婚約破棄をされたので、死ぬ気で婚活してみました
「え? 婚約破棄……?」
つぶやきながら、心臓がドクンドクンと大きく鳴る。どうしていきなり? って思ったけど、どうやら驚いているのは私だけらしい。私の隣に座っているお父様も、お母様も、落ち着き払っているんだもの。
「オウレディア殿下には大変申し訳なく思っています」
と、目の前の壮年男性が頭を下げる。私の婚約者――メレディスの父親だ。彼の隣にはメレディスの母親が座っていて、嗚咽を漏らしながらハンカチに顔を埋めている。
「頭を上げて。本件については父と母も事前に承知しているみたいだし……理由を聞かせてくれる?」
そもそも、肝心の婚約者本人が不在なのはどういう了見だろう? 私はメレディスの父親をじっと見つめる。
「実は――随分前から息子が気に病んでいたのです。『もしもオウレディア殿下を死なせてしまったらどうしよう、と』」
「そ、れは……」
言いながら、反射的に自分の喉に手が伸びる。
私には生まれつき、喉に真っ赤な痣があった。魔女から受けた呪いの証だ。
『よくもわたくしを捨てたわね! あなたとあなたの子供に絶望を味わわせてあげる!』
父には母と結婚する前に、密かに交際をしていた女性がいた。その女性は強力な力を持つ魔女で、父との結婚が叶わなかった彼女は、私を身ごもっていた母にとある魔法をかけた。
『おまえ……妻にいったいなにを!?』
『その女にはなにもしていない。お腹の子に呪いをかけたんだ。十八歳になるまでの間に、その子のことを心から愛してくれる相手と結婚ができなければ死んでしまう――そういう呪いをね』
かくして、私は呪いの証として喉に痣を持って生まれてきた。
当時、両親は大いに嘆き悲しんだらしい。当然だ。愛する我が子が、自分たちのせいで呪いをかけられてしまったんだもの。
けれど、嘆いたところで現実は変わらない。
二人はすぐに、私の結婚相手を選びはじめた。そうして選ばれた男性が公爵令息のメレディスだった、というわけだ。
『はじめまして、皇女様』
私たちがはじめて会ったのは、お互いがまだ四歳の頃。最初のうちは結婚相手としてではなく、単なる遊び相手の一人として紹介された。
当時の私は呪いのことも知らなかったし、恋愛とか結婚とかとは無縁なところで生きていた。……いや、生きているつもりだったというのが正しい。
両親は、私のもとにたくさんの同年代の男の子を連れてきて、私やお相手の反応をつぶさに観察していた。私を死なせずに済む結婚相手は誰なのか、と。
『私、メレディスのことが好きよ』
『僕もオウレディア様のことが大好きです』
彼に決まったきっかけはきっと、そんなささやかな会話だった。私たちが十歳のときのことだ。
『いいかい、メレディス。必ず、オウレディアのことを心から愛し続けるんだよ』
『はい、陛下』
そのときはメレディスも私も、どうしてお父様がそんなことを言うのか、その理由を知らなかった。皇女と婚約をするんだから当たり前、ぐらいの認識だった。
私たちが真実を知らされたのは、今から一年前のことだ。魔女の呪いのこと、もしもメレディスが私を愛してくれなかったら私は死んでしまうってことを、私たちはお父様に教えられた。
そのときからきっと、メレディスは私との結婚を気に病んでいたんだろう。
「そっか……それじゃあ仕方がない、かな」
私は必死に笑顔を取り繕う。
「オウレディア殿下……」
「だって、もしも私がメレディスなら、そんなおそろしい役割は引き受けたくないもの。これまでなんの事情も知らされていなかったのだし、メレディスが気の毒だわ」
誰かを好きになることって、きっとものすごく難しい。他人に命じられて「はい、わかりました」と言えるようなことじゃない。もしも結婚式で私が死んだりしたら――そんなこと、想像するだにおそろしい。きっと、メレディスはそうやっていろんなことを考えていく内に、心が疲れ切ってしまったのだろう。
「本当に、申し訳ございません」
「ううん。むしろ今の段階で教えてくれてよかったわ。タイムリミットまであと一年あるし、新しいお相手もきっと見つかるはずよ」
というか、見つからなかったら私は死んでしまうわけで。死にものぐるいで探すしかない。
(そうよ、こんなことで死んでたまるもんか!)
そうして、私の命をかけた婚活がはじまったのだった。
***
「お父様、新しいお相手のリストアップは?」
「当然はじめている。というより、すでに呼び寄せているんだ」
父はそう言ってパンパンと小さく手を叩く。すると、ややして一人の男性が部屋に連れてこられた。
「お初にお目にかかります。陛下とオウレディア殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
若く、見目麗しい貴族の男性たち。それはお茶会という体をとった、婚約候補者たちの面接だった。
「おまえはオウレディアを見てどう思う?」
「え? それは当然お美しいな、と……」
「心から愛せそうか?」
「愛し? それはもちろん……」
私たちに残された時間はあまりない。万が一口私を心から愛してくれない人を選んでしまったら――おそろしい結末を迎えてしまう。
お父様も私と同じ気持ちなのだろう。初っ端からかなり突拍子のない質問をせざるを得なかった。
「どうだい、オウレディア? これまでの間に気に入った男性はいたか?」
「そうね……よくわからないわ」
何人かに話を聞き終わったところで、お父様から第一印象を尋ねられる。
正直なところ、私が相手を気に入ったところであまり意味はないと思う。だって、向こうが私のことを愛してくれなかったらそれで終わりだもの。
だから、注目すべきは私に対してどのぐらい好印象を持ってくれるかっていうことと、なんとしても王家とつながりを持ちたいという野心ってことになるんだけど。
「正直言って難しいと思うのよね。貴族ならみんな、私がメレディスと婚約していたことを知っているのだし、まごうことなき政略結婚でお相手を心から愛せると最初から約束するなんて……」
「愛してもらわないと困る。だからこそ、それが可能な男性を探しているんだ」
お父様はそう言って、私の頭をポンポンと撫でる。憂いを帯びた表情に、私まで胸が苦しくなった。
その日の内に十五人の男性と会い、お父様と話し合って十人を候補者として残すことにした。
けれど、以降はこちらから呼び出すのではなく、男性側からのアプローチを待つ。それが相手の熱意をはかる指標になるからだ。
「オウレディア様に一目お目にかかりたくて」
「プレゼントをお持ちしました。どうか、受け取っていただけませんか?」
「殿下と出かける栄誉をいただきたく……」
相手の本気度はほんの一ヶ月もあれば判断ができる。あっという間に、候補者は三人に絞られていた。
「オウレディアは三人の中なら誰が一番好みなんだ?」
「そうね……ジェイル・トンプソンが一番かしら。彼なら私のことを大事にしてくれそう」
三人は頻繁に登城し、私と会話を重ねている。なかでも、一番熱心なのが侯爵令息のジェイルだった。
「ジェイルか……たしかに、私が受けた印象も彼が一番よかった。登城回数も候補者たちのなかでは一番だ。事前の素行調査にも問題はないし、彼ならおまえを愛してくれるだろう」
「うん……そうだったらいいんだけど」
彼が相手なら、私は死なずに済むかもしれない。十八歳以降も生きていけるかもしれない。
(だけど、怖い)
死へのカウントダウンはとっくの昔にはじまっている。
呪いの話をはじめに聞いたとき、どうして魔女はそんなまどろっこしいことをしたのだろう? と思っていた。さっさと命を奪ってしまえばよかったのに、って。
だけど、今ならわかる。単に死んでしまうより、こちらのほうがよほどお父様に与えられる絶望感が大きいのだ。
だって、仮に今、私が死んでしまったとしても、それは魔女だけのせいじゃない。愛してくれる人を見つけられなかったお父様や私が悪かったってことになるんだもの。変に助かる道を用意している分だけ、底意地が悪いと私は思う。
「――ねえ、ジェイルは私のことを愛してくれる?」
「え?」
「本当に、心から愛してくれる?」
本当はそんな言葉を口にするべきではない。だけど、不安のあまり、ついついそんなことを尋ねてしまう。
「もちろんです。結婚をしたら、殿下を一番に想い、大切にいたしますよ。そういえば、はじめてお会いしたときに、陛下も同じことを尋ねていらっしゃいましたね」
ジェイルはそう言って朗らかに笑った。彼につながれた手のひらが温かい。目頭がじわりと熱くなった。
「だって、死んじゃうんだもの」
「え?」
「十八歳までに私を心から愛してくれる人と結婚できなければ、私は死んでしまうの。だから……」
胸がたまらなく苦しい。不安で胸が押しつぶされそうだ。
ジェイルは少し目を見開き、以後なにも言わなかった。
彼から【辞退したい】と手紙が届いたのは、それから数日後のことだった。
***
(まあ、そうだよね。嫌だよね。怖いよね)
私はお父様を通じて、ジェイル以外の候補者たちにも呪いの真実を伝えた。結果、自主的に登城する婚約候補者はゼロになってしまった。
凹んでいても仕方がない。私たちはすぐに次の手に移った。
(誠実で責任感の強い人ほど、ことの重大さに悩んでしまうのよね、きっと)
幼い頃からの婚約者であるメレディスがいい例だ。彼も真面目だからこそ、私を死なせてはいけないと思い詰めてしまったんだもの。お父様が集めた候補者たちは、重鎮の息子や格式高い名家の子息ばかりだったし、もう少し違う系統の男性も探したほうがいいに違いない。
ということで、お父様は夜会を開くことにした。
「この際、相手は貴族に限らなくていい。裕福な名家の人間も多数招いた。とにかく、なんとしてもおまえを愛してくれる人間を見つけるんだ」
「お父様……ありがとうございます」
夜会に招待したのは華やかで美しく、明るい男性たちだ。経歴も様々で、騎士や文官、遠方の領主や、他国の王族まで、ありとあらゆる人々を集めた。
これだけ色んな人がいたら、私のことを愛すると約束してくれる人が現れるんじゃないかって、ついつい期待をしてしまう。
「オウレディア殿下にお目にかかれて光栄です」
「なんとお美しい」
「ぜひとも私と踊ってください」
父の言葉どおり、私はとにかくたくさんの男性と話をした。何人も、何十人も、おそらくその数は百人以上。連日連夜踊りっぱなしで、足が傷だらけになってしまったけど、それでも私はめげなかった。このなかにきっと、私のことを愛してくれる人がいるって、そう信じて。
「え? 僕が愛さなければ殿下が死んでしまう? 大丈夫ですよ! ちゃんと愛しますから」
「殿下を心から愛します。なんの心配もいりません!」
「私は殿下のことを愛しています!」
(あぁ……ダメだ。これ、死んじゃうやつだ)
彼らは私の事情を知っても逃げたりしなかった。むしろ、私を愛すると約束してくれた。けれど、約束をしてくれればしてくれるほど、私の不安は募るばかりだった。
(一体どうしたらいいんだろう?)
国中から人を募ってみたところで、結果はきっと同じだろう。自室で膝を抱えつつ、私は思わず涙ぐむ。
(そもそも、心から愛するってどういうことよ?)
『愛している』と言葉にすることは簡単だ。言葉を覚えはじめたばかりの子供にだってできてしまう。
けれどそれは、人によって基準も、大きさだって違うことだ。それに、自分では愛していると思っていても、他人から見ればそうじゃないことだってあると思う。
そう考えれば、夜会で会った人たちの誰かと結婚したとして、私が助かる可能性だってあるのかもしれない。もしかしたら、彼らは私のことを心から愛してくれるのかも。
(だけど……)
「オウレディア、少しいいかい?」
「お父様」
ノックのあと、お父様が部屋へと入ってくる。
「どうだい? いい結婚相手は見つかりそうかい?」
そう尋ねるお父様の表情は辛そうだった。本当は「ええ」とこたえてあげられたらいいんだけど、私は首を横に振る。
「そうか。……すまない」
「謝らないでよ。お父様が悪いわけじゃない。悪いのは私に呪いをかけた魔女なんだから」
無理やり笑顔を浮かべたら、お父様はほんのりと涙ぐんだ。
(それにしても)
愛する人が手に入らなかったからといって、その子供に呪いをかけるなんて――件の魔女は本気でお父様を愛していたんだと思う。きっと、お父様に自分を覚えていてほしかったんだろうな。だって、呪いが続く限り、お父様は魔女のことを思い出すもの。
もちろんそれは、愛情というより憎しみから生じた行動だったのかもしれない。けれど、私を呪ったことで魔女だって当然命を落とした。自分の命をかけてまで誰かのために行動をするって、並大抵のことじゃないと思う。
「――ねえお父様、メレディスは今どうしているか知っている?」
ふと脳裏にメレディスの笑顔が浮かんできて、私はお父様に向かって尋ねる。
「メレディスかい? ……そうだね、彼は今も具合が悪いままらしい。ほとんど部屋にこもっているそうだよ」
「……そう」
あんなに明るくて朗らかだったメレディスが、彼らしさを失っているだなんて――私はキュッと唇を引き結んだ。
「もう……せっかく婚約破棄したんだから、私のことを引きずらなくたっていいのにね。本当に、メレディスは真面目で、優しくて……」
そんな彼だからこそ、私はすごく好きだった。誰かのために本気で親身になれる、責任感の強い人だった。
だからきっと、私との婚約破棄を決断したのは彼自身ではない。彼の両親や私の両親が彼が壊れてしまうのが嫌で、見かねて決めたことなんだろう。
「会いたいな……」
会って、メレディスの顔が見たい。前みたいに、私に笑いかけてほしい。婚約者じゃなくてもいいから、それでも彼の側にいたいと思うのは、私のわがままだろうか?
その日以降も、私はたくさんの人に会った。特に、私を愛すると約束してくれた人たちと、何度も何度も。
「私は殿下を愛しますよ」
「……うん」
候補者たちが愛の言葉をささやいてくれる。手をつないで、私を励ましてくれている。
だけど、死への不安と恐怖はどうやったって消えなかった。
どうしてだろう? メレディスと婚約していたときには、こんなにも不安に駆られることはなかったのに。
(私はいったい、なにを迷っているの?)
早く候補者を絞って、その人により愛される努力をするべきだろう。時間はもう、ほとんど残っていないのだから。
「ねえ、少し寄り道してもいい?」
「はい、殿下」
気晴らしにと一人で出かけた先で見つけた小さな教会に馬車を停める。古いけどよく手入れされた教会だ。
おそるおそる中に入ったら、そこには先客がいた。見た感じ若い男性のようだ。
ひざまずき熱心に手を合わせるその様子は、見ていて心打たれるものがある。どうやら私が来たことにも気づいていないようだし、いったいなにを祈っているのだろう?
すぐ近くまで来たところで、彼はようやく私の存在に気づいたらしい。ふと静かに顔を上げる。
「あっ、ごめんなさい。邪魔をする気はなかったの。どうか、そのまま……」
「オウレディア様?」
懐かしい声。私は目を丸くする。
「メレディス? メレディス……よね?」
青白い肌に少しこけた頬、あんなにも美しかった銀色の髪はその輝きを失っているように見える。
「いったいどうしちゃったの? そんなにやつれて……ご飯は? ちゃんと食べている? 眠れているの?」
尋ねながら、胸がどんどん痛くなっていく。
(そんな……メレディスがこんなふうになったのは、もしかしなくとも私のせいよね)
彼がこんなにも気に病んでいたなんて、全然知らなかった。自分が死んじゃうかもってことばかりを考えて、メレディスを気遣ってあげられなかった。申し訳なさのあまり涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「オウレディア様!?」
メレディスはギョッとしてこちらに駆け寄ると、私の肩をそっと抱いた。
「オウレディア様、あの……」
「ごめんね、メレディス。そんなに悩んでくれていたなんて……私全然知らなくて。本当に、ごめん」
涙がとめどなく流れ落ちる。メレディスは目を丸くし、首を横に振った。
「そんな……謝るのは僕のほうです。僕が不甲斐ないばかりに、オウレディア様にいらぬ負担をかけてしまいました。本当に、なんとお詫びをすればいいか……」
「謝らないで。メレディスはなにも悪くないわ。だって、帝国の皇女が自分のせいで亡くなるなんて、誰だって嫌に決まっている。当然だって思ってるわ」
それこそが呪いをかけた魔女の狙いだもの。
とはいえ、もしも私が死んだとして、お父様はお相手を罰するなんてことはしない。というか、できるはずがないのだ。
それでも、その人は一生十字架を背負って生きていくことになってしまうだろう。――お相手の気持ちを想像すると、たまらなく苦しい。あまりにも申し訳ないことだ。
「私ね、いっそのこと、このまま諦めてなにもしないほうがいいんじゃないかって思うの」
「え?」
私の言葉にメレディスが目を丸くする。私はそっと目を細めた。
「私ね、あなたとの婚約がなくなったあと、たくさんの人に会ったの。そのなかで、何人かの男性が私を愛してくれるって、そう約束してくれたわ。だけど、もしも結婚して私が死んだら、その人はきっと皇女を死なせてしまったことに責任を感じてしまうでしょう?」
どんなに強い人でも……今は大丈夫だって思っていても、いざとなったらそうはいかない。少なからず責任を感じて苦しむはずだ。
「もしもこのまま誰とも結婚をしなかったら、傷つくのはお父様やお母様だけで済む。関係ない誰かに辛い想いをさせずに済むんじゃないかって、そう思うの」
苦しむ人間はできる限り少ないほうがいい。元々、お父様が魔女の恨みをかったのが原因なんだし、私たち家族だけの問題にしたほうがいいんじゃないかって。
「ダメです! そんなこと、絶対に」
「メレディス……」
メレディスはそう言って、瞳いっぱいに涙を浮かべる。それから私のことをギュッと力強く抱きしめた。
「僕が一番怖いことは、あなたを失うことなんです」
メレディスの言葉が胸に強く突き刺さる。私は彼の肩に顔を埋めた。
「皇女を死なせてしまった男だと国民に罵られる――そんなことはどうでもいいんです。そうじゃなくて、万が一オウレディア様が死んでしまったら、僕はきっと生きていけないから……」
小刻みに震える身体。まるで私の存在を確かめるように、メレディスが私を抱きしめる。
「メレディス……」
「だからこそ、本当に僕でいいのか悩んだし、『絶対に僕で大丈夫だ』と自信を持って言えない自分がたまらなく嫌でした。――そうしているうちに、両親があなたとの婚約を破棄してしまって」
「――うん」
やっぱり婚約破棄を決断したのはメレディス自身じゃなかったんだ。……そう思うと胸が温かくなる。
「僕がオウレディア様を幸せにしたかったのに――けれど、これでオウレディア様は助かるのかもしれないと、そう自分に言い聞かせて今日まで生きてきました。しかし……」
「だったら、メレディスが私と結婚してよ」
私はそう言って、手のひらでメレディスの両頬を包み込む。それから、触れるだけのキスをした。
「オウレディア様……」
「だって、私はメレディスが好きだもの! ずっとずっと、大好きだったもの! だから、私はメレディスと結婚したい! 結婚してほしいの!」
命がけで婚活をしてきて気づいたこと、それは私がどれだけメレディスを想っていたかってことだった。誰と会話をしていても、メレディスのことを思い出してしまったし、無意識に彼と比べていた。
それに、これまで不安でたまらなかったのはきっと、私が候補者たちを愛せていなかったからだと思う。
だって、呪いの事実を知ってからメレディスとの婚約がなくなるまでの間、私はそんなに不安じゃなかった。それはきっと、私自身がメレディスを心から愛していたからだと思う。誰かに愛されたかったらきっと、自分が先に、その誰かを愛さなきゃいけないんだ。
「あなたでダメなら諦めがつく。……というか、他の人じゃ嫌なの! どうせ死ぬならメレディスと結婚したあとがいい」
必死にそう訴えたら、メレディスは少しだけ困ったように笑った。
「それに、メレディスは絶対、私のことを愛していると思うのよ! だからこそ、こんなになるまで悩んでくれた……でしょう?」
メレディスが静かに息を呑む。それから彼は大きくゆっくりとうなずいた。
「だから、絶対に大丈夫。私を信じて」
「――本当に、いいのですか?」
「いいの! というか、私はもう決めたの。今、ここで、私はあなたと結婚する」
「ここで?」
メレディスがギョッと目を丸くする。私はうなずきつつ、メレディスの唇にキスをした。
「ほら、一緒に誓って。『魔女のバカ! 私は大好きな人と結婚して、大好きな人に愛されて、ずっとずっと幸せに暮らすんだから、あなたの呪いなんてへっちゃらです! 空の上から吠え面かいて見ていてよね!』」
「……もしかしてそれ、誓いの言葉のつもりですか?」
「そうよ? ずっとずっと文句を言ってやりたかったの。今ならきっと、届く気がしたから」
私の言葉に、メレディスがクスクスと笑い声を上げる。
(やっと笑顔が見れた)
ずっとずっとほしかったもの。たったこれだけで、こんなにも私の心を温かくしてくれる。
「……オウレディア様のおっしゃるとおりです。オウレディア様のことは僕が生涯をかけて、愛し、守り、幸せにします! 決して誰にも奪わせはしません!」
メレディスが高らかに宣言する。彼の表情は自信に満ち溢れていて、不安なんて欠片も見えない。
どちらともなく唇がふれあい、私たちは静かに目をつぶる。ステンドグラスから差し込む光が身体を包み込み、肌を優しく撫でていく感触がする。
「……ほらね、言ったとおり――やっぱりあなたは私を愛してくれているんじゃない」
次に目を開けたとき、私の喉を覆っていた赤い痣は、綺麗さっぱりなくなっていた。
不敵に微笑む私を見つめながら、メレディスが満面の笑みを浮かべる。
「もう絶対、二度と離してあげないんだから」
「はい、オウレディア様」
私たちは泣きじゃくり、互いのことを抱きしめ合うのだった。