ー幕間③ー
学校から連絡が来た。
1週間の停学らしい。
家から動くなどのお達しだ。
警察にも連絡が行き、男のNWは監視されているようで移動禁止を命じられた。
仮に動きがあった場合警察が出動して補導されるとまで脅してきた。
明日にでも素行調査がされるらしい。
「ハッ!アホらしい」
誰が言うことを聞くか。男は心の中で独り言つ。
こういう時だけ過剰に反応しやがって。
男は盛大に舌打ちをした。
そっちが話しを聞かねぇんだから俺だって聞かねぇよ!
「まったく、準備しといて良かったぜ」
高くついたが、結果は良しだと男はほくそ笑む。
男の手の中には、コンタクト型NWの充電器件、洗浄器があった。
しかしその中身は別物で、最新式のNWの改造機器。
通称RW。リバースワールド。
ゲームでチート行為も可能だし、撮影禁止の場所で撮影も出来たり、位置情報を誤魔化したり。
やりたい放題の改造ガジェットだ。
使わずとも所持しているだけで違法であり、世界的に禁止されている違法の品だ。
そんな違法品を手で握りしめて男はニヤリと笑う。
「ククク。やってやるぜ、なぁイオン」
「きゅおん!」
膝の上に乗った相棒の頭を撫でると、任せろ、と自信満々に言う。
それに頷き、男は準備を始めた。
♦︎♢♦︎♢
そこは、ただただ暑かった。
かつて観光客が愛した温泉はマグマに変わり、人の足は遠のいた。
かつて観光客が船に乗って楽しんだ湖は、人間が入ればたちまち火傷する温度となり、人々は去っていった。
かつて正月の風物詩でもあった駅伝は、いまは昔の話で、ここで駅伝が行われることはないだろう。
観光地と温泉で有名だったその場所は箱根。
ランクCエリア、灼熱温泉“箱根”。
男はそこに来ていた。
季節としてはまだ夜は肌寒いはずなのに、まだ遠いいはずなのに、男は既に熱気を感じていた。
「ハハハ、もう暑いじゃねぇか。流石はCランク。その名は伊達じゃねぇか」
イオンの背に乗りながら、男は額に滲んだ汗を拭う。
RWで設定を改竄し、位置情報を自宅に貼りつけた男はイオンの背に乗って箱根まで来ていた。
今はその手前で地上に降り、イオンの身体を休ませていた。
突貫で飛んで来たため、その疲労を回復するためだ。
「ほら飲みな」
ペットボトルにストローが刺さっている水をイオンにみせると、美味しそうにその水を飲んだ。
男の気難しそうな顔には微笑みがさし、2人の関係が良好だというのが伺える。
「キュオ!」
行こう!そうイオンが言うと男はその背を撫でて跨った。
「おいおい慌てるな。ちょっと待ってろよー」
男がホロウィンドウを操作する。
NWに搭載されている、シンボルエリアに無断侵入した際に鳴る警報装置。
「ハッ、簡単なもんだな」
それを解除した。
ちらりと目線を向けると看板があり、シンボルエリアへの無断侵入禁止、命を粗末にするななどと当たり前のことが書いてあり、男はそれを鼻で笑った。
「それじゃあ行こうぜ、イオン」
「キュ!」
「俺たちの実力、みせてやろうぜ」
箱根のシンボルエリアの中でも入りやすい場所に、男はいた。
溶岩が流れ出る場所すらあるこのエリアで、比較的安全な芦ノ湖周辺のエリアだ。
そしてため息を漏らす。
「呆気ねぇな!クソ簡単じゃねぇか、魔石狩り!」
手に持った7つの魔石を片手でポンポンと跳ねさせ、かちゃかちゃと手慰みに鳴らしながら言う。
「なぁ!イオン」
「キュオン!」
当たり前だ!とイオンが鳴き、男はその顎を撫でると、気持ちよさそうに鳴いた。
「俺らならこんくらい当然か!」
正直、もっと苦戦するかと思った。
それが男の感想だった。
しかし蓋を開けてみれば、なんてことはない。
イオンに敵はいなかった。
角に火を灯した鹿も、燃え盛るたてがみを持った獅子も、空から襲うイオンの攻撃に呆気なくおちた。
男は一応馬鹿ではない。
イオンの属性は水で、それに適したエリアを選んでいた。
空中からの攻撃も、しっかり一体しかいないのを確認してから行い、倒した後もその警戒を怠らず様子を見てから魔石を拾いに行った。
男は感情的に見えて、しっかり冷静な部分も持ち合わせていた。
シンボルエリアに無断侵入、RWによる違法改造、改竄。
既に幾つもの法を犯した男だが、勝算があった。
それは単純に結果を出すこと。
魔石狩りでもない、初心者がCランクのエリアから生還どころか魔石をしっかり持ち帰って来たら。
怒られるだろうし、一時は犯罪者扱いもされるし、前科もつくだろう。
男はしっかりそこまで想定していた。
――しかし、確実に釈放される。
男は口元を歪ませる。
有望な人材を眠らせるほど、人類は余裕ではない。
一見、無茶で無謀にしか見えないこの行為も男にとっては計算通りだった。
問題児でも、実力があれば擁護される。
どんな世界でもそれは変わらない。
実際、そう言う魔石狩りの資格持ちもいるのだ。
目に見えた結果を出して、誰も彼も黙らせる。
男の狙いはそれだった。
資格を取得する為にはそれなりの時間と、知識と能力が必要になる。が、そんなのは待っていられない。
既にあの特待生は、シンボルエリアに入り魔石狩りとしての活動を始めた。
それに追いつくためには不利益も被る覚悟だ。
涼しげに笑って嘲笑してきた特待生を思い出すと、頭に血が昇るのがはっきりわかる。
ペットボトルを開けて喉を潤して、その冷たさで溜飲を下げる。
誰の目にも明らかで、純粋な結果。それが必要だ。
そしてその結果はこの手の中にあり、戦闘記録もNWに残っている。
さっきなどは3体の鹿を相手にして、余裕で葬った。
やはり、自分の相棒は強い。
そう確信し、水を欲しそうに見てきた相棒に、ストローを差し出した。
とりあえず10個ほど狩って帰るか。
一つ一つの石のサイズも大きく、7つもあると片手ではもう収まりきらない大きさだった。
石をポケットに入れながら、その辺りに落ちている魔石はあえて無視する。そんな物の回収は誰にでもできる。
あくまで目的は自分の実力を示す事。量はさほど問題ではない。
男はイオンの背中に飛び乗り、ほくそ笑んだ。
たった2時間足らず。
しかもかなり慎重に行動してこの結果。
小動物系ならこれ一つで腹が満ちるサイズ感の石が7つ。
10個もあれば一般市場の売値なら五万円くらいになるだろうか。国に売るのは安く買い叩かれると言うが、その分様々な保障がついている。
その辺の石を拾っていたらもっと余裕で稼げる。
今回の趣旨は自分達の能力の高さの証明なのであえて回収しないが、本来ならあれも自分のもの。金なんて稼ぎ放題ではないか!ちょろいなぁ、魔石狩り!
男は未来の自分を思い描き、口を歪ませそして
背中から炎が上がった。
『魔石狩りの資格』
政府の制定する試験内容に合格することで資格を得ることができる。
筆記試験、実技試験とあり、筆記は法律関係の知識を問うものが多く、一般教養と、魔石生物関連法案を記憶しているかどうかがテストされる。
重視されるのは実技試験の方である。
資格を得ても、二体持ちになるまではソロで行うことは基本的には許されない。
最低3人以上のチームを組むことが原則である。
が、アーマー種を持っていた場合はその限りではない。
当然、魔石狩りの資格なしの魔石狩りは禁止であり違法だ。
禁固刑は免れない。
特に魔石の違法売買は重罪にあたるため、資格がどれだけ大事なのかを物語っている。
参考文献
小鬼でもわかる!?魔石狩りの資格の取り方




