69、戦争終結
あれから一週間たった朝。アーレスはあの後、処置を施され病室へと移った。マチュアは幸い内臓の損傷もなくどこにも怪我もなく無事だった。
アーレスの病室に一人の老人が訪れた。
「アーレス様。あなたとエリオス王の右腕の掌に埋まっていた石の正体がわかりました」
「聞かせてくれ」
男は王宮抱えの医師でもあり、外地の未開領域にも詳しい学者でもあった。
「どうやら魔物の眼球のようです。レッドサーペントという外地に生息するとても希少な魔物のものです。獰猛な性質で、まさか人間の体に入り込み影響を与えるなどとは知りませんでした。眼球は二つとも割れており、もう害はありません」
「そうか。それを聞いて安心した」
「送り付けたという飾司祭については糾問するのがよろしいかと思います」
「そのようにしよう」
男はそれだけを言うと部屋から出て行った。
病室は三階にあった。個室だが一般の病室だ。早急の処置が必要となり近くの病院に移された。窓の外から中庭が見下ろせる。冬枯れの景色に浅く雪が積もっている。
昼過ぎになり、病室の外が急に騒がしくなった。誰かが来たようだ。
部屋がノックされ、やってきたのは団員たちだった。
「アーレス様。見舞いに来ました」
「お加減はいかがですか」
「もう心配はない」
そう言うとヴィンセントは持ってきた林檎の皮を器用に剝き始めた。
「お前たちにも世話をかけたな」
ヴィンセントとアゼルの後ろでマチュアがただ黙って立っている。アーレスの包帯で巻かれた右腕を見て泣き出しそうな表情になる。
「アーレス様。本当に申し訳ありませんでした、私がだめなせいで」
とうとう涙を零し始めた。
「あーあ、泣かないって意気込んでたのに。やっぱりこれだ」
「ごめんなさい」
アーレスはそんな二人を見てただ笑っていた。
「みんなにも迷惑をかけた。戦争は終わりにする」
こうしてこの年の十二月三十一日。白井国との間で終戦協定が結ばれ、戦争終結が公式に表明された。
森羅国はドメインの解除と領土制限を受けることとなり、アーレスの戦争責任はエリオス王の死によって免れることになった。
しばらくした後、森羅国にはこの戦争をきっかけとして冒険者ギルドが作られるようになる。外地を見据えたうえで、冒険者の育成はやはりどうしても必要になるからだ。
しかしまだ問題は解決していない。全ての災いの種である飾蒲生が依然、杳として森羅の国内に居座っている。世界の秩序を危殆にみちびくその存在を、一刻も早く排除する必要があった。
アーレスは窓の外を眺めた。遠い空のどこかに、掴みどころのない暗い雲が立ち込めているのを感じた。
「あの、アーレス様……」
マチュアが思い詰めたような様子でうつむいている。
「どうか、もうお一人で思い悩まないで下さい。私たちにはアーレス様が必要です。危険なことにはお願いですから身を晒さないで下さい」
アーレスの考えを見透かすかのようにかけられた団員の声に思わず押し黙った。
「アーレス様。俺たちもできることなら何でもやります。だから、一人で戦うことはやめて下さい」
「わかった。お前たちに心配かけることはしないと約束しよう」
改めて部屋の中を見た。飾り気のない病室に消毒薬の匂いがする。右腕の先にはもう何の手応えも感じない。片腕の自分にできることはもう少ない。ルッツからの報告を思い出した。
底の見えない力を持った白井を始めとした異国の冒険者たち。やはり他国に助けを求めるしかないのかもしれないと思った。




