表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/81

薄墨恭介③

「凄い……」

 

 陽太の戦闘記録の映像を見た霧島は一言そう呟いた。

 

 主人を乗せて高速で移動する事が出来るだけでなく、敵を圧倒するクロの制圧能力。

 

 敵を発見し、味方に知らせるシロの空間把握能力。

 

 それだけでなく、自分で攻撃も遊撃も防御もこなすシロの優秀な知能。

 

 そしてそれに的確な指示を出す陽太の判断力と統率力。

 

「末恐ろしいですね」

 

 腕の中で眠るシンラを撫でながら、同じ映像を見ていた淡墨が言う。

 

「まだ潜るのが2回目とは到底思えませんよ」

 

 ため息混じりに言う淡墨。そこには後輩の優秀さに、誇らしさと嬉しさと、そして一抹の嫉妬があった。

 

「先生が拾わなかったらこの才能が眠っていたなんて、本当に恐ろしい。日本の重大な損失ですよ損失」

 

 半ば本気で淡墨はそんな台詞を言う。

 

「――残念ながら、才能が花開かず、蕾のまま枯れていくなんて言うことはままあることだよ。その花の必要な栄養を見極めて与えること。その土壌を用意してあげること。それが教師の仕事だと、僕はそう思っている」

「素敵な職業ですね」

「……あぁ。誇りを持ってやっているよ」

 

――是非君に、その役の一端を担ってもらいたい。

 

 そう思う霧島はしかし、その言葉をグッと堪える。

 

 いつも喉元を出る台詞を、いつも通り飲み込む。

 

 今は時期ではない。

 

 適切なタイミングで言わなければ、彼はきっともう自分の話を聞いてくれることはないだろう。


 その可能性がある以上、霧島はそれを言う事が出来ない。

 

 何度も何度も飲み込んで来た言葉を、再度飲み込む。今回が最後であると祈りながら。

 

 後輩の活躍を嬉しそうに話すと淡墨に、霧島は曖昧な相槌を打ちながら、陽太の戦闘記録の上映会は続いていく。


♦︎♢♦︎♢

 

 日が沈み、夜が訪れる。

 

 時刻は19時を過ぎた頃。

 

 そろそろ晩御飯の時間だなぁ。時計を見た霧島はお茶をずるずる啜りながらそんなことを思った。

 

 そこにノックの音が鳴る。

 

「どうぞ」

 

 待っていた男の来訪である。

 

「失礼します」

 

 入って来たのは陽太だ。その顔はいつになく神妙な面持ちだった。

 

「すいません、お待たせしました」

「いやいや、仕方ないよ。初めての狩りだ。魔石の買い取ってもらう時の値段に注意事項。その他諸々の処理や説明で色々時間がかかっただろう?」

「…はい。あんなにシステマチックというか、融通がきかないとは思ってませんでした」

「ははは。まぁ売る相手が国だからね。お役所仕事というかなんというか。最初はルールの説明にも時間がかかるし、勉強と思ってやるといいよ」

「えぇ。疲れてるのに、さらに疲れましたよ」

 

 はは、と苦笑いを浮かべる陽太は確かに疲れていた。


 眠気が襲っているのか、何度もしぱしぱと瞬きを繰り返している。

 

「早急に話がしたい、とのことだったから待っていたけど、別の日でも構わないよ。明日でも僕は平気だよ?」

「いえ、お時間は取らせませんのでお願いします。聞きたいのは一つです」

 

 淡墨が続きを促すと、陽太は口を開けて言いかけようとして、そして口を閉じた。

 

 言いにくいことなのか、陽太は視線を泳がせては喋りかけて止めるを繰り返す。

 

 焦ったい光景だが、霧島はせっつくわけでもなく、陽太が自分で言い出すのを待つ。彼の心の迷いが晴れるまで。


 年寄りは時間だけはあるのだ。

 

 それになにより、霧島には淡い期待があった。


 

 ややあって、意を決したように陽太は言う。


 

「霧島先生、淡墨さん(あの人)って」




「“一文字”!」

 

 長い尻尾から真横に振られた一線は、本来なら微風を起こす程度だっただろう。

 

 しかしそのムササビから放たれた一線は、風を生み、盾にあたると実体でもあったのかのようにキィンと音を立てる。

 

「まだまだぁ!“二文字”!!」

 

 嵐は続け様に叫ぶ。


 嵐の頭上に乗っていたムササビはさらに尻尾を振り、攻撃を放つ。

 

 嵐の頭に乗るくらいの小さな身体のムササビだが、その攻撃力は高い。

 

 人の腕程の木なら容易に切り落とせる威力があった。

 

 しかし、陽太は冷静に盾を構え衝撃に備える。

 

 甲高い音を2度立てて、なんとか受け切ったのも束の間


「そっちばっか気にしてイいのか!?陽太ぁ!」

 

 バチバチと髪を逆立て電気を身体に纏った鳴矢が、背後から襲いかかる。

 

「“電撃波(スタン)”!!」

 

 陽太はその攻撃を前回りをするように避ける。

 

 しかし、電気を纏った鳴矢は早い。陽太より早く動き、もう一度攻撃体制に入った。

 

 「らいまるもう一丁!“電撃波(スタン)”!!」

 

 熊谷の左腕に乗った黄色いイモリが、バチバチと放電する。


 30cm程の体長のそのイモリは、その掌を陽太に向けて電撃を放つ。

 

 間一髪間に合った盾でなんとかその攻撃を耐え切った陽太は、そのまま後ろに飛んで態勢を立て直そうと試みるが

 

「その隙は見逃せないな?」

 

 頭上から鉄の巨人が右手を振り下ろし、陽太の目前で手を止めたのを見て、白旗を振った。

 

「まいった、降参降参」

 

 陽太はそのまま倒れ込んだ。

 

「無理無理!きっついどころじゃない!今の何秒くらいだった?」

「12秒ってところだな?」

「まぁ、クロカワのやりたいことはわからないでもないけど……」

「ちょっと舐めすぎだろ?オレらそこまで弱くねぇぞ?」


 ちょっと怒り気味の嵐を、まぁまぁと銀河が宥める。

 

「3人の攻撃を相棒(パトクリ)なしで避け続けるのは、氷の上(スケートリンク)を裸足で走り回るような無謀さだな?」

「ははは。いやいや、頭がいくらあっても足りないな。脳内で状況を処理しきれないや」

 

 経験に勝るもんなしか、と陽太は呟く。

 

 陽太がこの無謀なチャレンジをしたのには、現状の自分の能力の把握と、淡墨とのレベルの違いを知りたかった為でもある。

 

 そして痛感する。

 

 彼は紛れもない一流の魔石狩りだ。

 

 以前授業で見た世界的に有名なプロの動画を見たが、遜色ない。


 どころか、1人で戦っている分彼の方が強いのではないかとさえ思える。

 

 アーマー種というアドバンテージがあっても、それを十全に使いこなす彼の技量は本物だ。

 

「面白そうなことをしてるね」

 

 そこに(くだん)の淡墨が登場する。

 

 陽太達の戦いを見ていたのだろう。

 

「ええ、ちょっと無茶が過ぎましたけど」

 

 苦笑する陽太に、淡墨が言う。

 

「全てを目で追い好きだね。脳内で状況を処理するのにも限界がある。黒川君は論理思考な所が目立つからもっと感覚的に、勘で動くのもありかと思うよ。予測と予感っていうのは僕も大事にしてる」

「それが難しいんですよ」

 

 はぁ、と陽太はため息を吐く。

 

「んー、じゃあやって見せようか。シンラ、頼むよ」

 

 淡墨の肩に乗っていたシンラは、眠そうに欠伸をしてぐっと身体を伸ばすような仕草をする。

 

「黒河君と同じルールで良い。3人とも好きにかかってきておいで」

「ヘヘッ!容赦はしねぇぜ!たまには淡墨さん相手に黒星掴んでおかねぇとなぁ!」

「負ける気しかないならやめとこうな?」

「あん!?馬鹿かよ!そう言う勝ちの別の表現の仕方だよ」

「“電撃波(スタン)”」

「あばばば!!――いやお前背後から何してくれてんの!?馬鹿かお前!!」

「バカがインテリぶんな。白星なんだよ。恥晒すな」

「お前こそ馬鹿だな」

 

 嵐は不敵に笑う。

 

「黒い星の方がブラックホールみたいで格好良いだろうがっ!」

 

 ドヤ顔をかました嵐に、ツッコミを入れたのはその頭上の存在である。

 

「きゅ!!!」

 

 尾をブンブン振り回してその顔を叩きまくる。

 

「いたたたたたた!!痛ぇ!痛いぞサスケ!」

「お、いいぞサスケ。手を緩めるな?」

「やれ、サスケ!そのままもう一回ハゲにしてしまえ」

「きゅ!」

 

 お、それ採用!言わんばかりに鳴いたモモンガことサスケはその尾を緑色に光らせる。するとその尾は風を纏い始めた。

 

「おい待て待て!それは洒落になんねぇ!!」

 

 そんなぎゃーぎゃーと騒ぐ陽太達にさらにもう1人近く姿があった。

 

「ははは。元気そうだね」

 

 霧島である。

 

「あ!おはようございます、先生!見ててください、嵐がもう一度ハゲになります」

「いや止めろ!?」

 

 なんとかサスケを引き剥がし逃げ出そうとする嵐に、銀太の相棒、無機物種の銀色のゴーレムのクレスが立ちはだかる。

 

「お前ら遊びなしか!?」

 

 筋肉モリモリのクレスは、巻尾の前でさながらボディビルダーのようにポーズを決めている。

 

 さらに逃げ惑う嵐に追い打ちをかけるように、電気を纏いスピードを上げた鳴矢がその後を追う。

 

 逃げるのも時間の問題かという所で

 

「よし。一緒に遊んでおいでレグ」

「「「なんで??」」」

 

 3人声を揃えて言うが、すでに解き放たれたレグは

 

「ぐるるるるる♪」

 

 と楽しそうに突撃していった。


♦︎♢♦︎♢


「良い加減にしろよテメェら…!俺で遊ぶなっ」

 

 嵐の堪忍袋がキャパオーバーを越えるタイミングで、やめた陽太達である。

 

 その辺りは幼馴染の2人は心得たもので、陽太もそれに倣う形になった。

 

 そして話は戻り淡墨さんと3人の戦いが始まる。

 

 嵐は柔軟をして身体を温めており、むしろレグのせいで温まりきった3人は作戦会議の真っ最中だ。

 

 3人とも表情は真剣である。

 

 負けっぱなしと言うのは、たとえ誰であれ気持ちは良くない。

 

 特にあの3人は負けず嫌いだ。

 

 本気も本気で臨む気だろう。

 

 それを察したのか、淡墨さんも柔軟で身体を作りはじめた。彼も彼で後輩に勝ちを譲る気はないだろう。淡墨は勝つことに貪欲だった。

 

「どう思いますか、先生」

 

 陽太は霧島に問う。

 

「3人とも、チームプレーに磨きがかかっているからね。善戦はすると思うよ」

 

 善戦。

 

 善い戦い、と霧島は言う。

 

「3人では捕らえられないと?」

「……」

 

 陽太の問いに霧島は黙り、口を重々しく開く。

 

「ソロで魔石狩りをすると言うことがどれだけのことか、陽太君にはもうわかっているだろう」

「……」

 

 今度は陽太が口を閉じる番だった。

 

「ソロで狩ることを国から()()()()()()()。アーマー種持ちだからと言って誰でも許されているわけではない。寧ろ貴重なアーマー種の命を落とさないようにするのが世界の方針だよ。しかしそれが許されている」

 

 準備を終えた淡墨がアーマー化し、作戦会議を終えた3人が向かい合う。

 

「始めッ!!」

 

 霧島が声を上げて戦いの合図をとる。

 

 そして静かに陽太に告げる。

 

「彼は、一流だよ。紛れもない、この国のトップクラスだ」

 

 その戦いは圧巻だった。

 

 淡墨は攻撃をせず、ただ避ける、防御体制を取るだけ。

 

 それだけなのに。

 

 一度も、一撃も、それを崩すことは叶わなかった。

 

 一方的に攻撃されているのに、一方的に優位だったのは淡墨だった。

 

「それまで」

 

 霧島の合図でその戦いは終わる。

 

 3人は荒い息を吐いて悔しそうに地面に座り込む。

 

 嵐は四つん這いになり、悔しそうに床を叩いている。

 

 そんな3人をフォローするためか、霧島は3人に駆け寄っていく。

 

 陽太ら視線をずらし、淡墨を見る。

 

 アーマー化を解き、汗で湿った髪をかきあげ、息切れを整えている淡墨は、それでも3人の疲労度より軽そうだ。

 

 唖然と、陽太は見つめる。

 

 自分は、12秒。

 

 そして淡墨は6分。

 

 明らかな差。

 

 文字通り格が違う。

 

 今の己に、敵うのだろうか。

 

 致命的な実力の差に陽太は身震いする。

 

 震える身体が心を乱す。

 

 弱い心は陽太の深層を暴く。

 

 果たして、出来るのだろうか。


 

 俺にこの人を――。


地球上には存在しない物質で作られた盾。

“魔石狩り”には必須のアイテムで、アーマー種がパートナーであれば不要だが、そうでないのなら所持をしていないとエリアへ入ることは禁止されている。

そのくらい必要不可欠なアイテムだ。

『アルミより軽く、チタンより硬い』

よくCMで見る売り文句だが、過剰表現ではなくただの事実だ。

新技術により、盾はアプリを起動すれば盾は透明に見える。透明ではあるが、ガラスのように透けるだけなので、盾の広さを感覚で間違うことはない。

サイズはしっかり防ぎたい人用の両手タイプや、受け流すことを主体とした、片手タイプ。

大きく分けてこの二つだが、自分にあった盾を選び、活用することが何よりも大事だ。

己の命を守るため、そこには一切の妥協をせずに自分のパートナーとの役割を考えてしっかり熟考すること。


例え値段が高くても、妥協はするな。

その値段が、君の命の値段だ。


参考文献

その盾で守る己の命(図解付き)

番外編〜盾の選び方〜

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ