ダンジョン実習・大塚怜の視点
1か月以上前のこと。アクヤ役に転生予定の数寄透のチート能力として、透明になるスキルの作成を依頼されたので、私はそのスキルを作って自分で試してみた。
「透明化」
そう唱えた途端、目の前が真っ暗になった。暗くて見えにくいというレベルではなく、自分の手すらわからない完全な暗闇。
「うわああっ! 透明化解除!」
「どうした?」
杉輝が来たので、今起きたことを説明した。
「そりゃ多分、目の網膜も透明になったから、光が全部素通りして何も反応しなくなったんだな」
「この世界は物理法則が成り立たない世界のはずなのに、なんでそんな所が理屈通りなのよ。これだと透明化のチート能力は断らないといけないね」
「いや、断らなくていい。俺が代わりに使えそうなスキルを作っておくよ」
そう言われたので杉輝に任せておいた。でもその後、どんなスキルを作ったのかを聞いてないままだ。
そしてA組のダンジョン実習の日。このイベントでは床が崩れてプレーヤが一番仲のいい王子と一緒に転落することになっている。なので今回転落するのは木崎くんだ。そして他の王子のうち誰かがアクヤと仲良くなる必要がある。
私は指導員として一年生たちに魔法のアドバイスをした。私はこの世界で何年も魔法を使ってきてるから、つい最近転生してきたばかりの人たちに色々指導できる。私がアクヤに魔法の構えのアドバイスをしていると、プレーヤがわざと変な構えをして言った。
「クール先輩、私の構えはどうですか?」
顔が相当にやけている。私から「ふざけるな」と怒られるのを待っているんだろう。
「盛りの付いた雌猫ですか、あなたは」
アクヤはそう言って一人で先に行ってしまった。プレーヤにはアクヤがツッコんだから、私はもうスルーしていいかな。
突然、目の前にウィンドウが現れた。「警告 これから現れるレベル99の冒険者に、それが低レベルであることを決して知られてはならない」と書いてある。少しして雄烈くんが現れた。これが最近実装されたっていう「口止めシステム」か。彼の行く先にいる人全員にこのウィンドウが現れて口止めしてるんだ。
「おお、魔法学校の生徒たちか。ここはお前らには厳しいだろうが、死なねーように気を付けな」
雄烈くんはそう言って立ち去った。この階層は一年生でも安全に戦えるからここで実習してるんだけど、雄烈くんは苦戦してるんだろうな。
先に進むと、心ちゃんがアクヤに声をかけていた。
「アクヤお姉ちゃーん、そこに近づかないでー」
「何に近づいてはいけませんの?」
「お姉ちゃんの前のー、踏むと崩れる場所」
床が崩れることを私たちが知ってるというのはアクヤには秘密だよ! まずい、ごまかさないと。でもどう言ってごまかす? 私が何か言ってごまかしたら私まで疑われるし、これから実際に床が崩れるわけだし。……そうだ、床が崩れるハプニングに乗じて、アクヤを心ちゃんから引き離してうやむやにしよう。
私が困っていると、後ろから木崎くんとプレーヤが来て、床が崩れて落ちていった。これでよし。二人とも楽しんできてねー。じゃ、私が心配しているように見せかけないと。
「兄上――! プレーヤ殿――!」
そう叫んでから、アクヤの肩を押して心ちゃんから離しながら言った。
「急いで二人の救出に向かわねばならない。アクヤ殿、あなたも私と一緒に来てくれ。ショタンは急いでこのことを先生に伝えに行ってくれ」
私がダンジョンの奥に走って行くと、アクヤがついてきてくれた。よし、これで余計な事を気にする余裕は無くなったはず。
……あれ、これってアクヤと二人っきりで救出イベントをするって事だよね。ということは、アクヤが好感度を上げる相手は私しかいないよね。私がだんだんアクヤを好きになっていく演技をしなきゃいけないのか。嫌だけどやらざるを得ない。
走っているとザコモンスターの群れに囲まれたので、氷魔法で吹っ飛ばした。こんなの弱すぎて全然気にならず、それよりもアクヤの事が気になる。いったいどういう態度で接したらいいんだろう? ゲームのクール王子はどんな態度だったっけ? ぱっと思い出せるのはメガネを上げる仕草ばかりだ。
「危ないですわ!」
不意に背後から炎魔法が。アクヤがモンスターを倒したのだ。
「助かった。一年生にしてはなかなかやるではないか」
とりあえずメガネを上げてみたものの、その後どうしたらいいかわからなくなって顔をそむけてしまった。うまくやろうと意識するとぎこちなくなってしまうから今まで通りでいよう。
二人で一緒に進み、フロアボスの部屋に着いた。今のアクヤのレベルだと危険だから援護に回ってもらおう。そう指示すると、アクヤは腰に手を当てて言った。
「ボスに一人で真正面から突っ込むおバカさんがどこにいらっしゃいまして? このわたくしの透明化魔法でしたら、気付かれないうちに裏から手を回して、思うがままにいたぶって差し上げることが出来ましてよ」
この子ってどんな時も悪役令嬢よねえ……。このトゲのある言い方、ひょっとしてプレーヤはすごく気に入るんじゃないかな? あの二人、実は相性が良い?
「透明化」
アクヤがそう唱えた瞬間、私の目の前にウィンドウが現れた。「警告 透明化魔法を使っても姿が見えなくならないことを本人に気付かれてはならない。服しか見えていないように振る舞わなくてはならない」と書いてある。えっ、杉輝が用意した透明化のスキルって、周囲の人にこの口止めを表示する能力ってこと!?
「いかがでして?」
アクヤの見た目には何の変化も無い。そう言おうと考えると、体の奥底から寒気が広がって体が震えだした。うっかりしゃべると死んでしまいそうな気がする。口止めシステムってのは、逆らうことに恐怖を感じさせるシステムだったのか。これは口止めに従うしかない。
「あなたの顔や手が見えなくなって、服だけが見えている。すごい! こんな魔法、魔法書には存在すら書かれていなかったぞ」
するとアクヤは服を脱ぎだした。ちょっと、私は今は男の姿になってるんだけど、その目の前で脱いでいいの? クール王子の中身が私じゃなかったら問題になってるよ! ああ、言いたいけど言えない。アクヤは服を全部脱いでからたたんで置いた。
「クール殿下は正面からボスの注意を引き付けてくださいまし。その間にわたくしが背後から攻撃しましてよ」
アクヤ、君は今ものすごく周囲の注意を引き付ける姿になってるよ。言えないけど。
「わかった、任せた」
そう言って私はボスの部屋に突入した。アクヤがボスの脇を走って行ってもボスはアクヤのほうを見ようとしない。モンスターもアクヤに気付かないふりをしてくれるようになっているのだろう。アクヤがボスに雷魔法を叩き込んだ瞬間にボスに隙が出来たので、私は氷の槍をボスに突き刺して倒した。
「アクヤ。どこにいるのかわからないが、もう大丈夫だ。おかげで安全に仕留めることができた。ありがとう」
「さすが殿下、鮮やかですわ」
アクヤは服を着て「透明化解除」と唱えた。
「アクヤ。無事だったか。心配したぞ」
アクヤの裸を誰かに見られるんじゃないかと心配した、というのは内緒。
その後も強そうな敵と戦うときにアクヤは透明化を使った。しばらくして木崎くんとプレーヤを見つけることが出来た。この二人は順調に仲良くなったように見えるけど、私はアクヤとうまく仲を深められたのかな。それからは透明化を使うことなくダンジョンを脱出することができた。
それにしても、あの透明化スキルは問題だよね。本人は周囲から見られていると気づかないまま全裸で歩き回ってるんだから。これをたくさんの人がいる所でやられるとまずい。何とかして、あのスキルを使わないようにさせないと。口止めに逆らわない範囲でなんとかするには……。
翌日、私はアクヤに透明化を使わないよう忠告した。理由は、透明化魔法が世間に知られたら犯罪組織に利用されるから。理屈としてはずいぶん無理があるけど、この理屈でどれだけの漫画の異能力者や宇宙人たちが自分の事を秘密にしてきたことか。アクヤも納得してくれたようだ。




