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74、スキル訓練

 宿舎はギルド本部のすぐそばにあった。門を通り、中へと入ると中庭に桜の木が並んでいるのが見えた。正面に三階建ての大きな棟があり、いくつもある窓には障子が閉められている。カーテンがかかっている部屋も見える。寮棟のようだ。中庭を囲んだその隣には二階建ての本部建物があった。まずはそこに入り手続きをする。本部建物には一階に食堂と大浴場があるようだった。つくりは和風だ。入ってすぐの事務室の向かい側の隅に座敷の部屋があり、談話室と書かれている。本棚や床の間までがついているようだった。

 宿泊費は毎月月末に精算されるとのことだった。宿を取るよりは余程安く済みそうで安心した。

 部屋は空いている好きな部屋を選んでもよいと言われたので二階の部屋にした。渡り廊下を歩いて寮棟へと向かった。階段を使って二階へ上がる。奥の隅の部屋が借りた部屋のようだった。途中で扉が開いている部屋があり、中からラジオの音が流れてきていた。誰かが中にいるようだ。宿舎は木造でギルド全体のものらしく、中には冒険者だけではなく協会で働く事務員なども泊まっているとのことだった。

 部屋に入ると正面の障子窓に夕日が差しているのが見えた。部屋には座卓と本棚、備え付けの食器棚と襖があった。襖の中の収納場所には布団が入っていた。まるで旅館のようにも見える。床は畳敷きで六畳間だった。畳には煙草の焦げた跡が付いていたがそれ以外は綺麗で掃除されているように見えた。

 窓のすぐ下には池があった。その先には中庭が広がっている。しばらくはここで落ち着いて暮らせそうだ。本棚には前の住人が置いていったとみられる小説やら辞書やらが仕舞われていた。また同じように壁には下着姿の女性の写真が貼ってあった。ポルノ雑誌か何かの切り抜きだろうか。夕食と風呂を済ませ、慶一は明日のスキル訓練に備えた。


 翌日、宿舎の裏の訓練場に由瑞と空丸がやってきた。


「今日は俺も暇だから一緒に見てやるよ。どうだった、ここの住み心地は」

「結構快適です」

「そうか、一応俺も部屋だけはあるからどこかで会うかもな」

「空丸さんもここに泊まってるんですか?」

「いつもじゃないよ。ちなみに深山もここは一緒だ」


 深山はまだ怪我が治らず帰還してないということを聞いた。口女での出来事を思い出した。もうずいぶん昔のことのように思える。


「ところで、お前は井黒の由緒ある家柄の人間なのだろう。冒険者登録は白井のままでいいのか? 祖国なわけだろう」

「俺の故郷は月乃です。だから白井が祖国です」


 慶一はきっと井黒の者たちもそれをわかってくれるだろうと思った。駆たちは特に深くは要求もしてこなかった。だから何となくそう思っていた。


「そうか、お前がいいなら構わないけどな」

「そろそろいいか」


 由瑞が後ろから声をかけた。スキルの訓練を早く始めたがっているようだ。二人も由瑞の方を向き、訓練場の隅でまずは説明を受けることにする。


「ではまず定型技能(プラクティス)の原理を簡単に説明する。定型技能は物理スキルとそれ以外のスキルに大きく分けて考えられる。魔法スキルはそれ以外のスキルに含まれる。物理スキルにはそれぞれに内功到達点というものがあり、そこに達して初めてスキルが発動される。内功到達点とは内側に宿る意気や意欲のことだ。雑にいえば破壊衝動ともいえる。それぞれの到達点を超え、それが高ければ高いほどそのスキルは威力が上がるから使い手によって同じスキルでも強さが異なる場合もある」


「内功到達点……」


「お前の自由技能(ディスオーダー)も発動原理は同じはずだ。だから感覚的に内功到達点は理解できると思う」


「俺の明後日(アサッテ)も同じだ。体の中で気が漲るような感じだな」


「次に、これは源力使いの間でしか知られていないことだが、それ以外のスキルにはSキャストとLキャストというものがある。通常使われるのはSキャストで源力の持ち主だけは少し高めの集中力と源力を使ったLキャストを放つことができる。効果や持続時間が別次元になるものが多い」


「それは知りませんでした」


「とりあえずSキャストを放てるようになってもらいたい。もう一度空箱(ブランク)を試してみよう。これより簡単なスキルはないからな」


 そう言うと三人は芝生の上に座った。落ち着いて何も考えずに意識を集中すれば発動できるだろうと言われた。まず最初に空丸が手本を見せてくれた。


 芝生に座り、背筋を伸ばし、目を閉じた。しばらくして辺りの気配が少し変わったのがわかった。周囲の雑音が一切耳に入らなくなった。座っている地面にまるで吸い付くように重みを感じ、それ以外の力が抜けた。やがて、空丸が半眼になるとさらに空間は凄みを増した。地面に吸い込まれそうになる一方で、大地から何とも言えない高揚感が湧き上がってくるのだった。それはまるでどんなことでもできないことはないと思えるほど前向きな高揚感だった。空気が澄み渡っていた。


「すごい……」

「これが空箱(ブランク)のLキャストだ。俺がやってもまあ似たような感じだ」


 そう言うと由瑞はやってみろ、と慶一に向かって言った。

 慶一は目を閉じた。


「……」


 二人はただ黙ってその発動を待った。

 やがて五分ほど経過する。慶一が何も考えずに意識を集中していることは外から見てもわかったが、どういうわけかスキルは発動しなかった。


「本当に発動しないんだな」

「……物理スキルを試してみよう」


 慶一が発動させないという意思を持たない限りは発動しないわけはない。二人はそう思っていた。この場で発動を拒むことはないだろうということもわかっていた。やはり慶一には定型技能の適性はないのかもしれない。


「体術の殴殺をやってみよう。内功到達点はそれほど高くない」


 三人は今度は訓練場の外れにある杉の木の前にやってきた。


「よく見ていろ。普通の殴りがこうだ」


 ゴッ、という音を鳴らして杉の幹を殴りつけた。木は揺れもせず、傷もついていない。


「次にスキルが入るとこうなる」


 ドシン


 杉は大きく揺れ、葉が擦れてパラパラと落ちてきた。


「これが殴殺だ。ただの殴りだな。お前の炎陣の要領で炎陣を使わずに殴ってみろ。しっかり内功を意識してな」

「わかりました」


 慶一は呼吸を整え、木の幹に向かって意気を込めて殴った。


 ゴン、という鈍い音を上げて殴っただけだった。見ていると慶一の拳が傷つきそうだ。スキルは発動する気配もない。


「おかしいな」

「もう一回やってみろ」


 ドシィィン……


 ゴゴゴゴゴ、という轟音と共に今度は木も大きく揺れた。


「それは炎陣だな」

「う~ん。やっぱり定型は無理なのか」


 どうやら慶一はやはり定型技能は覚えられないらしい。何か原因があるのかもしれない。ということになったが二人にはその原因はわからなかった。

 慶一ほどの御力なら定型技能を覚えた途端に同位改変になりそうな気もする。やはり御力が関わっているのかもしれない、とのことだった。

 結局、スキル訓練はこの一日で終了となった。戦力だけなら炎陣だけでも十分だろうということだった。

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