ダンジョン実習・数寄透の視点
しばらくして、ダンジョン実習の日がやってきました。1年A組が授業で習った魔法を活かしてダンジョンを攻略するこの実習には、指導員として4人の王子殿下たちも同行なさいます。なぜ初等部のショタン王子殿下まで同行なさるのかは謎ですけど、ゲームでは攻略対象との仲を大いに深めるイベントでした。
わたくしは炎魔法をモンスターに浴びせて倒しました。するとクール殿下がいらっしゃって、メガネを上げながらおっしゃいました。
「よくやった。ただ、構えが良くないな。もう一度構えてみるがよい」
わたくしは先ほど魔法を唱えたときの構えをとりました。
「片足をもっと後ろに下げるんだ。そして腰は……こうだ」
クール殿下はわたくしの腰をつかんで後ろに引かれました。殿方に触られるのは緊張しましてよ。しかしクール殿下は何のためらいも無く触ってこられましたので、きっとわたくしのことは女とも思っておられないのでしょう。
それを見てプレーヤさんが姿勢を変えられました。クール殿下に手ほどきを受ける前のわたくしの構えをまねていらっしゃるように見えます。
「クール先輩、私の構えはどうですか?」
あなたはつい先ほどまで正しく構えてらっしゃいましたわよね? クール殿下に触ってほしくてわざとやってますわよね、それ?
「盛りの付いた雌猫ですか、あなたは」
わたくしは一人で先を急ぎました。
ゲームではこのイベントの最中に床が崩れて、主人公が王子のうち一人と一緒に転落するというハプニングが発生します。わたくしはゲームで床が崩れる箇所を知っているのですが、どうもこのダンジョンは造りもモンスターもゲームとは異なっていまして、どこが崩れるのが予想がつきません。足元に気を付けて進まねばなりませんわね。
「アクヤお姉ちゃーん、そこに近づかないでー」
不意にショタン殿下にお声をかけられました。何でしょう、それらしき物は見当たりませんわ。
「何に近づいてはいけませんの?」
「お姉ちゃんの前のー、踏むと崩れる場所」
ゲーム内キャラであるはずのショタン殿下が、なぜ床が崩れるイベントをご存じなのでしょう? 思わぬ出来事に考えが追い付きません。
わたくしが戸惑っていますと、後ろから明るい光が近づいてきました。キザーオ殿下とプレーヤさんです。キザーオ殿下はその魅力できらめいていらっしゃるため、いつもその周りが明るく照らされているのです。お二方はわたくしの横を通り過ぎて行かれました。そして予定通り床が崩れて、お二方は予定通り暗闇の中へ落下して行かれました。
「兄上――! プレーヤ殿――!」
クール殿下が珍しく取り乱してらっしゃいます。そしてわたくしの肩に手を置いておっしゃいました。
「急いで二人の救出に向かわねばならない。アクヤ殿、あなたも私と一緒に来てくれ。ショタンは急いでこのことを先生に伝えに行ってくれ」
そしてダンジョンの奥に走って行かれました。わたくしはクール殿下の後を追わざるを得ません。ショタン殿下のことが気になりましたが、それを聞く余裕はございませんでした。
クール殿下に追いつくと、殿下はモンスターの群れと戦っていらっしゃいました。さすが魔法の天才、たくさんのモンスターを氷魔法で一網打尽になさっています。おや、殿下の頭上にもモンスターが。殿下は気づかれていないご様子。
「危ないですわ!」
わたくしは炎魔法でそのモンスターを仕留めました。
「助かった。一年生にしてはなかなかやるではないか」
クール殿下はまたメガネを上げながらおっしゃいまして、それから顔をそむけられました。きっと照れてらっしゃるのでしょう。
少し進むと大きな扉の前にたどり着きました。
「おそらくここがフロアボスの部屋だ。私が相手をするからアクヤ殿は援護してくれ」
そんなによくメガネを上げてらっしゃるということは、メガネが大きすぎるのではないかしら。
「そんな、いくらクール殿下でしても、二人でフロアボスと戦うのは危険すぎましてよ」
「わかってくれ。一刻も早く先に進まないと、兄上の命が危険なんだ」
ボスと真正面から戦うのは避けねばなりませんわ。ここは隠れて不意打ちするのが最善でしょう。だとすると、わたくしのチート能力である透明化能力が役立ちましてよ。
「ボスに一人で真正面から突っ込むおバカさんがどこにいらっしゃいまして? このわたくしの透明化魔法でしたら、気付かれないうちに裏から手を回して、思うがままにいたぶって差し上げることが出来ましてよ」
わたくしは「透明化」と唱えました。自分の手を見ても変化がありませんが、周囲からはわたくしの体だけが認識できなくなっているはずです。
「いかがでして?」
「あなたの顔や手が見えなくなって、服だけが見えている。すごい! こんな魔法、魔法書には存在すら書かれていなかったぞ」
やはり服は透明化されませんのね。わたくしは服を脱ぎ、荷物とともにその場に置きました。
「クール殿下は正面からボスの注意を引き付けてくださいまし。その間にわたくしが背後から攻撃しましてよ」
「わかった、任せた」
クール殿下が突入なさいました。ボスは巨大な斧を持った巨人です。わたくしはボスの背後まで走って行きました。やはりボスには気づかれていません。ボスが殿下に襲い掛かろうとした瞬間、わたくしは雷の魔法をボスに浴びせました! ボスの動きが止まり、隙が出来ました。そこに殿下が氷の槍を放たれて、ボスを貫かれました! ボスは煙となって消えました。
「アクヤ。どこにいるのかわからないが、もう大丈夫だ。おかげで安全に仕留めることができた。ありがとう」
心なしか、殿下のお言葉から堅苦しさが無くなっているようです。わたくし、クール殿下の攻略ルートに入ってしまったかしら。
「さすが殿下、鮮やかですわ」
わたくしは服を着て透明化を解除しました。
「アクヤ。無事だったか。心配したぞ」
めったに拝見できないクール殿下の笑顔。普段とのギャップがたまりませんわね。
そうして二人でダンジョンを攻略していき、ついにキザーオ殿下とプレーヤさんと合流することが出来ました。お二方とも消耗されていましたがご無事でして、二人でいる間にずいぶんと仲を深められたご様子です。そして来た道を引き返し、クラスメイトや先生方と合流して無事ダンジョンを脱出することが出来ました。
翌日、クール殿下がわたくしを教室から連れ出され、二人っきりの場所でメガネを上げながらおっしゃいました。
「昨日は君のおかげで助かった。だが、あの透明化魔法は今後使わないほうがいい」
「どうしてでして?」
「あれはどうやら君しか使えない魔法のようだ。もしあの魔法の存在が世間に知られたら、おそらく何らかの組織がスパイ目的で君を利用しようとするだろう」
スパイ。社会の裏で暗躍して、世間の気づかないうちに悪を滅するのでしょう。嗚呼、かっこいいではありませんこと。
「社会の闇を裏から牛耳るなんて、なんと甘美な誘惑でしょう」
「君は犯罪に加担させられることになるんだぞ」
「あら、それはいただけませんわね。わかりましてよ、透明化は殿下とわたくしだけの秘密にいたしますわ」
殿下はわたくしに顔を近づけてささやかれました。
「ああ、二人だけの秘密だ」
そんなことをされますと、胸が高鳴ってしまいましてよ。




