―01― ステータスの儀
子供の頃、俺はある『ゲーム』にハマった。
タイトルは『ファンタジア・ヒストリア』。
その『ゲーム』では好きなジョブを選び、モンスターを倒すとレベルがあがり、手に入れたSPを割り振ることで新しいスキルを手に入れることかできる。
そうやって、自分のキャラクターを強化していくことで、さらに強いモンスターへ挑んでいく。
『ファンタジア・ヒストリア』は非常に戦略が奥深く、モンスターごとにとるべき戦略が変わっていく。ゆえに、俺は強いモンスターを相手に試行錯誤を重ねながら遊んでいた。
だが、遊んでいくうちに、『ゲーム』に対して、つまらないな、という感情が芽生えてきた。
初期の頃は、あんなに楽しかったのに、なぜだ?
その原因は、キャラクターが強くなりすぎてしまったせいだった。
レベルが一定以上を超えてしまうと、どんな強いモンスターでも、簡単に倒せてしまう。そこには、戦術も戦略も介入すべき余地はない。
なにも考えずに、剣を握ってモンスター相手に振るっていれば、気がつけば倒せてしまう。
そこには、倒せるか倒せないかわからないドキドキ感もなければ、どうやって倒そうか試行錯誤していたときのわくわくもなかった。
これでは、やっていることはただの単純作業だ。
そこで俺は、キャラクターを一から作り直すことにした。
また、レベル1から始めれば、初期の頃のわくわくを思い出すことができるはず。
そう考えたわけだ。
それから、俺は強くなったら、また新しいキャラとジョブを選んでレベル1からやり直すといったことを何度か繰り返していった。
そんなある日、また新しいキャラでやり直そうとして、次はなんのジョブを選ぶか悩んだ末に、今度は弱いジョブだと認識されている〈錬金術師〉を選ぶことにした。
今まで遊んだ〈剣聖〉や〈魔道士〉よりも、あえて弱いとされているジョブのほうがやり応えがあると思ったわけだ。
だが、〈錬金術師〉もレベルの低い序盤は楽しかったが、レベルが上がっていくうちに、つまらなくなってしまった。
てか、レベルの高い〈錬金術師〉は単純な〈攻撃力〉では〈剣聖〉や〈魔道士〉より劣るものの、手数の多さは群を抜いて高く、単純な総合力を比べたら、〈錬金術師〉が一番強いジョブな気がする。
ともかく、簡単にモンスターを倒せてしまうので、この『ファンタジア・ヒストリア』もやめどきかな、と思っていた最中――。
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〈呪いの腕輪〉
この腕輪をつけると、プレイヤーは強制的にレベル1になる。
△△△△△△△△△△△△△△△
というアイテムを見つけてしまった。
このアイテムは錬金術師の固有スキル〈加工〉によって入手可能なアイテムで、身につけるとどんなに高いレベルでも強制的にレベル1になってしまうというもの。
当然、ステータスもレベル1相応の数値に下がってしまう。
この、一見使い道のわからないアイテムだが、まさに、俺のような者のために存在するアイテムだと、このとき歓喜した。
早速、俺は〈加工〉を使用して〈呪いの腕輪〉を入手しては、身につける。
そして、レベル1になった状態で、強敵モンスターに挑むという、『縛りプレイ』を始めた。
これこそ、俺が『ゲーム』に求めていたものだ。
レベル1の状態で、モンスターに挑むと、あっさりやられてしまい兼ねないので、常に緊張感がつきまとう。
この緊張感が心地よい。
そして、レベル1では、あらゆる戦略を練らないとモンスターを倒すことができない。この試行錯誤しているときが、一番楽しいのだ。
ゆえに、あえてプレイヤーのレベルを1にするという『縛りプレイ』と共に、俺は再び『ファンタジア・ヒストリア』の世界にどっぷりとハマった。
「やっと、全てのモンスターを倒し終えた」
ある日、俺はそう口にしていた。
ついには、レベル1の状態で、すべてのモンスターを倒すことに成功したのだ。
非常に達成感に満たされたが、同時に虚しくもあった。
もう、この『ゲーム』に俺がやり残したことはなかった。
◆
この世界に生まれたとき、前世で遊んだゲーム『ファンタジア・ヒストリア』と一緒の世界なことに気がつくのに、そう時間がかからなかった。
であれば、この世界も、『ゲーム』同様、『縛りプレイ』で遊ぼうと。
そのために必要な準備はすでに済ませてある。
「それではこの石版に手を当ててください」
家にやってきた神官がそう口にしていた。
ステータスの儀。15歳になったら、必ず行われるこの儀式はそう呼ばれている。
ステータスは神によりもたらされる加護とされている。
『ゲーム』では好きなステータスを選ぶことができたが、現実ではそうではない。
「ユレン、お前なら素晴らしいジョブを手にできると信じているぞ」
ふと、父親が俺のことをそう激励する。
ちなみに、ユレンというのは俺の名前だ。名字も含めると、ユレン・メルカデル。メルカデルの長男坊。
だから、父親は俺に期待している。
素晴らしいジョブを手に入れて、この伯爵家の跡取りになってほしいのだろう。
どんなステータスが手に入るかは全くのランダムってわけではない。
これまでしてきた修練が大きく反映されるとされ、つまり、がんばればがんばるほど、強いジョブが手に入る可能性が高くなる。
あとは、その人の性格やこれまでの人生、家系なんかも影響するらしい。
それに、こんなジョブに就きたい、という希望も反映されるらしい。
父さんは俺に〈剣聖〉や〈魔導師〉といった強いジョブを希望するんだろうな。
だが、俺としては縛りプレイをするためにも『ゲーム』で最も思い入れのある〈錬金術師〉一択だ。
まぁ、父さんは俺が〈錬金術師〉なんかになったら激昂するだろうがな。
とはいえ父親のことなんてどうでもいいし、俺は〈錬金術師〉を希望しながら、石版に手を置く。
すると、石版が光り、消え失せた。
「これでステータスの儀は完了です」
石版の管理人がそう伝える。
「そうか」と頷きながら、俺はステータス画面を開いた。
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〈ユレン・メルカデル〉
ジョブ:錬金術師
レベル:1
H P:100
M P:100
攻撃力:45
防御力:55
魔法力:120
スキル:〈加工LV1〉
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「おっ」
やった、と内心思いながら、俺はそう口にした。
どうやら神様は俺の願いを叶えてくれたらしい。
「ど、どういうことだ……?」
しかし、そう思っているのは俺だけのようだ。
父親はこめかみをピクピクと動かしながら、顔を真っ赤にさせていた。
「ふ、ふざけるな!! 〈錬金術師〉は戦闘では役に立たない最弱のジョブではないか!!」
確かに、世間ではそういう評価ではあるな。
「だが、父さん、俺は〈錬金術師〉でも強くなれる自信はあるんだが」
「寝言は寝てから言え!! そんなクソみたいなジョブでどうやって強くなるんだ!!」
そう言いながら、父さんは俺に殴りかかる。
ひょい。意外と簡単によけることができた。
父さんも〈剣聖〉という強いジョブだったはずだが。まぁ、自主的にやってきた訓練のおかげかもしれないな。
「ふざけやがって!! 貴様に期待したワシが馬鹿じゃったわい!!」
父さんは俺がよけたことが余計気に入らなかったのか、さらに顔を真っ赤に染めながら、そう怒鳴る。
「あの……そろそろ僕も儀式をやりたいのですが」
そう口を挟んだのは俺にとって異母兄弟にあたるイマノルだ。
俺と父さんのやりとりを見たせいか不安そうな顔をしている。
「イマノル、お前はせめてこいつよりはマシなジョブを手に入れてくれ」
イマノルは妾との間に生まれた子供で、俺は正妻との間に生まれた子供だ。
だから、父さんはイマノルより俺に期待してたんだろうが、こうなってしまえばイマノルに期待するほかないだろう。
それに、勉学や武術に関してはイマノルより俺のほうが優れていたしな。
とはいえ、俺みたいに〈錬金術師〉を希望しなければ、イマノルなら世間的には優れたジョブを手に入れることができるだろう。
「や、やりましたー!」
ふと、イマノルが歓喜の声をあげる。
「僕、〈剣聖〉でした!!」
「おぉ!! でかしたぞイマノル!!」
剣聖という単語に父さんも歓喜する。
「ははっ、これで僕のほうが優れているってことが証明できたね、兄さん」
ニヘラと笑いながらそう言う。
イマノルは俺に対して劣等感を抱いていたようだからな。今回、俺に勝ててさぞ嬉しいのだろう。
まぁ、俺自身は負けたと思っていないけど。
「よしっ、イマノル。お前こそ、このメルカデル伯爵家の次期当主に相応しい! それに、お前こそ俺と正妻との子供だったことにしよう!」
「はい、ありがとうございます!」
イマノルと父さんがお互い喜びながら抱擁していた。
ふむ、つまり俺は次期当主ではなくなったと。
「そして、ユレン。お前はもうこの家の人間ではない!! 〈錬金術師〉がこの家から出たとなれば、恥でしかないからな。今すぐ、この屋敷から退去せよ」
「――は?」
俺は呆然としていた。
跡継ぎから外されたこと自体はそう気にはならなかったが、まさか家から追い出されるとはな。
どんだけ〈錬金術師〉になった俺が憎いんだか。
「それと、外ではメルカデル家と名乗るでないぞ!」
という言葉と共に、家の外に追い出された。
「ふっ、これもまた『縛りプレイ』か」
勘当された俺は、そう言って笑みを浮かべていた。
家を追い出された状態で『ゲーム』を始めるという『縛りプレイ』と考えたら、そう悪くないような気がしてくるから不思議だ。
一応、最低限の道具や金銭を持ち出すことはできた。それだけでは心許ないが、気分はそう悪くない。
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