転生者、ダンジョンへ・堀田放の視点
辺り一面真っ白な空間に、僕はいつの間にか立っていた。足元は真っ白な床、周りを見回しても何も無い。ついさっきまで山で友達と遊んでたはず。訳が分からない。
突然目の前に女の子が現れた。
「うわっ!」
どこから現れた!? 歩いて来たり落ちて来たりもせず、いきなり僕の視界に入ってる!
「堀田放くんですねぇ」
女の子は気味悪い笑みを浮かべて言った。背中に白い翼がある。人間じゃない。
「……化け物……」
「え? ああ、私は天使ですよぉ。わかりづらかったのでしたら、登場やり直しますねぇ」
その天使の姿がふっと消え、頭の上が明るくなった。見上げると、光の中をさっきの天使がゆっくり舞い降りてきている。
「私は天使カナエル。あなたの願望を叶える天使カナエルですぅ。そんなにじっと見つめてぇ、スカートの中は見えましたかぁ?」
そんな所を見ていたわけじゃない。
「何言ってんだよ!」
「でも私はパンツを見る願望を叶える人ではなくてぇ、転生の願望を叶える転生コーディネーターですぅ」
「そんな事どうでもいいんだよ! それより転生って?」
「死んじゃった放くんが次にどう生まれ変わるか、って事ですぅ」
その言葉に一番の衝撃を受けた。
「え!? 僕、死んだの!?」
カナエルはまた気味悪い笑みを浮かべて言った。
「あらら、気付いてなかったんですかぁ? ここ、天国ですよぉ。お友達が崖に穴を掘って遊んでいたらですねぇ、崖崩れが起きて巻き込まれちゃったんですよぉ。どんくさいですねぇ」
「そんな! 僕の人生これで終わり!?」
「そうですぅ、中学生で終わりですぅ。やりたいことが出来ない人生でしたねぇ。お友達から好き勝手されているのにぃ、弱いから逆らえずぅ、どんくさいから逃げられずぅ」
こいつまで僕のことを馬鹿にしてきてる。目頭が熱くなった。
「うわああ! お前は関係無いだろ!」
「あらら、泣かせちゃいましたぁ。ごめんなさいねぇ。でもねぇ、やりたいことが出来なかったってことは悪いこともしてないってことで天国行きなのですぅ。そんな放くんにいいお知らせですぅ。異世界転生ってご存じですかぁ?」
「うん、アニメで知ってる」
「不遇の人生で早世した放くんにはぁ、お好きなチート能力付きで異世界転生できる権利が与えられましたぁ」
アニメだと、異世界に転生した主人公は「チート能力」と呼ばれるような強力すぎる能力を使って思うがままの冒険をする。僕はそんな主人公に憧れていた。
「いいの!?」
「ええ、どんな能力が欲しいですかぁ?」
それなら前から妄想していた事がある。
「触れたものに穴をあける能力がいい」
「いったいどんな願望があったら穴をあける能力を欲しがるんですかぁ。ひょっとしてぇ、男の子のお尻にもう一つ穴をあけたいのですかぁ?」
「何考えてんだよ! 硬い装甲もダンジョンの壁も触るだけで一瞬で穴があいたら、爽快な冒険ができるんじゃないかってこと」
「それですと防御力無視で致命的ダメージですからぁ、確かにゲームバランスが成り立たないくらい強力ですねぇ。いいかどうか神様に聞いてみますねぇ」
「ゲーム? これってゲームなの?」
「違いますよぉ。もしゲームだったらゲームバランスが壊れるって例えですよぉ」
食事をしながら待つこと1時間、カナエルが戻ってきた。
「穴あけ能力、了承されましたよぉ。放くんの行先はぁ、よくある剣と魔法の冒険世界に決まりましたぁ」
「異世界ってよくあるものなんだ」
「よくあるものですよぉ。ダンジョンではモンスターがいくらでも出てきますよぉ。人間と魔族の争いを終わらせるために頑張ってくださぁい」
「魔族ってどんなの?」
「魔法が得意な種族でぇ、角としっぽがありますぅ。魔法で人間に変身しているかもしれませんので気を付けてくださいねぇ」
説明を受けた後、僕は異世界に瞬間移動した。
坑道のような薄暗い通路。きっとダンジョンなのだろう。僕は中世ヨーロッパ風の服を着ている。背が高くなって、体つきもがっしりしているようだ。
「オープン」
事前に教わっていた呪文を唱えてみると、目の前にステータスウィンドウが現れた。僕のレベルは8。攻撃力とかの数字が並んでいる。「万能穴あけ」のスキルが表示されている。ゲームみたいな異世界ってよくアニメで見るけど、本当にあったんだ!
ダンジョンの壁に手をついてみた。これだけだと穴はあかない。壁に手のひらサイズの穴があくことを想像すると、思った通りの大きさの円い穴があいた。ステータスを見るとMPの値が130から129に減っている。この程度のMP消費なら気軽に使ってよさそうだ。
通路を進むと1メートルほどの蟻のような生き物に出くわした。近づくと飛びかかってきた! 僕は身をかわした。これってモンスターだよな。こっちから飛びかかって蟻の背中に手をつくと、胴体に大きな穴があいて倒れ、やがて煙のようになって消えた。
蟻が消えた所に何か落ちている。ナイフだ。これってドロップアイテムなのかな。やっぱりゲームっぽい世界だ。ナイフを手に取るとウィンドウに「ナイフ」と表示され、肩掛けカバンに入れるとすうっと消えていった。いくらでも入るカバンらしい。
迷路のような通路を探索するうちに何度もモンスターに遭遇したけど、穴あけスキルのおかげで一撃で倒すことができた。数匹倒すとレベルは9になった。きっとこの辺りのモンスターは弱くて、ダンジョンの奥に行くほど強いモンスターがいるに違いない。
あれっ、向こうでモンスターが群がっている。何だろう? 近づいてみると、モンスターが囲んでいるのは女性冒険者だ。氷魔法で応戦しているけど数が多くて押され気味のようだ。よし、加勢しよう。駆け寄ろうとした矢先、熊のような大きなモンスターが女性に背後から襲い掛かった!
「あぶないっ!」
僕はダッシュして熊の背中に手を伸ばした! くそっ、ギリギリ届かない! 女性は熊に突き飛ばされてへたり込んだ。
「いやあああっ!」
熊は女性に飛びかかった。今度こそ! 僕は熊に向かってジャンプし、背中に手を当てて大きな穴をあけた! 熊は煙になって消えた。周りにいたウサギのような小さなモンスターたちは大した相手ではなく、すぐに全滅させることができた。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
僕が助け起こすと、その女性は手から光を放って自分の体に当てた。
「治癒魔法ですので、もう平気です。助けていただき、ありがとうございました。私は魔法使いのレイといいます」
相手の言葉が日本語に聞こえる。転生者には必ず言語理解スキルが与えられるのだろうか。
青い髪、大きな胸。魔法使い風の衣装は丈が短くて胸元があいていて、まさにファンタジーっぽい。そして小さな顎に小さな鼻、大きくて縦長の黒目。どうしてもアニメやゲームの世界としか思えない。僕の顔もアニメ顔になっているのだろうか。
ともかく、この右も左もわからない状況で誰かと行動を共にできれば心強い。付いて行けるかな。
「僕はホールっていいます。魔法か何かで遠くからここに飛ばされてしまったみたいで……。色々教えてくれると助かります」
「私は駆け出しの冒険者ですので大した魔法も使えず、あなたのほうがお強いようですし、お力になれるかどうか」
もうちょっと探せば冒険者は他にもたくさんいるかもしれない。この人じゃなくてもいいか。
「では結構です、お気をつけて」
そう言って立ち去ろうとしたら引きとめられた。
「ちょっと! 助けていただいたので、お礼させてください」
「いえ、気にしなくて結構です」
レイは僕の前に立ちふさがった。
「あの! 私と、パーティーを組んでください! 私、一人だとこのダンジョンを脱出できません!」
やけに食い下がってくるな。
「レイさんはどうしてこんな所に一人で?」
「腕試しと思って来たら、思ったよりモンスターが強かったんです」
「ああ、木に登ったら降りられなくなった猫みたいなものですか」
「そうです……って、猫と一緒にしないでくださいよー!」
感情をあらわにしたレイの顔にドキッとした。かわいい。この人と一緒に行動するのも悪くないか。
「じゃあ一緒にダンジョンを出ましょうか」
「はい、ご一緒しましょう」
「あと、多分僕のほうが年下だと思いますし、敬語じゃなくていいですよ」
「じゃあ君も敬語じゃなくていいよ。出口はこっち」
レイの後ろから付いて行こうとしてびっくりした。レイのスカートのお尻の部分に円い穴があいていてパンツが見えている。こういうデザインなのか? いやいくらファンタジー世界の衣装といっても、わざわざパンツを見せるデザインなんてあるわけが……。
待てよ。魔族には角としっぽがあって人間に変身できるってカナエルが言ってた。もしレイが魔族だとしたら、普段はこの穴からしっぽを出してるけど、今は人間に変身してしっぽが無くなってると考えればつじつまが合う。だとすると、僕をだましてどこかに連れて行こうとしているのか? スカートに穴があいていることを指摘したらここで襲われるかもしれない。しばらく警戒しながら様子を見よう。