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84、迷いの森

 三人は別れる前に迷ったときのためにと言ってそれぞれの携帯端末の番号の登録をした。

 ついでにこれも持っていけと言って渡された紙包みにはサンドイッチとミルクが入っていた。


「副市長が作ったんですか」


「ありがたく思えよ」


 そう言うと雪代は一人で早速パンを黙々と食べ始めた。ちょうど(ひる)の日差しが葉が落ちた木々の間から漏れてくる。雪代はこのケヤキの樹周辺を、空丸は森の前にある荒地帯を、そして慶一は森の中を境界の手前まで調べてほしいとのことだった。地図を手にしてそれぞれの探索を始める。


 森の中には道はなく、枝や蔦をかき分けながら進んでいく。地図には植物の他に生息している鳥や獣の名前まで詳細に記されている。糞や草木につけられた跡を頼りに専門家も同伴させて調べたのだろう。

 しばらく歩いていくと前方に不思議な光景が広がっているのが見えてきた。

 土が深くまで抉られ、その淵に掘り出した土が高く積んであった。まるで重機で地面を掘った跡のようだった。しかしこの世界にはとうの昔に車両は消えている。それは冒険者がつけた土属性魔法八番【土裏流(ドリル)】の跡だった。


 ここが境界か――。


 土裏流の跡は境界線を示すように森の向こうまで真っ直ぐ続いていた。地図もここまでのようだ。

 慶一はそれを見ながら少し考えた。

 ここに来るまで地図には誤った記述はなかった。おそらくこれ以上探索しても同じだろう。

 掘った後と地図の紙面からそれだけの信頼感と確かな仕事振りがうかがえた。

 慶一は思い切ってこの先に行ってみることにした。この先は誰も足を踏み入れたことのない未開領域だ。何か発見できるかもしれない。

 そうして慶一は未開の森へと入っていくのだった。


 手頃な石を拾い、樹の幹に傷をつけながら歩いていく。日が真上だから方角が掴めない。境界線を越えて真っすぐに歩いているからおそらく北に進んでいるはずだ。獣の気配もなければ鳥の鳴き声も聞こえない。立ち止まると世界に取り残されたみたいに何もなかった。段々日が暮れてきたせいだろうか、それとも森が深いせいなのだろうか、辺りが少しずつ薄闇に沈んできた。日が暮れる前に戻らなければいけない。しかし慶一はそのまま歩き続けた。まだ日が暮れるはずはない、境界を越えてそんなに時間は経っていない。なのに辺りはすっかり闇に飲まれ、空には細目を開けたような月が浮かんでいるのが見えた。何かがおかしい。手に持っていたはずの紙包みがやけに軽い。中を見るとパンはなくなり、ミルクの瓶も蓋が開けられていた。いつの間に開けたのだろう。身に覚えがない。パンは落としたのだろうか? いや、そんなはずはない。記憶が抜けているのだろうか。一瞬不安に駆られたが、慶一は歩き続けた。戻ろうにも暗闇で樹の幹の傷が見えない。樹々がまるで不気味な生き物のように見えてきた。慶一はこの先に開拓を拒む何かがあるような気がした。おそらくそれが感覚を狂わせているのだろう。辺りにも注意しながら森の中を歩いていく。

 歩いていると、慶一はあることに気がついた。そしてそれを確かめるために、パンの包みを地面に置いた。そしてまた歩き始めた。

 しばらく歩いていると、どうやら疑惑は的中したみたいだ。歩いている先の方に先ほど置いたパンの包み紙が見えてきたのだ。


 同じ場所をグルグル回っているようだ――。


 真っすぐ歩いているはずなのに。慶一は歩くのをやめた。

 ここはどこだろう。

 途方に暮れていると、今度は雨が降り始めた。

 霧のような雨だった。空を見ると月は雲に隠れて見えなくなっていた。辺りは真っ暗だ。

 身動きできない。

 急に朱里のことが思い浮かんだ。

 あいつの嫌いな暗闇だ。

 でも今は俺も同じだ。

 肩にあるあいつの気配だけが心細さをやわらげてくれている。

 もし、朱里がいなくなったら。

 恐怖と絶望感でいっぱいになった。

 そのとき、不意に後ろから何かに引かれたような気がした。

 振り返ってみると、そこには暗闇の中にぼんやりと光る明かりが浮かんでいるのが見えた。

 真っ白い光だ。慶一はそこを目指して歩き始めた。

 上を見ると常緑樹と落葉樹が入り交じり、雨粒を滴らせていた。

 そんな樹々の間を歩いていくと、やがて少しだけ開けた場所に出た。


 そこには、ぼんやりとした白い光が一面に広がっていた。


 どうやら植物のようだ。見たこともない白い花が薄っすらと光りながら一面に咲いている。不思議な光景だった。

 葉は雨露に濡れていた。花はどれも上を向いて咲いている。月光草だった。

 それは外地のごく限られた一部にだけ群生するといわれる、稀有な植物だった。

 慶一はおもむろにそれを一株取った。ちょうど部屋に観葉植物がほしかったからだ。それ以外は何も考えていなかった。

 屈むと足元から湿った土のにおいがした。花を取るとしばらくその場で立ち尽くしていた。


 やがて空が白み始めてきた。朝が来たようだ。

 慶一は花を持ったまま、来た道を引き返し、あのケヤキの樹を目指して歩き始めた。

 帰り道。雨は止んだが、葉は雨水でまだ濡れていた。ときどきトッという大きな音を立てて水滴が葉に落ちた。


 樹に付けた印を頼りに何とか境界線までたどり着き、ケヤキの樹の前に戻ると、二人は既に仕事を終えて慶一の帰りを待っていた。雪代は枯れ葉を布団代わりにして寝ていた。


「うーん、むにゃ。もう朝か?」


「もう朝ですよ」


 二人は慶一の姿を見ると驚いた声を上げた。


「お前、びしょ濡れじゃないか。何があったんだ?」


「雨が降ってきたので」


「雨? 雨なんて降ってないぞ」


 更に慶一の持っているものを見て不思議そうに言った。


「何を持ってるんだ?」


「あ、部屋で育てようと思って」


「領土じゃないところからものを持ち込むのは本当は禁止なんだが、まあいいだろう」


 こうして、長い遠征の仕事は終わった。

 慶一は帰るとすぐに植木鉢を買い、裏の林で土を集めて月光草を鉢植えにした。

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