転生者、ダンジョンへ・大塚怜の視点
昨日のこと。私、大塚怜はオフィスで仕事をしていた。パソコンではなく空中にウィンドウを広げての作業。ダンジョンの設計を画面上で進めると、リアルタイムで現地に実物が造られていく。冒険者が存分に楽しんでくれるように、通路は規則的だったり複雑な迷路だったりと変化をつけて、あちこちに仕掛けやアイテムを配置していく。
不意に転移魔法の扉が現れて女神様が入ってきた。
「皆の衆、集まるがよい。新ダンジョンの準備は進んでおるかのう」
開拓者が使うダンジョンは難易度が高くなりすぎているので、今度新しく迎える転生者のために初心者向けのダンジョンを作成中だ。
「私は今4階層目を作っている所ですよ」
「はいはーい! 心は2階層目をかわいーく造ってるところだよー。楽しみに待っててねー」
長身でハイテンションなこの子は小山内心ちゃん。まん丸い動物たちを連れていて、仕事してんだか遊んでんだかよくわからないけど、実年齢9歳だから手伝いの域を超えて仕事させるわけにはいかない。
「3階層目は結構形になってきたぞ。見るか?」
いつも不真面目なこいつは麩酒杉輝。杉輝はウィンドウにダンジョン内のモンスターを映した。何これ、丸とか四角とかの手抜きすぎる造形!
「結晶のモンスターだぞ、かっこいいだろ」
「そんな手抜きでドヤ顔できる図太さに感心する」
「さすが杉輝、キラキラしててかっこい――!」
「おう、心はわかってるねえ。モンスターのかっこよさはデザインにかけた手間じゃない、センスの良さだぞ。それに比べて怜はいつも怒ってばかりで、疲れるだろそんなんじゃ」
無性に腹が立つ。そりゃ疲れるよ。この2人がこんなだから、真面目な私がいつもたくさん仕事をこなしてるというのに。
「うむ、順調に進んでおるようで何よりじゃ」
この状況を見て順調と判断する女神様に一番腹が立つ。
「そんな皆に朗報じゃ。冒険者に転生するにふさわしい者第1号が現れたのじゃ」
天国行きになった善良な魂のうち若くて不遇の人生を送った者を、チート能力付きで異世界に転生させて楽しんでもらうことで救済する、という制度が始まった。そのために異世界で冒険の場を提供するのが私たちの仕事だ。
「堀田放という男子中学生でのう、下ネタでからかうとムキになって言い返す、とカナエルが言っておったわい」
死んだばかりでショックを受けている人を下ネタでからかうカナちゃんもどうにかしてほしい。
「チート能力には『触れたものに穴をあける能力』を希望しておるということじゃが、問題ないかのう」
「ああいいぞ、そういうスキルを俺が作っておいてやる。キャラ設定はどうする?」
「チート能力以外は何も無い、普通の大人の男がよいのう」
「何も無い、ね。こんな感じか」
杉輝の操作している画面に全裸の男キャラが映った。
「馬鹿者、全裸のどこが普通じゃ! 服くらいあるわい!」
キャラの画像が中世ヨーロッパ風の服を着たものに変更された。
「うむ、よかろう。では今からそやつを転生させるでのう、ダンジョンの準備をぬかるでないぞ」
さすがにそれは無理!
「今からですか!? 今完成してるのは1階層目だけだって事を言ったじゃないですか! それに彼と一緒に冒険する仲間役の手配も出来てませんし、今すぐは無理です!」
「仲間役はそなたらがやればよいではないか。怜、そなたは1階層目を完成させておるのであろう。ならばまずそなたが仲間になるがよい。2人で1階層目を冒険しておる間に心と杉輝が2階層目と3階層目を完成させて、その後で仲間になればよいのじゃ」
「それだと4階層目以降を造る余裕が……」
「おもしれえ、だったら俺は敵役をやってやる!」
「ちょっと待ってよ」
「なあに、なんとかなるわい。怜は心配性じゃのう」
女神様は私の肩をぽんと叩いて去っていった。交渉の余地も無く、言われた通りにやるしかない。時間が無い、あちこちテスト用の仮組みになっている所を本番用の設定に変えなきゃ。はあ、疲れる……。
「杉輝、手が空いてるなら私たちの冒険者用の衣装を設定して」
「おう、任せろ」
1時間くらいして、ようやく準備が整った。私が自分の装備を冒険者用のものに変更すると、私の着ている服が魔法使い用の服に変わった。コルセットで胸を強調してるのはいかにも杉輝のデザインっぽいけど、青と黒の配色は私の青い髪に馴染んでいい感じだ。転移魔法で扉を開き、ダンジョンへと移動した。
モンスターに襲われているところを助けられて仲間になる、という展開にしたい。私の周りにモンスターを配置して、放くんが来るまでは静止させておこう。
少し待つと遠くから放くんが来るのが見えた。よし、戦闘開始。といっても敵モンスターは最弱の部類なので、うっかり倒してしまわないよう相当手加減しないといけない。最弱の氷魔法で牽制しておこう。
放くんが近づいて来た。私のピンチを彼にかっこよく救ってもらおう。私は背後に設置してある熊のモンスターの静止を解除した。熊が私に襲い掛かる。
「あぶないっ!」
放くんがダッシュして熊の背中に手を伸ばした……届いてないよ! 熊の攻撃のほうが先に私に当たっちゃった! 仕方ないからやられるけど、明らかなピンチになってあげるから今度はちゃんと助けてよね!
「いやあああっ!」
私は叫んだ。直後に熊が飛びかかってきて、今度は放くんが穴あけスキルでちゃんと仕留めてくれた。そして周りのモンスターも一掃してくれた。穴あけスキルってやっぱり強いね。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
あんな弱い熊じゃ私にダメージなんて与えられないけど、ケガをしていないのはおかしいので自分に治癒魔法をかけておいた。
「治癒魔法ですので、もう平気です。助けていただき、ありがとうございました。私は魔法使いのレイといいます」
「僕はホールっていいます。魔法か何かで遠くからここに飛ばされてしまったみたいで……。色々教えてくれると助かります」
なんかおどおどしてて頼りない。大人のキャラに設定したから見た目は大人だけど、中身は中学生だから違和感があるな。でも放くんに冒険を楽しんでもらうためにやってるんだから、私は弱さをアピールしなきゃ。
「私は駆け出しの冒険者ですので大した魔法も使えず、あなたのほうがお強いようですし、お力になれるかどうか」
「では結構です、お気をつけて」
ええっ!? ここで私を仲間にしないの!? まずいよ、そんな展開想定してない!
「ちょっと! 助けていただいたので、お礼させてください」
「いえ、気にしなくて結構です」
ああっ、立ち去っちゃう! 止めなきゃ! 私は慌てて放くんの前に回り込んだ。
「あの! 私と、パーティーを組んでください! 私、一人だとこのダンジョンを脱出できません!」
「レイさんはどうしてこんな所に一人で?」
なんかもう口から出まかせだ。
「腕試しと思って来たら、思ったよりモンスターが強かったんです」
「ああ、木に登ったら降りられなくなった猫みたいなものですか」
「そうです」
なんか私がバカなイメージになってない?
「って、猫と一緒にしないでくださいよー!」
「じゃあ一緒にダンジョンを出ましょうか」
放くんの顔が緩んだ。私の出まかせのおかげで打ち解けた雰囲気に持ち込めたようだ。