でも容易に防げそうだ。
葉の近くには茎が何本も生えていて、それを伸び縮みさせている。その太さは一本一本が洋太の腕の軽く二倍はあった。
そんな巨大な生物が、陽太の目の前にいた。
その生物には顔はなく、表情はない。
それなのにも関わらず、その感情が伝わってくる。
感情が空気に伝染しているかのように、陽太に届く。
陽太はその空気をヒリヒリと肌で感じていた。
それは怒りだ。
いや、怒りでは生温い。
怒りを通り越して、一旦冷静になっているのか、陽太達を見渡すように首を振る。
“誰だ?”
言外にその行動は語っている。
“私の家を、庭園を壊したのは、どいつだ?”
エリアキングのボルテージが上がっていくのに連れて、一瞬の冷静な時間は終わりを迎える。
『ゲキョォォォオオオ!!!??』
果たしてその生物に、発声器官が何処にあるのか。身が凍るような雄叫びを上げる。
それを前に、陽太は不動だった。
その叫びに恐れ慄いた訳ではない。
そんな臆病な陽太は卒業した。
恐れは確かに抱いている。
しかし、それを跳ね除ける力が今の陽太には備わっていた。そういう自信もあったし、だからこそ1人で行動するのを買って出たのだ。
エリアキングと相対を想定していなかったわけではない。
しかし、動かなかったのは、動けなかったのは、ただただどうすればいいのかわからなかったという情けない理由だった。
そのあまりの怒りに、まるで周囲が燃え盛るかの如き憤怒を前に、陽太は何が正解がわからなかった。
明らかに自分達を視認していて、その矛先が自分に向かないためには、もしくはこの現状から離脱するためには、はたまた攻撃を仕掛けるのか、どれの何が正しいのか、どのような選択を選べば良いのか、陽太には選ぶことが出来なかった。
攻撃が来ればクロは避けてくれるという信頼はある。
逃走を決め込んでも、シロが上手くフォローしてくれるだろうと信用している。
しかしそれでも、目の前の圧倒的なプレッシャーに呑まれてしまったのは確かな事実だった。
致命的な経験不足が露呈してしまった瞬間だった。
だが、その致命的な隙が陽太を救った。
陽太よりも先に行動を起こしたのは盗掘者の男達だ。
我先にとリーダー格の男などは、自分の牛の背に乗り駆け出していて若い男を置き去りにしようとしていた。
それに続こうと男の背を追った若い男のうちの1人が、空を飛んだ。
エリアキングを挟んで正反対にいた陽太と盗掘者だったが、そのうちの1人が陽太の方に向かってその身を空に投げる。
いや、投げられた。
エリアボスがその根を使ってポイっと放ったのだ。
ただそれだけのことで、男はあっという間に終わる空の旅路に放り出されてしまった。
幸い、木の枝に引っ掛かりながら落ちて、男は生きてはいるらしい。
呻き声は聞こえるし、足の方向が真逆の方向を向いているが、運が良い方だろう。
でなければ彼はその身を持って地面に赤い花を咲かせていた筈だ。
――無理だ。
陽太はそう判断した。
片手間に人を殺す力を持った化け物を前に、陽太は素直に思った。
逃げよう。
こんな化け物に1人で挑むなど、度し難い浅慮だ。
瞬時にそう判断する程度には、目の前の化け物は紛れも無い脅威だった。
薄情なことに、空の旅に出された男に後の2人は構うことなく一目散に逃げて行っていた。
そしてそれは間違いなく現状で最適解だった。
「ウォン!ウォン!!」
彼のパートナーであろう狼が、駆け寄って心配そうに鳴く。
動けないし、声も出す余裕もないのだろう。
男はまともな反応を見せない。
「キュォン……キュウ」
そんな男に、狼は悲しげに鳴いて寄り添っている。
陽太はそれを見て
「ちっ、ふざけんな」
忌々しげに舌打ちをした。
陽太らしくない心底苛立った物言いだった。
もし、彼のパートナーが狼でなければ。
悲しげに鳴く姿が、ただ狼というだけでクロとダブる。
彷彿させる。
感情移入してしまう。
させられてしまう。
「なんて馬鹿なことを、正気か?」
ブツブツと陽太は呟く。
己の心に呟く。
相手は犯罪者だ。
しかもその罪の重さは計り知れない。
自分はこのまま逃走すれば良い。
逃げる力はある。
クロとシロにはそれを成せるだけの能力が備わっている。その確信はある。
そして同時に、このまま逃げればあの男は死ぬ。その隣の狼もその後を追うことになる。
その確信もあった。
「阿呆か、俺は…!」
なおも陽太は己に言う。
こんな見ず知らずの、それも犯罪者に対して、なぜ自分が危険を冒さなければならない?
そこに何のメリットがある?
答えは出ている。
何も無い。
「エリアキング頭上、水球、準備」
「ホウッ」
しかし、ならば何故?
行動に移している?
「やれ!」
何故、自分はこの化け物に立ち向かおうとしているのだろうか――?
シロが出した水の玉が、パシャリとエリアボスの花の上で弾ける。
「よぉ化け物」
自分の行動原理に答えが出せないままに、だが、開いた口は走り出す。
「少しは頭、冷えたかよ?」
魔石狩りに必要な物②
それは盾である。
戦場に置いて、自分を自分で守る唯一のモノ。
何時までも借り物ではなく、自分の物を用意しろという淡墨のあまりにも真っ当な正論に、陽太は胃を抑えながら顔を青くして、絞り出すように「い、嫌です」と言った後に淡墨に引っ叩かれ、シロに頭突きされ、そしてクロに乗せられて無理矢理連行された。
店に来ても中古はありませんかなどとプルプル震えながら言う陽太に呆れた淡墨は、この店で1番良いものを下さい、と言って陽太を震撼させた。
なんだかんだ言い合った結果、そこそこの値段を買うことに。
材質は軽さと硬さを重視。陽太の戦闘スタイル的に弾く、もしくは逸らすのがメインの為、ルーローの三角形と言われる形作られて、サイズは70cm程と小さめ。片手で使用することが出来、形状的に盾を構えれば自然と逸らせるような作りになっている。
当然の如く一点物で、陽太はその見積りを見て気絶。
その間に勝手に許可した3人が購入をしていた為、陽太は発狂した。
それを見かねた店員が、これからもご贔屓にしてくれるならと割引してくれ、陽太は危うく封印した土下座を解禁するほど感謝をして、そしてやっぱり店員は引いた。




