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”問題児”

 クロの背に乗り、陽太は草原を駆けていた。

 

 前方300m先には緑色をした小鬼と、隣に茶色の大型犬が陽太目掛けて襲いかかってくる。

 

 数は目視する限り全部で11体。

 

 多勢に無勢の人数で襲い掛かられても、陽太は動じることはなかった。

 

「シロ、索敵!クロはそのまま前進!」

 

 その言葉を聞くや否や、シロは頭上に羽ばたき、クロはそのまま速度を上げて前進する。

 

 陽太はポケットから手袋のような革製のグローブを装着しながらクロに再度指示を出す。

 

「“炎弾”装填」

「グルルルルル」

 

 クロが喉鳴らすと、牙を剥き出しにした口元から炎が溢れだす。

 

 距離が50mに迫ると、

 

「目標先頭集団!発射!」

「ガァ!!」

 

 クロは駆けながら小鬼達目掛けて火の玉を放つ。

 

 バスケットボール大の火の玉は、クロの走る以上のスピードで集団に着弾し瞬く間に燃え上がる。

 

「「ギィィィ!?」」

 

 先頭の三体が悲鳴と共に崩れ落ちる。

 

 そのまま追撃をかけようとする陽太の視界の端に水の玉が5つ現れた。シロからの索敵結果の連絡である。

 

 陽太はすぐさま作戦を変更する。クロから飛び降り、

 

「纏え!“炎装(えんそう)”!――蹴散らしてこい!クロ!」

「ヴォォォン!!」

 

 雄叫びを上げ走るクロの毛の色は、徐々に熱した鉄のようなオレンジ色に輝きだし熱を帯び、火の粉を纏う。

 

 クロの繰り出す爪の攻撃は傷つけた所から発火し、クロに噛みつこうとした犬はその身体の熱さに耐えられず口を焦がし、地面に転がってのたうち回る。

 

 陽太の言う通り、蹴散らすと言う言葉が相応しいクロの独壇場だった。

 

 一方クロから飛び降りた陽太は水の玉が現れた所目掛けて、懐から出したある物を連続で放り投げる。

 

 シュルシュルと空気を斬り裂きながらその水の球をなぞるように当たり、そのまま深い草むらの中に入って

 

「ギィ!?」

 

 それは鳴き声に変わった。

 

 飛び出してきた小鬼の額には、氷の手裏剣のような物が刺さっていた。

 

 シロの氷の結晶の形をモデルにして作成した暗器である。

 

 深い草むらから現れた五体の小鬼は陽太を怒りと殺意を向けている。

 

 陽太達が通り過ぎてから挟み撃ちにするつもりで隠れていたのだろう。


 小鬼には雑魚と言われるが、馬鹿ではない。

 

 それくらいの狡賢(こうかつ)さは持ち合わせている。

 

「ギィィィ!!!」

 

 怒鳴るように何かを言う小鬼だが、陽太は一切反応せず、高く上げた手を降り下ろす。

 

 するとバケツをひっくり返したかのような水が小鬼に降り注ぐ。

 

 小鬼達が頭上に顔を向けると、そこにはシロがいた。

 

「ホウッ」

 

 シロが大きく羽ばたくと青く輝いた羽から冷気が降り注ぎ、彼らの身体を凍てつかせる。

 

 悲鳴を上げる暇も無く、小鬼達は氷の彫像と成り果てた。

 

 その氷像に陽太はゆっくりと近づく。片手を上げ空中で何かを掴むように掌を広げる。

 

「“精製(クリエイト)”、ハンマー」

 

 シロは陽太の頭上でその翼を青く輝かせると、その掌を中心に()の様な形をした氷が現れ、そしてそれは柄の先に巨大な氷の塊がついたハンマーになった。

 

「再度索敵。警戒にあたれ」

「ホウ!」

 

 陽太の指示と共にシロは周囲の警戒のために空高く羽ばたいていった。

 

 陽太は重いハンマーを振り下ろす。

 

 その表情には憂いはあれど、しかし迷いはない。

 

 3回ほど叩くと、氷像は崩れるように壊れて行く。

 

「フゥ」

 

 大きく息を吐き、軽く腕を回す。

 

 そして次に取りかかった。


 合計15回。

 

 そのハンマーを振り下ろした陽太は、油断せず魔石を回収する。

 

 黒い毛に戻ったクロが、自分の倒した分の魔石を口に回収して戻って来た。

 

「お疲れ様、クロ」

 

 それを受け取り、労いの言葉と共にその頭を撫でる。その身体は特製の手袋越しでも熱く感じた。

 

「ぐるるるる」

 

 嬉しそうに目を細めるクロに、俺も混ぜろー!と言わんばかりにシロがクロの頭を強襲する様に止まり

 

「ほわっひゃ!?」

 

 その熱さに飛び上がった。

 

「お前は学ばないなぁ、シロ」

 

 思わず苦笑いするが、すぐに真顔に戻る。

 

「状況は?」

「ほう!」

 

 首を横に振り、異常なしと語るシロにようやく陽太は緊張を解いた。

 

「二人ともお疲れ様。そしたら、ちょっと周囲の警戒を頼む」

 

 そう言うと、陽太は両手いっぱいの石を祈るように手を合わせる。

 

 奪った命に、捧げる祈りだ。

 

 それに倣うように、クロとシロも目を閉じる。しかしクロは嗅覚で、シロは聴覚で警戒を忘れない。

 

 数秒黙祷した後

 

「それじゃあ淡墨さんの所に戻るぞ」

 

 陽太はクロの背に飛び乗った。その背中には耐火性の鞍がついており、乗り心地もその性能も最高だった。

 

――値段以外は。

 

 陽太は心の中で愚痴った。

 

 陽太が淡墨と別れた地点まで戻ると、淡墨はまだ闘っていた。

 

 陽太があっという間に済ませたのに、淡墨が未だ闘っている理由。それは単純で、相手の強さだ。


 

 話は少し前に遡る。


 

 陽太達はシンボルエリアの入って早々に、敵と遭遇した。一体は陽太達を見ると敵わないと悟ったか逃げ出した小鬼。

 

 そしてもう一体はその小鬼の進化した姿。

 

 淡墨のパートナーのドラゴンと同等の大きさを持った巨体。その肌は小鬼と同じく緑色だ。

 

 人の胴程もありそうな筋骨隆々とした剛腕。

 

 鍛え抜かれたボディビルダーのような筋肉がその全身を覆っている。

 

 こめかみ付近から鋭く生えた角は、触るだけで切れそうなほど鋭利だ。

 

 大きな手には人の丈を超える巨大な金棒を持っている。


 その鉄の塊を、まるで棒切れを持っているかのような軽やかさで振り回している。

 

 そして小鬼と変わらず醜悪な笑み。獰猛さが増した分、その笑みは人に恐怖を植え付けるには充分だ。

 

 その名を大鬼(たいき)

 

 そんな異形が、陽太達の目の前にいた。

 

 明らかな強者との接敵に陽太の心臓は早鐘を打ち熱くなる。

 

 しかし既に修羅場を経験した陽太だ。緊張した筋肉と心臓を落ち着けるために大きく息を吐く。

 

 繰り返すほどに頭の中がクリアになっていくのを感じた。

 

 クロとシロは既に臨戦体制に入っている。

 

 陽太は2体に指示を出そうとするが、直前で淡墨がそれを止める。

 

「黒河ァ!」

「は、はい!」

「コイツは、オレの獲物だ。手ェ出すなよ。お前はあっちの逃げた方を追え」

 

 逃げたのだから追わなくても、そう思い言いかけた時、遮るように淡墨は言う。

 

「オレらの仕事は“狩る”ことだ。逃げたやつは追わないなんて甘いこと言うんじゃねぇぞ?オレらはここに狩り来てんだ。見逃す理由は一つもねぇ」

「!!」

()()の全ては生き死に直結する。油断すんな、そして俺から離れすぎるなよ。――行け」

「――はい!行ってきます!!行くぞクロ!」

 

 そうして駆け出し、クロが逃げる背中に噛み付き倒した後、陽太の前方に迫る小鬼の群れがいた。

 

 と言うのが先刻までの話だ。

 

――そして今。

 

 陽太は戦っている姿を見て戦慄していた。

 

 大鬼が2体増えている。

 

 1体は傷だらけだが、残りの1体は健在で淡墨に巨大な金棒を縦横無尽に振り下ろす。

 

 その金棒を鎧化した淡墨は腕で軽く受け流した。

 

 即座に状況を読み取った陽太は

 

――大鬼に2体には明らかに不利!

 

 そう判断し、淡墨の助太刀に入ろうと画策するが、怒鳴るような声がその動きを止める。

 

「余計なことをするな黒河ァ!!!」

 

 驚き動きを止めた陽太に、淡墨は続ける。

 

「オレの獲物だっつたろうが!邪魔すんじゃねぇ!」

 

 そのあまりの迫力に、陽太は飲まれてしまった。

 

「ゴァォォ!!」

 

 陽太に叫んだ隙を狙って、大鬼が金棒で地面を叩く。

 

 すると、地面に生えた草花達がたちまち成長し、淡墨に襲いかかる。

 

 肌の色が緑のことから、草系等の能力だろうと陽太は考えていたが、その能力はこの場に置いて強い。

 

 見渡す限り緑に囲まれたこの地は、彼等の能力を十全に引き出すことが出来る舞台だ。

 

 そんな中

 

 「ハッ!ぬるいぬるい!!」

 

 笑い声を上げながら、猫のように縦に、横にと跳ね回り、その鋭い爪で攻撃したり、襲い掛かる草花をちぎっては投げて躱していく。

 

 陽太から見て、それはどう見ても異常だった。

 

 どう見ても戦いを()()()()()()()()にしか見えなかった。

 

 『戦闘狂』。

 

 そんな言葉が、陽太の脳裏をよぎる。

 

 同時に、華の行動が陽太の中で氷解した。

 

 華があんなにお願いしてきた理由。張り付いたような笑顔だった理由。

 

 初めて会った時、華は深々と陽太に頭を下げた。


 その行動は陽太の中でも疑問に残っていた。


 華は頭を下げる立場ではなかったからだ。


 例え礼儀正しい人だとしても、あれは変だった。

 

 お辞儀ではなく、会釈でもない。

 

 ()()()()()()()()()の頭の下げ方だったからだ。

 

――こういうことか、華さん。

 

 例えアーマー種でも、殴られれば痛い。


 当たりどころが悪ければ傷も付く。


 いやそれどころか、最悪死ぬ。


 それなのにそれを一切気にしない戦い方。

 

 まるでスリルを楽しんでいるかのような戦い方。

 

 自分の命をチップに賭けて、ギャンブルを楽しんでいるような異常さ。

 

――こういうことか、霧島先生。

 

 霧島の言っていた『問題児』。

 

 淡墨と言う人間は、それとはかけ離れた人間だと陽太は思っていた。


 鎧化して性格が変わる事が『問題児』のことを指しているのだと思っていた。

 

 戦いでの緊張感。

 

 ギリギリでの勝利に得るなんとも言えぬ解放感と達成感。


 それは味わった人間にしかわからぬ快感で、この悦楽を忘れられない為に魔石狩りを続ける人間は一定数いる。


 霧島達が言っていたのはその事なのだと、陽太はこの時やっと気付いた。

 

 陽太が到着してから3分後。

 

 淡墨が腕をグッと伸ばしながら言う。

 

「最近は訓練ばっかりだったから、久々の戦闘(命の取り合い)の感覚で鈍ってんな。()()()()程度にこんだけ時間かかるとは」

 

 宣言通り、1人で2体倒し切った淡墨はそれでもまだ物足りなそうに言う。

 

 大鬼の倒した石の大きさは、ピンポン玉程のサイズで、陽太の倒して来た魔石生物よりも遥かに大きかった。

 

「次行くぞ、黒河。それともビビって帰りたいか?」

「……いえ、大丈夫です。行きましょう」

 

 肩をグルグル回しながら次への戦いに淡墨はクツクツと笑う。

 

「ようやくウォーミングアップが終わった所だ。これからが本番よ。遅れんなよ」

「……はい」

 

 その背を陽太は追う。その胸中に様々な思いを抱きながら。


 潜入時間、2時間7分。

 

 倒した敵の数、83体。


 新人ではあり得ない記録を残し、陽太の初めての“魔石狩り”は終了した。

『魔石狩りとして必要なもの』


クロの耐火性の鞍は、火属性の蛇の脱皮した皮から出来ており、その性能は言わずもがな。さらに職人の手により糸なども耐火性のモノを使って造られた。一流の職人の手により座り心地も良くなり、その結果値段は学生ではとても手が出せないお値段となった。

何せ一点物だ。

魔石狩りの資格持ちなら比較的に安く買えるが、あくまでも比較的、だ。高級取りの魔石狩りの装備品は基本的にどれも高い。基本的に一点物として職人と相談しながら作るため、それ相応のお値段になるのは当然だ。

『武器防具は自分の命の値段』

と言う格言もあるくらいだが、安いのを買おうとした陽太の頭を思いっきり叩いたシロと薄墨により、無理矢理ローンして買うことにさせた。

あまりに顔が真っ青な陽太に、職人がある程度の温度なら触っても冷たくも熱くも感じないグローブをプレゼントしてくれたため、陽太はその優しさに泣きながらえずくほど感謝し、職人は引いた。

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