83、外征任務(3)
土の上に枯れ葉が積もっている。音を殺すのは無理なのでそのまま歩いて進んでいく。
辺りには相変わらず枯れて腐った木々が並んでいる。落ち葉の上に所々見える動物の死骸も腐っている。
少し歩いていくと前方に霧がかかっているのが見えてきた。黒い霧が立ち込め、腐臭が漂っている。霧の中に入っていくと、何かが見えてきた。
うずくまっている人影のようだ。しかしよく見るとそれは人影ではない。服を着ていない。羽毛に覆われている。そして地鳴りのような低い呻き声をあげている、それは巨大な鳥だった。
しかし鳥というにはあまりに大きく、不自然で、しかも何と顔面は人のものだった。
丸い目をしており、鼻は尖っており、すぼんだ口をしている。その口からは呻き声が漏れていた。老父のような顔をした鳥だった。陰気な霧を吐き、その姿はこの世のものと思えないほど歪んで見えた。
「ヤマガラだな。獪転してこんな姿になったんだろう」
空丸はそう言うと銃を構えた。
「待って下さい」
それを見て慶一が止める。
よく見ると右足が欠けていた。呻き声は何かを必死に訴えているようだった。何を言っているのか耳を澄ましてみるが聞き取れない。
「狐か何かに足をやられたようだな。それで獪転したんだ」
鳥は一本のケヤキの樹に寄りかかるようにして縋っており、何かを呻き続けていた。
目の前のケヤキの樹だけはしっかりと生きており、あとは全て腐っている。鳥が出す霧がどうやら腐らせているようだった。ケヤキの樹だけは何かに守られるかのように霧がかかっていない。
「空丸、早くしろ。この空気はよくない」
「わかりました」
雪代が口に袖口を当てながらそう促すと、空丸は再び銃を構えた。
パン、パン
銃声が鳴り、鳥の背中に銃弾が突き刺さる。
すると鳥は初めて声を漏らした。
「あ、ああ。あ、い、して、るよ……」
それだけを言うと、鳥は目を開けたまま死んだ。
それと同時に吹き出してくる霧も止まった。
「一体何だったんだ? この鳥は」
空丸が死んだことを確認しながらそう呟くと、慶一はケヤキの樹を何も言わずに登り始めた。
ケヤキの樹は頑丈でこれだけが生命の力に満ち溢れているように見えた。その樹の中間あたりで樹洞を発見し、慶一はその中に手を入れた。
そして中にあったものを抱えて降りてきた。
「ヤマガラだな。番だったのか」
手に持っていたのは雌のヤマガラだった。
慶一は雌のヤマガラを死んだ鳥の隣に寝かせた。両方とも死んでいる。
「何だか悲しいな。こいつのせいでこの辺りも全部死んでしまった」
雌のヤマガラは周囲が異様な空気に変化したことで雄が助けに来るのを待った。雄は自分の体も顧みず雌のために生命力を与え続けた。奇妙な食い違いはお互いを殺し合う結果となった。
「少し老けた気がする」
雪代が言う。
「そんなに長い時間当たってない。大丈夫ですよ」
「水で洗えば落とせる気がします」
「本当か? 慶一」
そういうと雪代は森の奥の泉を探しに歩き始めた。二人も後に続く。
地図を見ながら少し歩いたところで泉を見つけた。早速水を掬ってバシャバシャと顔や手を洗い始めた。
「本当だ。若返った気がする。元に戻った」
「一応、俺たちもやっておくか」
二人もバシャバシャと顔を洗った。
「この老けさせるのが鳥のディスオーダーか?」
「多分そうでしょう。もう反応は消えてるはずです」
「自分も老化して、死んでる鳥のために必死で出し続けていたのか」
【冬に一輪】。
ヤマガラの持つ自由技能だった。
顔を洗った二人の後ろで雪代が一人、何かを考え込んでいた。
「どうかしましたか?」
空丸が尋ねる。
「何かに似ていないか? これ」
「何かに? 何にですか?」
雪代が何かに気づき、記憶を辿ろうとしている。
「何かに似ている。何だったか……そうだ!」
どうやら思い出したようだ。
「永崎の治癒だ! あれと似ている」
「治癒? 一度だけ解脱させたっていうやつですか?」
「そうだ。確か急患で医者に匙を投げられた子どもに放って治しただろう。その後で高熱を出した。そしてその後ろで見ていた由瑞も隣にいた医者もあの後で熱を出した」
「そういえばそうでした。偶然かと思っていたけど、治癒の代償だったってことですか?」
「それしか考えられん。治癒は周囲の者が代償を払うことで発動が許されるのだろう」
「なるほど」
「スキルの仕組みがわかれば、あとは修行を行うのみだ。それを前提として永崎にやらせてみよう」
「わかりました。帰ったら伝えます」
治癒の初めての覚醒が実現されそうだった。慶一はただ黙って聞いていた。
必死に片方を生かそうとする魔物の姿がいつまでも忘れられなかった。
それは自分の姿にも微かに重なっていたからだ。
弱っていく朱里を何とかして生かしたい。しかし何もできない。慶一は一人でヤマガラのところに戻っていた。
魔物の目をそっと閉じてやった。
少しだけ安らかになったように見えた。
「こうやってみると何だか可哀そうだな」
空丸と雪代も後をついて戻ってきていた。
霧はすっかり晴れてなくなっていた。
「もう死んでしまったものは仕方がない。仕事を続けるぞ」
そう言うと、雪代は二人に地図をそれぞれ一枚ずつ渡した。この周囲の地図だ。
「誤りがないかどうか確認していく。開拓は行わなくていい」
「わかりました。俺は荒れ地の方に戻るから。慶一は引き続きこの森を探索してくれ。日が暮れたら再びこのケヤキの樹に集まろう」
「はい」
そういうと三人はそれぞれ分かれた。
あとに残されたヤマガラの番だけが、冬の景色の中でいつまでも何かを温めるようにして向かい合っているように見えた。




