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80、囮作戦

「里縷々!」


冬士郎が里縷々の元へ駆け寄る。


「大丈夫か。右手を上にして寝かせろ。止血は俺がやる」


 そう言うと冬士郎は浴衣の三尺を緩めた。

 それをほどくと里縷々の上腕部をきつく締め上げた。


「リターンが心配だ。早く戻りたいが」


 冬士郎は駆の方を確認する。駆は地に伏せっていた。外門スキルを食らっているらしい。蒼い庭園の者たちも同じく外門スキルの範囲内にいる。いつの間にかウラノスもそこに戻っていた。


「お前たちはここから動くな」


 どうやらここは範囲外らしい。崖の上に不気味な人影の背が見える。


「あれは梵天だな。一体何が起きているんだ」


 冬士郎が見上げている人影は両手を合わせて何かを念じている。外門スキルが少しずつ強さを増しているように見えた。



「やっと見つけた。逃がさないようにしなくてはな。パーン、行けるか」


「はい」


 頭に手拭いを巻いて黒の上下を身に纏った男が一歩前に出た。

 そしてその作戦のためにスキルを発動させた。


 炎属性、犯自由技能【赤風(あかかぜ)】。

 陽炎のように大気を熱し、自身の身を隠す。同時に空箱(ブランク)でも悟られないほどの気配の殺し方にも長けている。

 空気の層に身を隠すようにして姿を消した。そして一歩ずつ梵天の元へ近づいていく。


 外門スキルは無差別の全体攻撃だ。範囲内の全ての者に同じ重圧が伸し掛かる。

 耐久力のない者が順番に膝をつき、手をつく。その中にまだ幼い少女のアリサがいた。


「アリサ、何とか耐えろ。お前がこの作戦の要なんだからな」


「わかってます。でも……おもい」


「少し気を逸らすか」


 樹一は前屈みになると印を結び、静かに唸り始めた。

 炎、闇属性、犯自由技能【無残】。

 夜間のみ使用可能の身体強度、及び源力の出力を段階的に倍増させる強化スキルだ。

 さらに使用後はクールタイムが存在する。


 樹一は二倍まで上げるとそのままの状態で空箱(ブランク)を放った。空間の支配権を僅かに覆し、外門スキルを相殺した。ほんの少しだけ空気が軽くなった。


「これなら、大丈夫です」


「……」


 しかしそれに気づいた梵天がさらに出力を上げてきた。前屈みで唸る樹一と合掌し続ける梵天との間で空間の奪い合いが始まる。

 一刻も早くパーンが梵天の元へたどり着く必要がある。パーンは梵天が立つ崖の下でようやく上を目指して登ろうというところだった。

 手をかけ、足をかけ慎重に登り始める。炎属性のスキルを発動させているため、外門スキルはかなり殺しているが、気配を相手に悟られたら終わりだ。パーンは戦うためのスキルは持っていない。ゆっくりと崖の上を目指して登っていく。

 梵天の注意は今、樹一に向けられている。気づかれる可能性は低いが、物音一つたてるわけにはいかない。全員が見守る中、ようやく崖の淵に手がかかった。崖を登りきった。


 パーンは静かに立ち上がり、梵天の真後ろへ立った。右手を挙げた。そしてスキルを切った。次の瞬間。


「!?」


 梵天に気づかれた。

 全員がそれを見ていた。


「カミラ、急げ!」


 カミラが右手を上げ、指を鳴らした。

 そして、アリサとパーンを入れ替える。


「はい、タッチ」


 パーンのいた場所へ飛んだアリサは右手を上げ、梵天の肩に触れた。

 そしてすぐに距離を取った。


「カミラ、切れ!」


「よし、お前たち、すまなかったな」


 最後に、駆たちの方を見てカミラが言った。


 パチンッ、と乾いた音が鳴った後、視界は暗転し、景色が急激に入れ替わった。

 星界(バーチャワールド)が閉じられた。


 気がつくと四人は藍色の部屋の中にいた。氷の部屋だ。

 一部始終を目で追ってはいたが、蒼い庭園の者たちが何をしているのかはわからなかった。

 そんなことよりも気になるのは里縷々の容体だ。


「里縷々! 大丈夫か」


 里縷々の方を振り向くと腕を抑えてうずくまっていた。


「いたい」


 どうやら骨折しているようだった。しかし腕は繋がっている。リターンはそこまで酷くはないようだ。


「駆。すぐに医者を呼んでくれ」


「わかりました」


「お前は大丈夫か?」


「大丈夫です。口の中が少し切れてるだけです」


 そう言うと駆はすぐに氷の階段を下りていった。

 里縷々と里無瑠は目に涙を浮かべ始めた。


「もう嫌だ。何でこんな目に」


「大丈夫だ。俺が守ってやるから」


 とにかくこれで星界(バーチャワールド)での戦いは終わりを迎えたようだった。

 その後も灰灯(パイロット)を唱えてもあの場所へ行けることはなくなった。


 蒼い庭園が何を考えていたのかはわからないが戦いはまだ終わってはいない。

 いつかは里縷々と里無瑠を連れて合流しなければならない。

 冬士郎はそう考えていた。

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