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雨②

 枯れた木々を抜けた先で少し開けた場所に出る。

 陽太が辺りに注意を払っていると、淡墨がプレッシャーをかけるつもりはないんだけど、と前置きした上で口を開いた。

 

「もう気付いているかとは思うけど、これは僕なりの試験だ。先生からも許可は貰っている。僕と一緒に潜るなら、言い方は悪くなるが足手纏いは要らない。君の事を常に気にしている程、シンボルエリア(ここ)は生温い世界じゃない」

「はい」

「だからと言って君を認めていない訳ではない。先生との戦いは僕も見ていたけど、機転もあり度胸もあった。とても素晴らしかったと思う」

「あ、ありがとうございます」

「クロとシロの働きも良かった。これから君は成長するだろうと確信した。でも」

 

 淡墨はそこで言葉を止めた。

 

 陽太もその続きを促す事はなかった。

 

 前方100メートルは先枯れた木の裏から現れた()()を目視したからだ。

 

 それは、日本で古来から伝わる鬼に似ていた。

 しかしその身体は小さく、120cm程で肌の色は紫色だった。

 つるりとした頭からはうねった角が生えており、その手には薄汚れた棍棒のような物を持っている。

 その身体には大きすぎるのか、後ろ手で引きずる姿は少し滑稽だ。

 しかし性格は悪辣のようで、陽太達を見つけた瞬間ヤニヤと笑いながらゆっくりその足を進めて来る。

 そんな鬼が合計5体。

 

 陽太達にゆっくりと近づいて来る。

 心臓の音が早鐘を鳴らすのを感じながら、陽太は訓練通りに盾を構えた。ぎゅっと強く握り締める。

 

「グルルルル」

 

 隣では唸るように威嚇するクロが臨戦体制を取り、今にも飛び出しそうだ。

 そんなクロに淡墨が待ったをかける。

 

「おっと、クロは出ないでくれ」

 

 姿勢を崩さないまま、クロは淡墨に顔を向ける。

 

「こっちで対処する。シンラ、よろしく」

「にゃ」

 

 淡墨の言葉に小さく鳴いたシンラは、肩から飛び出て小鬼達に向かっていく。

 

 相手は確かに小さい。

 しかしそれ以上にシンラは小さい。

 

 猫の中でも小柄な部類のシンラの体長は約40cm。

 相手はその3倍の体格であり、さらに5体もいる。

 その差は歴然とも言えるがしかし、シンラの歩みに迷いはない。それどこらかやれやれめんどくさい、とでも言いたげなゆっくりとした足取りで、緊張感のかけらも無かった。

 

 楽勝な相手が来たとでも思ったのだろう。

 小さい猫を見て弱いと見たのか、笑みを深めた小鬼達は小走りになりながらシンラに近づいていく。

 1人立ち向かって行くシンラに、淡墨は心配の一つもないように陽太に質問する。

 

「黒河君あの個体の俗称は知ってる?」

「日本では小鬼が通称です。海外ではゴブリンなどと呼ばれていますが」

 

 小鬼達はシンラの目前に迫っており、そのうちの一体が棍棒を振り上げ、シンラ目掛けて振り落とした。

 

蔑称(べっしょう)は、雑魚(ザコ)。一番御し易い魔物の一体に数えられています」

 

 キィーン!

 振り落とした棍棒はしかし、甲高い音を奏でた。

 

「グギャ?」

 

 グシャリと、潰れる音を予想していた小鬼は、予想していた反応ではなかったため首を傾げる。

 棍棒を上げると、何一つ傷ついていないシンラがそこにいた。

 

 毛を硬質化させたシンラにはその攻撃は届かない。

 アーマー種はなにも鎧化出来るから最強な訳ではない。

 その身一つでも砲弾や手榴弾程度なら傷が付かない防御力。

 それがアーマー種が最強たる所以である。

 

「シャッ」

 

 シンラは威嚇するような声を上げ跳躍し、その鋭い爪で目の前の小鬼の首を掻き切った。

 

「ギャボ?」

 

 首を切られた小鬼は、首を傾げながら切られた喉元から溢れる黒に近い紫色の血を垂れ流しながらその場に崩れ落ちた。

 さらに次の一体に飛び掛かり、その爪を振るう。

 それは、正しく蹂躙だった。

 

 瞬く間に、5体もいた小鬼達は地面に平伏した。

 何の抵抗もなく、何の反撃もないまま、その蹂躙劇は終了した。

 

 あっという間の出来事だった。

 あっさりと終わりすぎて、現実味がなかった。

 

 その美しい毛並みは雨には濡れていたが、血飛沫の一つすら付かず、しかしその周りは血溜まりに沈んでいた。

 

 やがて。

 

 血溜まりは塵に消えるようにその姿を消していく。

 小鬼達の身体も砂のようにその身を崩していく。


 サラサラと。

 

 砂粒が空を舞うように消えていき、あっという間に何も無かったように血溜まりも無くなった。

 まるで初めからなにも無かったかのように。

 

 しかし、彼らが消えた後に残るものは確かにあった。

 親指サイズ程の小さな魔石がそこにはポツンと落ちていた。

 彼らの存在していた証明のように、しっかり5つ分転がっていた。


 

 息を呑むように陽太は蹂躙劇を見届けていた。

 その光景は圧巻だった。

 陽太の網膜に焼き付いたかのように鮮明に、その脳裏に焼き付いていた。

 

「これが、魔石狩りの仕事だ」

 

 淡墨はシンラの元に向かう前にボソリと、しかしハッキリと、陽太にそう言った。



「何故、シンラが爪しか使わなかったかわかる?」

 

 魔石を拾いながら淡墨は陽太に言う。

 

「あ、はい。血を浴びないため、ですよね?ここは紫色()のエリアなので、相手の血肉には魔石生物にも有効な毒があるからそれを避けるため、でしょうか」

「では何故小鬼はされるがままだった?」

「小鬼は知能が低い事で有名ですが、集団行動を取り、連携もできます。その中でもリーダーを狙うと他の小鬼達は何をすれば良いかわからなくなり固まる、もしくは逃げると言う行動を取りますが、今回はその前者のパターン。いきなりリーダーをやられて頭が追いつかなかったのではないかと思います」

「やっぱり知識の方は問題はなさそうだ。それじゃあ後は実技だ。シンラ、よろしく頼むよ」

 

 そう言って屈んだ淡墨は、シンラの頭を撫でる。

 

「にゃ〜?にゃうにゃう」

 

 えー、やるの?とでも言いたげに不満そうにシンラは鳴く。

 

「そんなこと言わずにたのむよ」

 

 そんなシンラは自分が満足するまで撫でさせた後、淡墨に背を向けてどこかへかけ出した。

 

「シンラはどこに…?」

 

 その問いに淡墨は答えなかった。

 

「話の途中だったね。魔石狩りとは、魔石を入手すること。または魔物を狩り魔石を持ち帰る職業だ」

 

 雨で濡れた髪をかきあげながら言う。

 

「狩りとは命のやり取りだ。相手の命を奪わなくてはいけないし、自分も命を奪われる覚悟が必要だ」

 

 淡墨はその手に先程拾った魔石を陽太に見せる。

 

「これが彼らの命であり、僕らの飯の種でもある。命の危険がある分、僕らの給与は良い。頑張ればその分お金になるし働きが認められれば名声も手に入る。エリアキングを倒せば国民栄誉賞()()間違いなくもらえるし、一生遊んで暮らせるだろう。魔石狩りとはそういう職業だ。――さて、ここで問おう。君は何故、魔石狩りを目指す?」

 

 淡墨は陽太に近づいて冷たい声で言う。

 

「君に命を奪われる覚悟はあるか。命を奪う覚悟はあるか」

 

 陽太はその問いにはっきりと答えてみせる。

 

「……あります!」

 

 生半可な覚悟でここにいる訳ではない。

 中途半端な気持ちで、魔石狩りになろうと思った訳ではない。

 

「そうか。なら僕から言うことはもうない」

 

 そう言うと淡墨はシンラが去った方を見る。

 釣られて見ると、シンラは一体の小鬼から逃げるようにこちらに向かってくる。

 その小鬼は先ほどの個体より明らかに大きい。

 

「僕からの試験だ。シンラが今釣ってきた小鬼から30分間攻撃を受けて耐え続けること。そして――」

 

 ピカッと空が光る。

 

「――30分後、その命を奪うこと。以上だ」

 

 ゴロゴロと轟音が陽太に降り注ぐ。

 

 雨が強くなってきた。


♦︎♢♦︎♢


「見ていてくれ」

 

 心配そうに陽太に寄り添うクロを撫で、そのクロの頭にちょこんと乗っかるシロの大きな瞳を覗き込む。

 シロは小さく頷くと、クロに言い聞かせるようにホウホウと鳴き、その声に渋々と言わんばかりにクーンと喉を鳴らし、座り込んだ。

 

 それを見て陽太は背を向けて歩き出した。

 雨のせいでぬかるんだ大地は、タダでさえ重い陽太の脚をさらに重くさせた。

 その横をシンラが通り抜ける。

 

 チラッと少しだけ陽太に視線を向けたが、すぐに淡墨の方に向かって走り去った。

 陽太にたいした興味がないのだろう。

 

 シンラの後方を小走りで駆ける小鬼は、シンラとすれ違いに歩いてくる陽太に気付いた。

 敵と認識したのか、小鬼は真っ直ぐ陽太に駆け寄ってくる。

 早鐘を打つ心臓をなんとか宥めながら、陽太は相手を観察する。

 

 体長は約150cm。

 先ほどの個体より体格かなり大きい。さっきの個体は細身だったが、こいつは肉付きが良く筋肉も引き締まっている。

 その証拠に錆びた斧を(かつ)ぎ持っている。引きずってはいない。

 

 ギラついた目は陽太に釘付けだ。

 距離はもう15mもない。

 陽太は歩みを止め、盾を構える。

 大きく息を吸い、大きく吐いた。

 

――さぁ、来いっ!

 

 構えた陽太の盾に、小鬼の振りかぶった斧があたる。


 キィン!

 

 戦いのゴングが鳴る。

 陽太の初めての命の取り合いが始まった。


♦︎♢♦︎♢


 始まって早くも数合打ち合ったが、陽太は1つの確信を得た。

 自分は上手くやれている。

 自分の動きは通じている。

 

 という勝利への確信だ。

 何せ相手の動きは単純だ。

 

 振り上げて、降ろす。

 もしくは横から殴る。

 

 斧の重さで振り下ろされた攻撃は確かに重い。

 しかし、ただそれだけだ。

 上手くいなす、弾く、それが容易く出来る。

 盾アプリをしっかりと使いこなせている。

 

 霧島のパートナーのレグの攻撃の方が恐ろしかったし、笹野のパートナーのクレスの攻撃の方が重かった。

 自分の訓練はその身となり血となっている事を、陽太は初めて確信した。

 

 自分の能力は通じていると確信した。

 

 しかし、それは束の間の出来事だった。


 


 雨が降っている。


 その雨は目に入り視界を奪う。

 その雨は身体から熱を奪う。

 その雨は苛立ちを募らせ集中力を奪う。

 

 5分と少ししか経過していないのに、陽太は自分の動きにキレがなくなっていくのをゆっくり感じ始めた。

 

 始まりはどこだったか。

 陽太は思い返す。

 ぬかるんだ地面で足を取られ、盾を構える位置を少しズレてしまい、縦に弾かれた斧が陽太の右足前方にズドンと鈍い音を立てて落ちた時だ。

 


 あの瞬間、陽太の右前足のすぐそばに斧はザクッと地面に突き刺さった。

 地面から振動が伝わるくらいの近さに、その斧はあった。

 

 仮に陽太が盾の構え方を少しでも間違っていたのなら、右足の踵から先がなくなっていた。

 そんなことを不毛な妄想を、脳内に描いてしまった。

 ありえないことではあった。陽太は盾で身体を隠していたのだから。

 

 ただの幻想だ。

 被害妄想と言っても良い。

 しかし、そんな恐怖が陽太の脳裏にチラついた。

 ありえない可能性を幻視してしまった。

 

 その後から数合、陽太にミスはない。

 しかし脳裏に過った幻影は陽太から冷静さを奪う。

 それは徐々に苛立ちに変わっていった。

 

 雨が降っている。

 

 雨脚は速さを増していく。


♦︎♢♦︎♢


 陽太の動きに精彩さがなくなったことに気付いたクロは、すぐ飛び出そうとし、しかしそれを淡墨から飛び降りてきたシンラに止められた。

 

「グルルルルル」

 

 低い声を鳴らし威嚇するが、シンラはそれに一切動じることはない。

 自分よりも10倍以上もの体格差がある相手にも関わらず、シンラは臆すことはなかった。

 

 真っ直ぐクロの瞳を見つめている。

 

「グォンッ」

 

 シンラをどうにかしろとでも言いたいのか、クロは淡墨に目を向けて苛立つように鳴く。

 

「別に行っても構わないが黒河くん不合格になるだけだよ」

 

 それでいいのか?と問われ、クロは俯く。

 そこでシロが声を発する。

 

「ほーほー」

  

 落ち着きを払ったシロの声は、クロを落ち着かせることに成功する。

 

「ほほうほう」

 

 そして最後に何かあったら承知しない、と言わんばかりに鳴いた。

 

 淡墨は軽くため息をつき、ドクロのペンダントを手慰みのように弄りながら言う。

 

「別に嫌がらせをしている訳ではないことは理解して欲しい。好きでこんな事している訳じゃない」

 

 シロはこくんと頷く。

 

「君達は優秀だ。黒河くんは知識はしっかりあるし、訓練も手を抜かない勤勉さもある。能力も高いし度胸も悪くない。しかしそれだけでは魔石狩りにはなれない」

 

 淡墨の視線の先では陽太が戦っている。

 

「命を奪う。この経験は現代に置いてほとんどの人間がしたことがない。虫のような小さな命なら経験があるだろうが、ある程度以上に大きいサイズの命を奪うことはなかなかない。死に触れることが昔より圧倒的に少なくなったからだ」

 

 雨に打たれながら、必死に。

 

「今や地球上で小型以上の生物はほとんど存在しない。家畜やペットもいなくなったし、人類のほとんどは魔食に頼っている。誰かの命を貰って生きていると言う実感が少なくなった。ニュースでは多くの悲劇が流れてくるけど、それは対岸の火事。実際にはその身に降りかからないと実感できない。身近な人間の死でようやく死を実感する」

 

 水溜りの中が窪みになっており、それに気付かず足を取られた陽太は体勢を崩した。

 その隙を狙って小鬼は容赦なく斧を振り下ろす。

 ピクリとクロが反応するが、陽太はそのまま後ろに倒れ、そのままゴロゴロと転がり距離を取った。

 

「…ポストカタストロフィで多くの命を失った人類は、死に敏感になった」

 

 顔も服も髪も、泥だらけになった陽太は荒い息を吐きながら小鬼と対峙している。

 

「現代の人間にとって、命を奪うということは並々ならぬストレスだ。何せ場合によっては自分と一緒に生きて来た同じタイプの魔石生物を殺さなければならないからだ。君の主人が君達と同タイプの狼や梟を殺せるか?――いや無理だと僕は思う。確信を持って言えるくらいには」

 

 息を切らす陽太だが、相手も同じく疲れている。

 

「だからこそこの“儀式”は必要なんだ。頭で理解するのでなく、身体で体感して経験する。命を奪うことの罪悪感を真の意味で理解する。罪悪感に慣れてしまうタイプは楽だけど、彼は残念ながらそういうタイプではない」

 

 小鬼は斧を肩にかけるように支えて持ち、荒い息を吐いて次の攻撃の機会を伺っている。

 

「君達の主人はね、優しすぎるんだ。そしてそれは、致命的に魔石狩りに向いていない」

 

 対峙した二人はまたぶつかり合った。

 

「だからこそ彼のようなタイプは見つけないといけない。命を奪う理由(言い訳)を。自分の戦う理由(信念)を」


 

 淡墨はドクロのペンダントを握りしめて陽太を見守る。

 かつて自分が通った道の幻影を重ねながら。


♦︎♢♦︎♢


 なんでこんなことをしているんだっけ?

 陽太はぜーぜーと息を吐きながらそんなことを思う。

 

 と言うか、お前も逃げろよ。

 俺には敵わないって、もうわかっているだろ。

 目の前の小鬼を見て陽太は心で悪態を吐く。

 

 同時に小鬼が猪突猛進の思考をしており、そんな考えが目の前の小鬼にはないと言うことは、自分の中知識が勝手に答えを出していた。

 さらに言えば、逃げられたらそこで試験が終わりだということもわかっているからこそ悪態を吐く。

 

 小鬼は荒い息を吐いている。最初よりも明らかにスローペースになりながらも、攻撃が止むことはない。

 疲れているし、斧を振り下ろすことしかしなくなっていた。

 

 だがその一撃一撃が、妙に重い。

 陽太は攻撃を逸らすのではなく、ただ受けているだけなので攻撃を重く感じるのは当然だ。

 

 雨のせいで疲労した陽太には、それが精一杯だった。

 刻一刻とその攻撃は重くなる。

 どんどんと重く感じる。

 

 その理由は、小鬼が火事場の馬鹿力で力が上がっている――という訳ではない。

 小鬼は間違いなく疲弊しているし、その力は落ちている。

 陽太は薄々その理由に気付いていた。

 見て見ぬふりをしてきたが、もう時間の問題だ。

 そして陽太の心の問題だ。

 

 チラリと視界の隅にあるモノを見る。

 刻一刻と無情に告げるそれを。

 


 22分14秒。

 

 それが陽太が攻撃を重く感じる理由だった。

 後残り5分と少しで、陽太は目の前の命を奪わなければならない。

 

 その事実が陽太の心に少しずつ重くのしかかる。

 小鬼が発する攻撃を受け止める度に、命の鼓動を感じる。目の前の小鬼は確かに生きており、自分の命を守る為に陽太の命を奪おうとしている。

 

 果たして自分に誰かの命を奪う資格があるのか。

 陽太はそんな問いを繰り返す。

 エリア内にいる魔物は人類から領地を奪い、安寧を奪い、生命を奪った張本人だ。

 

 

 だから()()()()()


 

 そんな言い訳を、ここに来る前に思っていた。

 

 陽太が魔石狩りと言う職業を目指す時に、命を奪う理由を漠然と考えて出した結論だった。

 それは正しいことだと、陽太は信じていた。

 

 本当に本気で生半可な覚悟で命を奪い奪われる職業になろうと思った訳ではない。

 本気でなろうと思い常に勉強は怠らなかった。トレーニングも毎日欠かさず行ってきたし、今はさらに追加でクロとシロと連携を考え訓練してきた。

 

 魔石狩りと言う職業を目指してから、努力を重ねてきて自信も自負もあった。

 しかしそれは、この土壇場にきて揺らいでいた。

 

 

“奪われたのだから奪っていい”

 

 その言い訳は陽太を納得させていなかったと言うことに気付いてしまった。

 目の前の命を奪うことは、難しいことではない。奪おうと思えば奪えてしまう。

 

 命を奪うことが恐ろしい。

 

 自分の命を危険に晒していると言う事実を経験で知ってしまった。

 

 命が奪われることが恐ろしい。

 

 自分が強者であり、相手は弱者である。

 陽太は弱者を痛ぶることに喜びを感じない。残念ながら黒河陽太はそう言う人間ではなかった。

 だからこそ今、自分のしていることが苦痛で仕方がなかった。

 

 手を抜きたい訳ではないが、手を抜いてしまう。

 勝利を確信して弱者を憐れむ時の心情に、それはよく似ていた。


 

 タイマーは残り25分32秒。


 

『何故“魔石狩り”を目指す?』


 

 淡墨の言葉が頭の中で何度も響く。


 

 雨が降っている。


 

 陽太を苛むように、ザーザーと。

『盾術①』


魔石生物の攻撃は、とてもじゃないが私たち人間には耐えられない。

また、人間が直接魔石生物に攻撃しても良いが、結局のところパートナーの魔石生物を頼って攻撃してもらったほうがはるかに強力だ。

つまるところ、私たち人間にできるのはパートナーの足を引っ張らず、パートナーに指示することだ。

そしてパートナーが攻撃に専念できるように、人間は己の身を自身で守らなければいけない。

敵は人間も狙ってくる。

それを防ぐ、凌ぐのが盾術の基本概念だ。

倒すためではなく、ただ生き残るため。パートナーに攻撃に専念してもらいつつ、状況を把握し的確に指示を出す。

そして自分の命は自分で守り切る。

それが出来て初めて一人前の『魔石狩り』だ。


参考文献

その盾で守る、己の命(図解付き)

序章より

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