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千年樹海”横浜”②

 野鳥の声や、虫の声、木々のざわめきを感じながら、鼻腔に感じる海の匂いと緑の匂いはあまりに濃く、酔いそうなほどだ。

 

 クロは人よりも鼻が効くせいか、気持ち悪そうに何度も首を振っては、むず痒そうに鼻を前足で擦る。

 今回クロの鼻は頼りにするのは難しそうだと陽太は頭にインプットする。

 

 踏み入れたその地は、コンクリートがひび割れ、草木がその道を塞いでいる。

 

 樹海と呼ばれるだけあって、その道は悪路だった。

 

 そこかしこから生物の反応があり、陽太はやむを得ず役に立たなそうな生物探知アプリを閉じた。

 

「本当に、生物が多いんですね、ここ」

 

 まだ歩いて数分だが、陽太は額の汗を拭った。

 樹海を歩くに渡って必然的に陽太は八月の暑さの中、長袖長ズボンを着る羽目になった。

 

 普通に生息している、蛭や虻などの刺す虫を警戒してだ。魔石生物だけでなく、普通の生物による攻撃もあり得るエリア。油断は禁物だ。

 

 そう考えると生物のいなかった高尾山や、新宿は楽だったのかもしれない、と陽太はそんなことを思った。

 

「ここのエリアの敵は正直にそんなに強くない。魔物も進化してて大鬼(たいき)レベルだ。ここの厄介なところは、魔石生物と、普通の生物が多様にいることで判別が難しいことによる」

 

 そう言って淡墨は跳躍して太い枝にその爪を振るう。

 

「げぎゃ」

 

 と声がして落ちてきたのは、緑色の目をした人の頭ほどあるネズミだった。

 

「死角からの攻撃。それがこのエリアの最大の攻略ポイントだ。不意をつかれたらそこから一気に瓦解するぞ」

 

 塵のように消える肉体を見届けて魔石を拾った。

 

「それにしても、クロは本当に勘がいい」

 

 今の敵に1番最初に気付いたのもクロだった。

 急に立ち止まり上を見上げたクロに、反射的に跳躍した淡墨が攻撃したのが今の流れだ。

 

 既に陽太と淡墨はコンビとして成立しつつあった。

「えぇ。クロの勘の良さには何度も助けられてますね。この前の鎌倉の時なんか、本当に助かりましたしね」

「その話はするな。思い出したくもない」

 

 当時のことを思い出したのか、右手を額に当てて頭が痛そうに言う。

 

 陽太苦笑してその場を濁すが、内心は大爆笑だった。

 クロの違和感を気にせず敵陣に突っ込んだ淡墨は、魔物の糞を踏むという失態を犯した。

 

 魔石生物の糞は匂いはなく、色んな石を食べているせいか暗色で分かりづらい。

 

 そしてそれを踏んだシンラがブチ切れて、そのまま駆け出して、シンボルエリアから出た瞬間に鎧化を解除し「フカッー!!」とキバを剥き出しにして怒っていた。

 

 申し訳なさそうに謝る淡墨がなんとも悲哀に満ちていて、陽太はクロと笑いを堪えるのに必死だった。


 ちなみに空気を読まずに大爆笑したシロは、シンラに物理的に口を閉ざされるハメになった。

 

 まぁまぁと淡墨をなだめながら足を進ませる陽太の姿は、最初とは比べ物にならない程のシンボルエリアへの慣れが感じられる。

 

 その後も、陽太達は順調に足を進めていく。何度かの戦闘はあったが、見事に撃破していった。

 

 10体程の複数の集団を相手取り、苦戦をとは言わないが歯応えのある戦いを何度かした後、淡墨の提案で一息つくことにした。

 

 緑のシンボルエリアとはいえ他の色の魔石生物はおり、3種類以上違う種類が出るのは、陽太にとって初めての体験だった。

 

「緑に青、そして茶色ですか。流石にランクCともなるとそこまで変わるんですね」

「そもそもエリアランクは敵の強さ、エリアボスの強さも含まれてるが、それと同じくらいエリア独自の脅威(ギミック)だったり、何種類かの色の混合した敵の厄介さも基準になる。エリアごとの個性が全く違うからな」

「そう言えば聞いたことなかったですけど、淡墨さんはどのランクまで潜ったことあるんですか」

「…ランクAだ」

 

 陽太は己の失言を、絞り出すように言った淡墨の声を聞いて理解した。

 

――地雷を踏んだ。

 

 陽太は咄嗟にそう悟り、必死でフォローの言葉を探すが淡墨がさらにねじ伏せるように言う。

 

「昔の話だ。もう解放されたエリアだしな」

「へぇ、そうなんですね、そ」

「ホホウ!」

 

 言葉を続けようとした陽太を遮るように、羽繕いをしていたシロがそろそろ行くぞ、と声を上げる。

 

「そうだなそろそろ行くか。もうここから近いんですよね?」

「あぁ。5分あれば着くくらいの距離だ」

 

 淡墨が話を逸らされてホッとしたように言う。どうやら自分でも妙な対応をしてしまったのをわかっているようだ。


――ナイス、シロ。

 

 空気を読んで話を遮ったシロに、ありがとうの意味を込めて優しく撫でる。

 身体を膨らませてドヤ顔を決めているが、肝心な時はしっかり空気を読んでくれるシロは本当に頼りになる。

 

 陽太も陽太で、うまく誤魔化せたことに胸を撫で下ろした。

 

 屈んだクロに跨ると、既に冷静さを取り戻した淡墨が言う。

 

「もうすぐ御対面だ、世界最高額の果実に、な」

 


♦︎♢♦︎♢


 これを見た人間は、一体どう言う感想を想うんだろうか、と陽太はそれを見てそんなことを思った。

 

 それは木ではなく、花ではなく、草でもなくて、ましては実でもない。

 

 現在、地球上ではそれを別の名称で呼ぶ。

 

 “魔石”と。

 

 陽太は果実と聞いて木の実を想像していたのだが、木の実どころか果実じゃないことに驚愕していた。

 

 なんせ地中からチューリップのように葉と茎が生えており、その花の代わりに魔石が咲いて?いるのだ。

 その大きさは人の頭ほどあり、かなりの重量がありそうだ。太い茎はそれを揺れもせずに魔石をしっかりと支えている。

 

 陽太は目の前のモノを意味がわからず認識出来ずに、瞬きを繰り返すばかりだった。

 

 淡墨をチラリとアレのことですか?と問うてみるとその通りだと言わんばかりに頷かれる。

 

「魔石じゃん」

 

 陽太は思わず見たままの言葉を口に出した。

 

「魔石だな」

 

 淡墨も同じ事を言う。

 

「魔石樹の花バージョン?って感じなんですか?」

「いや、あれは厳密には魔石じゃない。()()()()()()()()は」

 

「つまり?」

「茎から自然に落ちたら魔石になり、茎に付いている内は果実っていう謎の果実」

「なるほど、それは謎ですね」

「一応わかってることは少しあるぞ?見ての通り沢山の色の魔石が()()()いるが、あれがここのエリアキングの食糧になってる」

発生(ポップ)している魔石を食べるのではなく、自分で栽培していると?」

「実際食べているのを何度も確認されている。ここのエリアキングはかなり特殊だからな」

「人間を見かけても襲わないっていうその時点でかなりの特殊ですけどね。エリアキングは襲わなくても、ここの魔物はしっかり俺達を見たら襲って来ましたし」

「この実も勿論だが、それも踏まえてここのエリアキングは討伐禁止っていうのもある。一応名目は研究対象だからな。まだまだ人類は魔石生物を、エリアキングを理解してねぇ」

 

 何を傷つけられると怒り、何に対して怒るのか。

 何を優先し、何を後回しにするのか。それはエリアキング毎に違う。個性があるのだ。

 

 それを見極めたり、新たな情報を持ち帰るのも魔石狩りの仕事の一つだ。

 その実を距離を取って眺めつつ、淡墨と雑談している。エリアキングの寝床を前にしては気楽そうな2人であった。

 

「そろそろエリアキングの移動の時間ですね」

 

 陽太がNWに移る時刻表示を眺めて言う。

 

「規則正しいとはいえ必ず、というわけではないからな。10分前後のズレもあるだろうし、もしかしたらここに来ない可能性だってある」

 

 複数拠点型であるここのエリアキングは、定期的に自分の寝床を変える。

 

 自分の寝床の周囲に実を植えていて、それぞれ寝床で時差を作り、実が落ちては食べて新しく植えて他の寝床に移動する。

 そういう習性のあるエリアキングだった。

 

 そして次に来るだろう寝床が陽太達の目の前にある所だ。

 それを証拠に、欲望の実は何個も地面に落ちている。

 シロが物欲しそうに青い落ちた魔石を見ているので、陽太はとりあえずガッと頭を掴んでおく。

 シロは突拍子もつかないことをする場合があるので、次善策である。

 

「ほふう!!」

 

 やるか!とばかりに声を上げて陽太の手から逃れるシロを、はいはいごめんね、と言いながら陽太はそのふわふわの背中を撫でる。

 

 妙に緊張感のない空間が続いていた。

 

 しかしふと、陽太は気付く。シロだけを撫でている場合必ず俺も俺もと飛んでくるクロが何もしてこない。

 クロを見ると、ソワソワと落ち着きなく辺りを見回している。

 

「クロ、何かあるか?」

 

 その問いにクロは陽太をチラッと見て頷く。

 

「門番の所に問い合わせる。そっちは警戒をしていろ」

 

 クロの様子を見て、淡墨がすぐに行動に移った。

 

「クロは何かありそうならすぐ知らせてくれ。シロは上空から周辺を警戒」

 

 ゆったりとした空気はすぐに切り替わり、シロは陽太の腕から空に昇る。

 

 陽太もNWの生物探索アプリを再起動し、事態に備える。

 

 しかし1分程経っても、状況は何も変わらなかった。

 なんだ杞憂か?と疑いを新たにした所にそれは起こった。

 遠くからドーンと地を揺るがすような爆発音が響いた。

 

「ちくしょう最悪だ!!」

 

 その音が鳴ると同じくして通話を終えた淡墨が怒鳴る。

 

「盗石者だ!近くにいるぞ!!」

盾術②


大事なのは目を逸らさないこと。

盾があるからと言って防げるとは限らない。巨大な魔石生物の攻撃は受けたら、人の力では抗えずそのまま盾が壊れる。その際腕を折ったり、最悪の場合受け止め切れずに死ぬ。

真正面から受けるのは、盾術ではない。

敵に応じて守り方を変えるのが盾術である。

軽い攻撃なら、盾を振り払うように守る。

強力な攻撃は、真正面から受けたら死ぬ。だから受け流すように盾を構える。

NWが予測攻撃範囲を教えてくれる。私たちはそこに合わせて構えればいい。

しかし相手は知能の高い生物なので、フェイントをいれてくる。

NWが予測することが全てではないので、それを念頭に置いて欲しい。

“魔石狩り”のトップの人間達が、NWの盾術アプリを使わないというのはつまりそういうことだ。

アプリを使えば便利だが、柔軟性を失うので、慣れてきたら使うべきではない。

雰囲気、狙い、自分の体制、空気の流れ、目線。

その五感の全てを駆使して己を守れ。


参考文献

その盾で守る己の命(図解付き)

第一章より


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