将来の夢を聞いてみた
ある晴れた日。私には千載一遇のチャンスが訪れていた。
父馬である私と、生まれて5か月ほどの息子馬がたった2頭で牧草を食んでいる。これ以上プライベートな話をするのにうってつけの状況があるだろうか。
思い切って話しかけてみた。
「ジュニアよ」
我が仔……カグヤドリームの2024は、牧草を食べながらこちらを見た。
「なあに?」
「単刀直入に聞くが……」
「うん」
「お前の将来の夢は……なんだ?」
相手が幼い子供なら夢に関する質問は外せない。子供というものは夢を見る名人である。
「……夢?」
「……ああ、夢だ」
我が仔も血統の良いサラブレッド……ということは、夢はジャパンカップの制覇だろうか? 有馬記念? いやいや、私が幼い頃にそうだったように、日本ダービーを制することが鉄板だろうな。
「……」
「……」
ジュニアは牧草を飲み込むと答えた。
「ウマチューバー」
「うまちゅーばー?」
私はしばらく放心状態になったが、ジュニアは涼しい顔をしながら牧草に首を伸ばした。
「お肉寸前の競走馬ですが、今日も致命傷で生き残りました……というタイトルで体を張ればワンチャンスあるかなと思ってさ」
ゆ、夢がない。というかそんなものをどこで覚えてきた!?
「いやいや、お前はまだ生まれて半年も経っていないんだぞ。ここは東京優駿を制してダービー馬になるとか……もっと子供らしい夢をだな」
「わかったよ父さん。タイトルを変更しよう」
ようやく、わかってくれたか。
「今世では、お肉になってしまう予定だけど……来世こそダービーを目指す仔馬の奮闘記」
「悲しすぎるわ!」
「じゃあ、チビの駄馬だけど努力を続けて、この先生きのこる……といいね」
「他人事じゃないか!」
「うーん……じゃあ」
「……」
「驚異の記録保持者」
おお、ついにまともなタイトルが……
「この連敗記録は誰にも破れない! 心して開くがいい」
来るはずがなかった。
私は心底がっかりした。
やっと愛する妻との間に出来た男の仔だというのに、こんなにやる気がないとは。
「お前にやる気がないことはわかった。もういい」
「待ってよお父さん」
そう言いながら息子は私の尻尾を引っ張った。やっとやる気を出してくれたのだろうか?
「……なんだ?」
「動画のタイトルは大事なんだよ。色々な人の気を引かないとそもそも見てもらえないから」
「だから、動画ではなく……お前はウマなんだ。ウマならその脚で速く走ることを考えなさい」
「……脚で?」
「そう、脚だ」
「……」
「……」
息子よ。頼むから、こんな女の仔みたいな脚でどう食べて行けばいいんだ……? みたいな顔しないで欲しい。
「それはいずれ、私の脚のように立派に育つから! だからやる気を出しなさい」
「でも、お父さんの脚って……折れたじゃないか」
「うぐ……!?」
息子よ。痛いところを……
私が涙目になりかけると、息子はしっかりとこちらを見た。
「それにねお父さん。やる木なんて古い考えにとらわれていてはいけない。そんなものは切り倒すに限る」
おや、これはもしかしたら……ジュニアなりの意志力の表れか?
少し突き放してみよう。
「やる気のない奴に居場所などないぞ」
「違うよ父さん! 脚元をよく見て!!」
「……?」
言われた通りに脚元を見ると、そこには牧草が広がっていた。
「この小さな草がなんだ?」
「雑草の中にはね……木とは違って横に伸びるものもいる」
「何が言いたい?」
そう聞き返すと、我が仔はしっかりと私を見据えた。
「他の馬と同じように高く伸びようとするから、体を壊したり心が折れたりするんだ。だから……やる気や伸びるという発想を転換して、競争相手の少ない場所を制圧するという生き方もある」
な、何て末恐ろしいことをいう仔馬だろう。今の言葉を聞いてジュニアを天才と呼んでも、親バカという者はほとんどいないはずだ。
「ジュニア……お前、お前ってヤツは……」
そう本音を口にしたら、ジュニアはしっかりと私を見た。
「つまり、お父さんと小生の目的を同時に果たすには……この作戦しかない!」
「作戦とは?」
「奇行に走る!」
「き、奇行!?」
「うん、奇行!」
「な。なぜそんな答えが……!?」
息子は不敵に笑った。
「勝率を上げかつ話題性を取るには、赤リボンを貰うしかない!」
「やめなさい。奇行ならジュニアでは太刀打ちできない猛者たちがいる!」
「やってみなければわからない!!」
ジュニアは私の忠告も無視して走り出すと、近くの馬の前で後ろ脚立ちをしていた。
「こら、棹立ちはやめなさい!」
「ヒヒーン!!」
「ひぃ、シュババがおかしくなった!?」
「に、逃げろ~~~~っ!」
ジュニアはいつの間に、後ろ脚立ちなんて覚えたんだ!?
早くも息切れがちの私であるが、これはまだジュニアの奇行記の序章に過ぎないのだった。
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カグヤドリームの2024
【作者からの挨拶】
これからも、まだまだジュニアとお父さん馬のドタバタ劇は続きます。
おもしろい!
続きが気になる……
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