大型台風の襲来
納屋に戻ると、サイレンスアローは姉を見た。
「ところで姉さん」
チャチャカグヤは飼い葉を飲み込むと、サイレンスアローを見た。
「何でしょうか?」
「次はどのレースに出走するの?」
「8月の終わりごろに開催される、札幌2歳ステークスに出ようと思っています」
その言葉を聞いて、私はなるほどと思った。
私の父は、世を騒がせた名馬アサルトインパクトである。
その孫であるチャチャカグヤにとって札幌競馬場は、走りやすい構造をしている。
サイレンスアローも頷いていた。
「姉さんなら、得意の逃げでビュンビュンと飛ばせるね」
「本格的な練習は8月になってからと真丹木調教師も仰っていますので、今のうちにゆっくりと体を休めたいと思います」
「た、大変だドドド!」
真丹木調教師が飛ぶように走ってきた。
「どうした、真丹木兄さん!?」
「猛烈な台風が近日中に上陸するぞ!」
「なに……どこに!?」
「北海道南部だってさ!」
「何だって!?」
その言葉を聞いていたサイレンスアローは、瞬間的に柿崎ツバメを見た。
「がけ崩れが怖い。崖の側にある納屋から馬たちを避難させてほしい!」
「すぐに手配するよ!」
2日後には、台風は北海道南部へと上陸し、遠く離れた茨城県の美浦にも強風と大雨をもたらした。
雨粒は次々とグランパ牧場の美保支部にある屋根を打ち、屋根が崩れてこないか心配になるくらいだった。
「……まるで雨の鞭ですね」
チャチャカグヤが言うと、私も黙って頷いた。
「あ、あれは……!」
サイレンスアローの視線を追うと、何やら雑誌のようなものが飛ばされていた。
「間違いない!」
そう言うと彼はごくりと唾を呑んでいた。
「今の雑誌のようなものは……一体、何なのだ?」
「決まってるじゃないか、紙束だよお父さん」
真顔で言うな!
「馬鹿者。何か重要なものだと思ってしまっただろう」
「虚しいものだ。令和という豪雨の前では、どんなセンセーショナルな書物も紙束になっていく」
何十年も生きてきたかのような発言をするんじゃない!
「ジュニアよ。何でお前はそんなにマセているんだ?」
「それには、岩よりも固く海よりも深い理由がある」
「ほう……その理由とやらを、是非お父さんにもわかるように説明して欲しい」
「不可能でございます父上!」
きっぱりと言うな! というか、お前に父上と言われると無性に煽られている気分になる!!
そう思った直後に、ミシミシという低く響く音が聞こえてきた。
「……え?」
「……なに?」
「……はい!?」
なんと、グランパ牧場、美浦支部の屋根が飛ばされ、無数の雨が納屋の中に入り込んできた!?
「ごあ……屋根が飛ばされたか!?」
「冷たい……というより痛いです!」
「今なら、どんなすさまじい発言をしても……許される気がする!」
いいや、許されんぞ。
さっさと予備の納屋に行くぞ。ついてこいサイレンスアロー!




