82、外征任務(2)
翌朝、慶一はまだ暗いうちに部屋の中で目を覚ました。
外地探索の任務へ向かう。
外征任務は他国との領土争いでもある。開拓区域は地図を作成することで獲得となり、人口の増加に合わせてその一部を領土とすることができる。だから人口が減った場合は新しい領土獲得がそれだけ遠のく。領土決定会議が四か国で年に一度行われ、人口が増加していた場合、その国での新しい領土が決定される。
地図には位置、方角、標高、地形、地物の他に生息している動植物や魔物の有無、資源がどれくらいあるかなどの情報も必要とされる。排他的開拓区域と言い、表向きはそれぞれの開拓区域は不可侵となっているが、実際は地図さえ作成すれば相手国と領域が被っていても領土にするのは早い者勝ちとなっていて、相手も細かいことは言わない。だから、どれだけ早くに正確な地図を作成するかが大事なことになる。
起きて最初に目に入ったのは携帯端末だった。
一件の着信。
嫌な予感がした。
相手が義一からだとわかった時点でそれは容易に予測できた。
とうとう来てしまった。
朱里の顔が思い浮かんだ。肩にはまだ気配がある。
しかし、慶一にはそれを確認することまでしかできなかった。
――ごめん。
義一には返信できず、朱里に会うだけの覚悟も持てなかった。
弱った朱里に会うのが怖かった。
慶一は冒険者ギルドへ向かうため宿舎を出た。外の空気は一段と冷え、東の空がようやく白み始めていた。こんなに早く冒険者ギルドへ行くのは初めてだ。憂鬱な気持ちのまま宿舎の門を通り過ぎた。
冒険者ギルドは正面玄関がまだ閉じていたため、職員専用の裏口から中に入った。二階の仕事部屋前に行くと空丸がすでに椅子に座って待っていた。紺の長袖シャツに濃緑色の作業ズボンという慶一と似たような格好だった。
「今日は外地の見回りだ。俺と副市長と行くぞ」
「雪代さんが?」
「そうだ。自分で見た方が書類にしやすいそうだ」
二人で椅子に座って待っていることにした。
「あの人は朝苦手なんだ。一人で朝まで酒飲んでることも多い」
「そうですか」
「何だ、今日は暗いな」
「……」
そう言いながら待っていると、程なくして雪代恵が現れた。いつもと違い髪を後ろでひっつめ、黒い上下に緑の防寒着を着込んでいた。背中にはリュックを背負っている。
「揃ってるな、行くぞ」
そう言うと二人を引き連れて外に出た。
今日はまず外地を東に出て、北方の森林地帯から探索を行うらしい。余裕があれば開拓も行うとのことだった。
まずは歩いて防衛街区まで向かう。空は明るくなり始めていた。町の中には昨日の夜の靄がまだ少し残っていた。
「源力使い二人に挟まれて窮屈ったらないな」
「文句言わないで下さい」
いつもは言わない軽口を叩いてくる。ピクニックにでも出かけるように二人の間を楽しそうに歩いていた。
「雪代さんは源力は使えないんですか」
「使えるわけないだろう。いたいけな少女だぞ」
雪代は梅子よりはまだ少し若く、一応白杜市の市長を務める、雪代家の娘だった。
しばらく歩くと青葉防衛街区へとたどり着いた。ここには由瑞が安アパートを借りて暮らしていると聞いたことがある。国境を守るためらしい。他にも何人かの冒険者が警備兵の代わりにここで家を借りて暮らしている。
国境には川が流れており、城壁などは築かれていない。冬のためか川辺には一面の枯れ草で人の姿は見えない。内側の町に比べると平屋が多く、長屋のような建物も見える。軒が破れ、住んでいるかどうかわからないような家にも窓際に洗濯物が干してあるので人がいるらしいことがわかる。道は舗装されておらず埃っぽかった。月乃は貧しくても家や人々は小綺麗だった。色んな土地があるものだと思った。
川沿いを歩いて行くと橋が見えてきた。賊山へ向かうときに通ったあの木造の橋だ。ここから先が外地になる。あのときとは違い、橋の先から不穏な気配は感じなかった。領土を広げる場合はこの辺りが新しい獲得領地になるのだろうか。川があるから少し不自然な気がした。
「真っすぐ向かうぞ」
雪代が言った。
三人は橋を渡ると北東の方角へ向けて歩いて行った。
橋を渡って正面の東の方には賊山を微かに見ることができた。
山頂付近に黒い雲がまだある。和真や上楽がまだあそこにいるようだ。
少しだけ懐かしくなった。
「ここからしばらく行った先にあるホゾン森林地帯というところで魔物の反応があったんだ。索敵係が灰論でディスオーダーの反応を確認したらしいが、動きが人間じゃない。少し強めの魔物がきっと潜んでいるんだろう」
少し後ろを振り返りながら空丸は慶一に向かって説明した。
今日の相手は魔物らしい。
魔物――。
あのときの狼を思い出した。
自分の手で助け、そして殺した初めての魔物だ。
道からは外れ、荒れ地のような地面をしばらく歩いていくと前方に鬱蒼とした森が見えてきた。どうやらあそこがホゾンの森らしい。
森の入り口で雪代がリュックを下ろし、中からオートマチック銃を取り出して空丸へ渡した。
相手の自由技能がどんなものかわからない以上は遠距離で戦った方がいい。
灰論を使うとその場で動けなくなるので、大体の見当をつけて森の中を進んでいく。
安全装置を外し、銃を構えながら空丸を先頭に歩いていく。
落葉樹が多い森は葉が落ちて少し寂しく見える。
源力が漲っている場所がある。灰論を使わなくても空箱だけでそれを感じ取ることができた。
「この先みたいだな」
空丸がそう言ったとき、足元で異変を感じた。鳥が死んでいる。
辺りをよく見ると、他にも何羽かの野鳥の死骸が地面に落ちていた。そしてそのどれもがすでに腐っているようだった。しかし腐り方がおかしい。時間が経って腐ったというよりは、まだ落ち葉の上に落ちたばかりというような腐り方だった。さらにおかしなことがもう一つあった。よく調べると周囲の木々も葉が落ちているのではなく、すでに枯れているようだった。幹を蹴ると柔らかく崩れ、鳥と同じようにすでにボロボロに腐っていた。
「この辺りの空気はまずいな」
どうやらこの先に腐らせる何かがあるらしい。三人は念のため口元に布をあて、空気を直接吸い込まないようにした。




