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78、星界の栞

 朱水家の屋敷本丸の二階の屋根から氷の階段が上へと続いている。その先にある部屋の中に二人の少女が身をすくめるようにして座り込んでいた。蒼い庭園から逃れてきて朱水家に現在かくまわれている里縷々(りるる)里無瑠(りむる)の姉妹だ。

 くり抜かれた窓から一面に藍色の氷が広がっているのが見渡せる。階層で言えば三階部分だ。所々にはここと同じような氷の部屋が見える。それは二階建ての建物の屋根の上にここと同じように氷の階段で繋がっている部屋だった。それ以外は敷地内を天井のように覆う氷の平面だった。その更に上には曇り空が見える。まだ昼過ぎで今にも雪が降り出しそうな空だった。

 氷属性魔法七番【氷室(ひょうしつ)】の同位改変【藍銀世界(フローズンシティ)】。神楽や作場浩二も持っていた薄暗い氷で階層を作る魔法スキルだ。同位改変スキルは全ての定型技能にそれぞれ一つ繋がっており、御力を持つ者だけがそこにたどり着けば使うことができる。前提となる定型技能の習得もその条件となる。

 部屋の中には家具が持ち込まれていた。壁際に二段ベッドがある。反対側にはソファとコーヒーテーブルがあり、上に人形が置いてあった。


「ウデいたい」


「大丈夫か」


「う、どうして私たちだけこんな目に」


 隣で冬士郎が里縷々の右腕を確かめる。赤く腫れ上がっていた。そのそばで里無瑠が涙を零し始めた。


「困ったな。奴ら何を考えているのか」


「慶一の応援が二人ほど見えました、詠唱の文言を解いていないようで獣の姿のままでしたが」


「慶一に伝えたらいいんじゃないのか」


「いえ、やはり他所の国を巻き込むのは得策じゃない。俺たちだけで何とかしてみましょう」


 そばで駆が言う。星界(バーチャワールド)がまだ不完全だったころから、冬士郎は里縷々と里無瑠の二人から聞いていて知っており、中に入り飾蒲生の手勢を牽制していた。ところが完成した途端、術者本人であるカミラを含めた蒼い庭園の者たちに突然、狙われ始めた。理由はわからなかった。今も話し合いに向かおうとした里縷々と里無瑠を聞く耳も持たず迎え撃ってきたのである。


「今度は俺たち二人で行くか。お前たちはここで待機していてくれ」


「わかった」


「気をつけて」


 冬士郎は床に座り詠唱を始めた。駆もそれに合わせる。


 ――対岸の地底から湧く木々の産声、一刻の魂、河鹿躍る清流の、星界に通じる門、岸辺に開かれる。


 風が吹き抜けたかと思った後、二人は意識を失った。里縷々と里無瑠はただ黙ってそれを見守っていた。

 気がつくと辺りは夜で、二人はあの荒地帯の場所にいた。風がそよぎ、湿った土のにおいが漂っていた。とても架空の場所だとは思えない。手で触る地面の感触や、体に当たる風も現実そのものだった。空には月が浮かんでいる。


「お待ちかねのようだな」


 右手の崖下にニ、三人の人影が見える。蒼い庭園だ。


「カミラ・ダリルはいるか! 伝えたい話がある!」


 冬士郎がそう叫ぶと、相手は無言のままで、その声に応えるかのようにして人が集まりだした。

 おそらく灰灯(パイロット)を使い、人を集めているのだろう。十人前後の人影が集まった。冬士郎の声に応えてくる様子はない。


「戦うつもりのようですね」


「……」


 すると辺りに一陣の風が吹き抜けた。後方から二つの影が近づいてきた。里縷々と里無瑠だ。元のままの人の姿をしている。


「馬鹿、半分で来いと言っただろ」


「だって」


「心配だったんです」


「リターンがきつくなるから気をつけろ」


「翼人も連れてきた方がよかったですかね」


「いや、その必要はない。あいつには万が一のことを考えて残ってもらっている。こうなったら奴らを直接捕まえて話を聞くしかないな」


 架空世界での戦いが始まる。

 このとき遠く離れた場所で一部始終を見据える一人の不吉な人影の姿があった。

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