外伝、思う心
寒さの残る冬のある日、ルッツは一人、山に薬草を取りに来ていた。体の弱い幼い妹のために、はじめは町の薬屋に薬を買いに行っていたが、手元に残るお金も心もとなくなり薬屋の店員に教えてもらい自分で薬草を取るようになっていた。まだ十五歳の頃である。
山道をかき分け、薬草を探し当てる。どうにか今日の分は十分に集まったようだ。山を下りていく途中で犬の鳴き声が聞こえてくる。麓にある木こりの小屋の前までたどり着いた。木こりは外に出て背を向けて山の方を見て立っていた。犬が鳴いているがルッツの姿には気付いていないようだった。木こりの小屋をそのまま通り過ぎた。山を下りると開けた平野に出て、所々に田んぼや畑が見える。あぜ道を歩いて行く。畑仕事をしている者の姿もなく、人通りも見えない。間もなく日が暮れるころだ。西の空が赤く染まりかけている。
しばらく農道を歩いていると靄が出てきた。辺りは視界が悪くなり、近くの百姓家の家の屋根が薄暗く霞んで見えるだけになった。左手には靄の先に川の流れる水音だけが聞こえてくる。
――早く帰ろう。
ルッツがそう思ったときだった。
突然、目の前を人影が横切った。靄の中から姿を現わしたのは質素な服に身を包んだ山賊の一群だった。いつの間にか囲まれている。それぞれが手に匕首を持っていた。鉄の棒を持っている男もいる。
「何だ、ガキか」
男の一人がそう言った。
「どうします?」
「見られたからな。やるしかない」
背筋が凍りつくような思いだった。見る見る顔が青ざめていく。山賊に襲われた――。
取り囲んでいるのは四、五人だったが、逃げることはできない。ルッツは死を覚悟した。
「とりあえず、俺がやる」
正面の頭目と思われる男がそう言うと、周りの男たちは身構えたまま一歩下がった。
男は匕首を構えたまま右足を前に出すと、一気に詰め寄ってきた。
シュ、ドン
突き立ててきた匕首を寸でのところで躱すと、そのまま相手のみぞおちに蹴りを入れた。男が後ろに倒れそうになりよろめく。
「ちっ、このガキ」
「はあ、はあ」
たったこれだけの動きで息が乱れている。緊張で体が硬直してくる。咄嗟に動いて避けることができたが、次も上手くいくかどうかはわからない。目の前を死がよぎる。
「親分、全員でやっちまいましょう」
「待て、ガキ相手にそこまでする必要はない、俺がやる」
相手の声が伸し掛かってくる。自分を殺すための言葉だ。死ぬ――。
生まれて初めて死を意識した。
もう間もなく死ぬ。死んだらどうなるのだろう。感じたことのない恐怖が全身を支配した。
お兄ちゃん――。
そのとき妹の声が聞こえた気がした。
リィナ――。
俺が死んだらお前はどうなるのだろう。
ひとりぼっちだ。
誰も助けてくれない。
そばを通る人が皆通り過ぎていく。
誰も立ち止まってくれない。
リィナ――。
誰か止まってくれ、助けてくれ。
誰も見向きもせず、リィナは死ぬ。
駄目だ、俺は死ねない。
妹の笑う顔が思い浮かんだ。
リィナが帰りを待っている。
俺が帰らなければ。
お兄ちゃん――。
ゾォ
声に応えるように体の奥から羅気が湧いた。
俺たちは死なない。
静かに背負い籠を下ろした。
籠を下ろしたとき、気づかれないように棒枝を手に掴んでいた。
気配が急に変わったのを見て、男が突っ込んでくる。
ブン――ザッ
大振りの匕首が繰り出された。俺はそれを屈んで避けると相手の懐に入り、木の棒を男の首に突き刺していた。
貫通するほどの威力で突き刺した、血が溢れ出る。
男が地面に崩れ落ちるのを俺は鬼のような形相で見下ろしていた。激しい怒気だった。
あまりの気迫に勝ち目はないと悟った男たちが慌てて逃げ帰っていく後ろ姿が見えた。
俺はその日、初めて人を殺めた。しばらくの間、体の中を湧き上がる高揚感が消えなかった。
籠を背負い、俺は急いで帰路についた。大分遅くなってしまった。妹が心配して待っている。
今日の出来事は妹には話さない。妹はいつものように安堵の色を顔に浮かべ、俺を出迎えた。
「帰りが遅くなった」
「おかえりなさい」
あれから不思議な感覚は、リィナのことを思うだけで再現できるようになった。
重心が沈み、心が澄み渡り、周囲のことが手に取るようにわかる。何とも言えない高揚感が湧いてくる。誰と戦っても負ける気はしない自信があった。
源力と空箱だった。
俺はその年の春、薬草集めよりも金になるだろうと思い、bodの入団試験を受けるために王宮へと向かった。




