―11― 危機的状況
大顎ノ恐竜は俺がやっていた『ゲーム』、『ファンタジア・ヒストリア』でも中盤の難関モンスターとされていた。
それだけ強敵。
倒すのに苦労した過去の記憶が、よみがえる。
あぁ、そういえば『ゲーム』でもこんなふうに乱入してくることが稀にあるんだった。
その大顎ノ恐竜はというと、俺のことなど目にもくれず巨大蜘蛛を食べるのに夢中になっている。
レベル1の俺なんか脅威ではないと、背中で語っているようだ。
もしかしたら、今ならこのモンスターから逃げることが可能かもしれない。
だが、それはつまらんよなぁ。
「まずは一撃目」
そう呟いて、至近距離で〈猛毒矢〉を弓で放つ。
確か、大顎ノ恐竜も毒の耐性がなかったので、この攻撃は効くはずだ。
ヒュンッ、と風を切って矢が命中する。
すると、ゆっくりと大顎ノ恐竜がこっちを向いて、俺を認識した。
「さぁ、遊ぼうぜ」
そう口にした瞬間――
「ガルゥウウウウウウウウウウ!!」
大顎ノ恐竜が咆哮しながら突進してきた。
「ありがとう! わかりやすい動きをしてくれて!」
ただの突進は動きが読みやすい。
だから、よけるのもそう難しくない。
ステップで攻撃をかわしつつ、隙ができたのでナイフで突き刺す。
「あはっ、攻撃力低すぎて全くダメージになってないや!」
どれだけのダメージが入ったかは感触である程度把握できる。
そろそろ次の攻撃がくる。
突進した後は、体を回転させたしっぽによる全方位攻撃をする確率が高い。だから、バックステップでできるかぎり距離をとる。
「あれ――?」
なぜか体がふらついた。
あぁ、どうやら体力の限界がきてしまったらしい。
まぁ、巨大蜘蛛と長時間にわたり戦っていたからな。体力の限界がやってきたことに納得はできる。
だが、このふらつきは致命的だ。
「がはっ」
当然といえば当然の結果。
ふらついたせいで、大顎ノ恐竜の尻尾の先端が当たり、後ろに吹き飛ばされる。
そして、木に背中を殴打して、口から血を吐いた。
当たったのが尻尾の先端だったおかげだろう。
まだHPはわずかだが、残っている。
とはいえ、攻撃をうけたせいで立ち上がろうとしてもいつもより体が重い。
視界もぼやけて、手が二重に見える。
どう見ても危機的状況だ。
なのに、なぜだろう!?
さっきから脳汁がとまらないっ!
「ありがとう大顎ノ恐竜!! 俺を絶体絶命のピンチにしてくれて!」
だから、お礼を言った。
こんな興奮を与えてくれた存在にお礼をしないなんて失礼極まりない。だから感謝するのは当然だ。
「きひっ、さてこの絶望的状況から逆転させるなにかいい作戦はないだろうか! きひっ、なんにも思いつかないや」
まぁ、作戦なしも悪くないか。
攻撃を避けて避けて避けて避けて避け続けて、たまに攻撃してを永遠に繰り返せば、どんなモンスターだって倒せる。
体力はとっくに限界だが、それは気合いがカバーしてくれる。
あぁ、なんて楽しい時間なんだろう。
俺はこの瞬間のために、生きてきたのかもしれない。
「グルゥウウウウッッッ!!」
大顎ノ恐竜が呻き声を出しながら突進しながらつっこんでくる。
それを右によけようとして、足に力を入れるがふらついているせいで、うまく力が入らない。
だから、俺は転がるように攻撃をよけようとするが、そこまで至る判断が遅かったせいだろう。
大顎ノ恐竜の攻撃が当たることを冷静に確信していた。
どうやら死ぬかもなぁ、とか思いつつ、わずか可能性にかけて体を動かそうとした。
「ガウッ」
と、なんらかの動物による声が聞こえた。
あれ? 体が勝手に動いているぞ。
状況がまだ把握しきれてないが、事実そうだった。
おかげで、大顎ノ恐竜の攻撃を回避することに成功する。
なにが起こっているんだ? とか思いつつ、横を見て事態を理解した。
昨日助けた銀妖狐が僕のことを咥えて走っていた。
せっかくの楽しい時間に横槍を入れられた気分だ。
とはいえ、命拾いしたのは事実だし、ここは銀妖狐に感謝すべきなんだろう。