―12― 銀妖狐
銀妖狐が向かった先は昨日潜伏した洞穴だった。
そこで俺は〈上級回復薬〉を自分に使い、ぐったりと横になる。
立っているのもキツいぐらい体力がすでに限界だ。
「なんだ、枕になってくれるのか?」
ふと、寝そべっている俺に銀妖狐が枕になるよう寄り添ってきた。
硬かった地面がモフモフに様変わりだ。
中々居心地がいい。
そのせいか、なんだか眠気が……。
と、次の瞬間には俺の意識は落ちていた。
◆
「おい、いい加減起きぬか!」
パンッ、と乾いた音が響いた。
「ん……っ」
ビンタされたなぁ、とか思いながら目を開ける。
「ふむ、やっと起きたか。おぬしが起きるまでずっと待たされて、わらわは大層暇だったぞ」
随分と不遜な態度をしていたのは、銀髪の幼女だった。
しかもただの幼女じゃなかった。
頭からは狐のような動物の耳が生えており、尻からは尻尾が生えている。
「誰……?」
「誰とは随分と失礼じゃな。おぬしとわらわは一夜を共にした仲だというのに」
「だから、誰だよ」
「昨日お主を助けた狐だといえばわかるだろ」
「……はぁ」
つまり昨日俺を助けた銀妖狐と目の前の幼女が同一人物だというのか。
モンスターが人に化けることなんてあるのか。
『ゲーム』で、そういったことが稀にあったような気がしないこともない。
「ほれ、それより早く済ませてしまおう」
そう言って、幼女が左手甲を突き出す。
一体なんのポーズをしているのか理解できない。
「なにがしたいんだ?」
「契約だよ契約。おぬしと契約してやると言っているのだ」
契約?
確かにテイマー職だと、モンスターと契約して戦ったりするんだったな。
俺はテイマー職ではないが、かといってモンスターと契約できないわけではない。
モンスターが懐きさえすれば、確か可能だったはずだ。
とはいえ、俺の答えは決まっている。
「断る」
「なぬ!? わらわと契約したくないと申すのか!? わらわは〈人化〉という超絶有能スキルを持つ超優良物件だぞ! そのわらわとの契約を断るというのか!?」
「いや、そういう問題ではない」
「じゃあ、わらわのなにが問題だというのだ!?」
「そもそもモンスターと契約するつもりがない」
「理由を聞いてもよいか?」
「そういう『縛りプレイ』をしているからな」
「……『縛りプレイ』とはなんじゃ?」
「簡単にいうと、いくつか自分に制限をかけている」
「制限ってなんじゃ?」
「まぁ、簡単に説明するとだな、俺はあえて弱い状態を維持するようにしている」
「なんでそんなことをするんだぁ?」
「そのほうが楽しいから」
と、説明しても理解できなかったようで、銀髪幼女は首を傾げていた。
「ともかく俺はソロプレイをするという縛りを自分にかしている。だからお前とは契約できない」
「ま、待て。ソロプレイをしたいのはわかったが、わらわと契約してもお主がソロプレイであることには変わらないぞ。なにせ、わらわは冒険者ではなくモンスターだからな」
確かに、ソロプレイの対義語にあたるパーティーというのは複数の冒険者が集まって戦うことだ。
だから、一匹のモンスターと契約して、そのモンスターと共に戦ったとしても、冒険者は1人に過ぎないのでソロプレイの範疇に含まれるのかもしれない。
とはいえ、『縛りプレイ』というのは結局、己の自己満足のためにやるものだ。
だから、俺自身が納得できるかどうかが大事なわけだが、
「俺は自分一人の力でモンスターを攻略したいんだよ。だから、お前の力は借りない」
俺がソロプレイにこだわるのは、自分一人の力でモンスターを攻略したいからだ。
なのに、モンスターの力を借りてしまっては台無しな気がする。
「お、おい、待て! どこに行く気だ!?」
洞穴を出て行こうとする俺に対し、銀妖狐が引き留めようとする。
「そんなの決まっているだろ。やられた借りを返しに行くんだよ」
「まさか、大顎ノ恐竜を倒しにいくんじゃあるまいな!?」
「その、まさかだけど」
「おぬしはたわけなのか! おぬしのレベルが1なのはさっき〈鑑定〉したからわかっておるんだぞ。そのレベルで勝てる相手なわけないだろ!?」
どうやら俺のレベルが1しかないことがすでにバレているらしい。
まぁ、別にレベルが他人にバレてもなんとも思わないが。
「おい、なんの真似だ?」
そう言ったのは、幼女が俺の行き先に立ち塞がるように立っていたからだ。
「この先に、お主を行かせぬ!」
「はぁ? なんで?」
「お主はわらわにとって命の恩人じゃ。その恩人が死地に行こうとしているのだぞ! それをとめるのは当たり前のことだろ!」
めんどくさっ。
助けたのは、それが俺にとってもメリットになりうると思ったからに過ぎない。
正直、恩義とか気にされても鬱陶しいだけなんだけどな。
「邪魔。そこをどけろ」
「嫌じゃ! お主がなにを言おうとわらわはここをどかないぞ」
銀妖狐はそう言って、両手を広げる。
簡単にどいてくれなさそうだ。
あっ、いいこと思いついた。
こんなことを思いつくなんて、今日は俺は冴えているのかも。
「だったらさー、代わりにお前が俺と殺し合いしてくれるっていうなら言うこと聞いてやってもいいけど」
「……は? なぜにわらわがお主と殺し合いをしなくてはならないのだ?」
「だって、人の姿をしていても所詮お前はモンスターだろ。モンスターと人間が殺し合いするのはごく自然なことじゃね」
「だとしても、わらわはお主と命のやりとりをするつもりはない」
そうか、だったら無理矢理そういう状況にもっていけばいいよね。
「きひっ」
方針が決まれば、すぐさま実行するのが俺のモットーだ。
なので、〈アイテム切り替え〉で〈アイテムボックス〉から一瞬でナイフを左手で持って振りかざす。
「……なんで、よけようとしないの?」
「言っただろ。お主と戦うつもりは毛頭ない」
ナイフは幼女の眼前でとまっていた。
「つまんな」
そう言葉を残して、俺はその場を後にした。
流石に、こんな俺と契約する気は失せたようで、幼女に化けた銀妖狐は俺の後を追ってこなかった。