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外伝2、夜の訪問

 その日、王宮の訓練場で入団試験は行われた。団員との立ち合いだった。お互いに木剣が渡される。

 団長であるアーレスも見守る中、入団試験は行われた。


 ここに来るまでの間に、ルッツは木刀を使って自分なりに訓練を積んできた。山に入り、素振りを行ったり剣の型などを自分なりに工夫した。しかし、自分で一番成果を感じられたのは、あの不思議な感覚だった。リィナのことを思い、山賊たちに襲われたときの感覚を再現すると、ルッツは自分でもわからないまま、かなり難度の高い空箱(ブランク)のLキャストを放っていた。山の中で、背の高い樹木から落ちる枯れ葉をその落ちる気配だけを的確に捉え、木刀の刃を当てていった。後半には野に潜む獣ともいえるほどの境地へとたどり着いていた。


 団員はまだ若い長身の男だった。木剣を構え、出方を探っている。訓練を始めてから、人間を相手にするのは初めてのことだった。ルッツは目を半眼にし、全身の力を緩め、あの感覚を探った。緊張はしていなかった。

 リィナの姿を思い出し、空箱(ブランク)の状態に入る。山にいたときと同じ感覚をここでも再現することができた。辺りが静まり返る。自然な構えだった。木剣を青眼に構え、あまりに力の抜けた構えに、相手は隙を感じて打ち込んできた。ルッツは相手の打ち込みに合わせ、足を右へ移し、体を僅かに捻ると木剣を柄本で受け止め、巻き込むようにして剣を振り上げた。

 相手の木剣は上空へと跳ね上がり、ややしばらくして乾いた音を立てて地面に転がった。一瞬の出来事だった。剣技でいうところの霞ノ太刀である。

 相手は負けを認めると、一礼して後ろに去った。


 アーレスはただ黙って試合の様子を見ていた。下がっていいと言われ、ルッツは控室へと戻った。今日の試験にはルッツの他にも何人かの入団希望者がおり、同じように試験を終え、座って待っているようだった。見渡したところルッツが一番若いように見えた。

 しばらくして現れた係りの者に結果は後日伝えると言われ、その日は家に帰ることになった。


 家に戻ると心配そうにして待っている妹の姿があった。


「おかえりなさい」


 小さな平屋の家だ。入ってすぐの居間に妹のベッドがある。今日は顔色がいいようだ。

 あの山賊との一件以来、ルッツは自分に何かできるような可能性を見つけ、表情が少しだけ明るくなった。それに合わせてリィナの表情も穏やかで明るいものになった。今日の試験も多少心配はしたものの応援してくれた。二人は生きるための新しい希望を見つけたようだった。リィナにも体に少しでもいい影響が出ればいいとルッツは思った。


「今、薬をやるから少し待っててくれ」


 そう言うとルッツは台所で薬草を煎じ始めた。

 そのとき突然、木戸がノックされる音が聞こえた。誰かがやってきたようだ。

 外はもう日が暮れかけており、薄闇に包まれようとしている。いったい誰だろう――。

 ルッツがドアを開けると、そこには意外な人物が立っていた。

 アーレスだった。


「あ、あなたは……!?」


 身なりからしてかなりの身分の人間であることはわかったが、実はこのときルッツはアーレスの姿をまだ見たことがなかった。昼間の御前試合でも目の前の相手のことだけで精一杯で周りを見る余裕はなかった。


「昼間はご苦労だったな。アーレスだ」

「アーレス様!?」


 ルッツだけでなく、奥にいるリィナも驚いて口を開けて見ている。名前だけはリィナも知っていたからだ。


「何で、こんなところへ」

「何、王族と言っても結構暇なのだ、上がってもいいか」


 ルッツは訳も分からないまま部屋の中へと促した。


「質素で落ち着いた部屋だな。こういう家も悪くない」

「あ、あの。何もおもてなしは……」


 そう言うとそんなことは気にしなくていいという風に奥の方へと黙って入っていった。


「ほう、妹がいるのか」

「あ、はい。リィナと言います」


 リィナはただ黙って頭を下げた。何も訳が分からないままアーレスを見上げている。


「暗いな」

「あ、今明かりを」

「待て」


 ランプに明かりを入れようとしたルッツを制止すると、アーレスは両方の掌で照明魔法(ライト)をつくった。


「ほら、これでいいだろう」


 それを一つずつルッツとリィナの手元に渡してやった。かなり強い光を放つライトだった。


「すごい」


 魔法を初めて見たリィナはしばらく手に宿った暖かい明かりを眺めていた。


「何をしておった?」


 台所で火かかかっているのを見てアーレスが問いかけた。


「あ、そうだ。忘れてた」


 慌てて火を消した。かまどの上で湯が沸いていた。


「薬草か」


 アーレスが台所へと入り、ルッツの手元を覗き込んだ。


「妹に飲ませる薬です」

「……」


 怪訝そうな顔でそれを見ていると、アーレスが一言言った。


杏甘草(きょうかんぐさ)だな。これはまずい」

「え?」


 何がまずいのだろう。ルッツは急に不安になった。今からこれを妹に飲ませるところだった。


「杏甘草は葉の部分は確かに薬として有効だが、根に毒がある。だから根まで煎じてはいけない」

「!?」


 言われてみれば、確かに薬屋の店員に、煎じるのは葉にして下さいと言われたのを思い出した。しかし、冬の間に採れた杏甘草は葉の部分がまだ弱く、薬として心配だったため、根も効くんじゃないかと思い根まで湯に入れてしまっていたのだった。根には毒になる成分があり、火にかけるとトリハルニトと呼ばれる物質に代わり、体内に蓄積して有毒だという。


「危ないところだったな」

「少し飲ませてしまいました」

「少しくらいなら大丈夫だろう。入っているのは微量だ。長い間飲ませ続けなければ大丈夫だ」


 それを聞いて安心したルッツは申し訳なさそうにリィナを見た。何を話しているのかわからずにこちらを見守っている。


「冬の間はあまり採れないから、秋までに採り溜めして乾燥しておくとよいだろう。それでも足りないときは薬屋で買うしかないな」


 アーレスはこちらの事情を察するように言ってきた。アーレスに教えてもらわなければ大変なところだった。改めてルッツは礼を言った。


「あの、今日、こちらへはどのような用件で」


 おそらく昼間に行われた入団試験のことについてだろうとは思っていたが、ルッツは思い切って尋ねてみた。


「今日の試合を見て、一つ気になったことがあった。お前はあれだけの動きを見せながらどこか試合中、終始上の空に見えた。意識はどこか別のところにあるかのようにも見えた」

「……」

「だが、今日ここに来てそれがどういうことなのか何となくわかった。お前は妹のために戦っているのだろう」


 源力は冒険者たちの一部の中ではよく知られている。しかし、羅気はまだほとんどよくわかっていない。内功到達点を極端に引き上げる羅気という存在をアーレスは聞いたことはあったが実際にその使い手を見たことはない。それを昼間の戦いの中でルッツの中に見たのだった。


「お前はおそらく合格になる。最年少だが、よろしく頼むぞ」


 それからしばらくアーレスはルッツの家に残り、晩飯を食べて帰っていった。スキルのことについてもほとんど無知だったルッツに気さくに話して教えてくれた。リィナもすぐに打ち解けたようで色々な話をした。リィナは王宮での貴族たちの暮らしなどが気になっていたようだった。意外にもアーレスは本当に王宮では暇なようだった。しかし、これから忙しくなるかもしれない、と最後にそれだけを言った。


 

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