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68、赤い光

 広間の中が静まり返る。食事中、アーレスは一切喋らず、食事も口に運ばずにテーブルだけを見つめていた。重苦しい空気の中で全員が後片付けをし始める。アーレスに合わせて全員がゆっくりと食事をとっていたがそれでも限界がきた。聖堂は宿舎にもなっており、寝泊まりしている者もいれば通ってくる者もいる。そろそろ帰り支度をし始めるころだった。

 皆アーレスの状態が心配だった。アーレスの話が聞きたかった。アーレスは貴族然とした佇まいながらもどことなく家庭的で女性的な柔らかい雰囲気を持っており、戦争中も皆の気持ちを和ませていた。そんなアーレスが今は見る影もなくしてしまっている。それでもアーレスは皆にとって上官以上の特別な存在だった。

 何人かが動かないアーレスを心配して再び席に着く。帰る者もなかなか帰る準備に取り掛かれないでいる。自然と全員の意識がアーレスへと向いた、そのとき、アーレスが口を開いた。


「戦争をを、継続する」


 テーブルを凝視したまま、はっきりとそう言った。

 場の全員が愕然とした。エリオス王の次はアーレス王子が。誰もがそう思った。


「……」


 アーレスは無言で立ち上がると、広間をぐるっと回り、何故かルッツの前へとやってきた。何かを告げるのだろうか。全員が次のアーレスの行動に注視した。するとアーレスは突然、椅子に座ってこちらを向き、立ち上がろうとしたルッツを思い切り蹴り倒した。


 ダン、という音と共にルッツは椅子ごと床に倒れた。場がどよめいた。何人かの団員は思わず立ち上がった。アーレスは周りには目もくれず倒れたルッツを尚も蹴り続けた。異様な光景だった。アーレスは激しく、荒々しく衝動的に蹴り続けているように見えた。まるで何かに取りつかれてしまったかのようなその姿に全員が青ざめた。


「アーレス様! やめて下さい!」


 咄嗟にヴィンセントがアーレスを抑えかかった。しかし、もの凄い力で抑えることができない。


「誰か! 手を貸せ!」

「くっ、何で。ルッツばっかり」


 その後、数人がかりでようやくアーレスを抑えることができた。アーレスは息一つ乱さずにルッツを一瞥すると、また元の席へと戻っていった。


「翌日。戦ン争を再開する」


 独り言のようにそう呟くと、また元のテーブルへと視線を合わせた。アーレスの前にだけは、まだ片付けられていない食事が並んでいた。


「ルッツ、大丈夫か」


 ルッツは無言で起き上がるともう一度自分の席についた。一体、何がアーレスを変えてしまったのだろうか。どんなに考えてもわからなかった。ルッツの頭の中にあるのはエリオス王の自死の姿だ。アーレスを失うわけにはいかない。何としても原因を突き止めなくてはならない。


「あれ?」


 そんなとき、団員の一人が声を上げた。隣に見慣れない黒い人影が座っていた。それは団員の誰とも違う人影だった。


「え、誰?」


 その声に気づき、団員たちが一斉にそちらを見た。見たこともない黒い影が席にひっそりと座っているのだった。


「な、何だ?」

「誰だ、お前は」


 団員たちが声を上げると、黒い影は静かに立ち上がり、笑みを漏らした。


「俺ハ聖人。梵天ダ」


 甲高い機械音のような声が響いた。酷く不快な響きだった。それだけでこれが敵であることは充分に理解できた。全員が身構える。


「コザカシイアーレスヨ。俺ノプレゼントヲ受ケタヨウダナ。愚カナ者タチヨ。聖夜ノ晩ニ皆殺シニシテクレヨウ」


 ゴッ


 音もなく近づいたルッツが鷹揚な仕草で広間の中央に向かっていた梵天に殴打を入れた。


 ダアン


 梵天は殴り飛ばされ、広間の隅へ転倒した。


「プレゼント、ってのは何だ」


「クック、活キノイイ犬ガイルナ。イイゾ、ソレグライデナイトオモシロクナイ」


 梵天は起き上がると前屈みになり、掌を合わせた。

 次の瞬間、もの凄い重圧が場に降り注いだ。全員が床に突っ伏した。


「きゃあ」

「ぐっ、何だ」


 真上から外門スキルが降り注ぐ。全員が床に倒れ、身動きができなくなった。


「サテ、ドレカライクカ」


 梵天は掌を合わせたまま床にうつ伏せている一人の団員の前に来ると、屈んで団員を見下ろした。


「ヤハリオ前ダナ」


 梵天が選んだのはマチュアだった。梵天はマチュアの真上で立ち上がり、掌を合わせ念じ始めた。

 マチュアの周りの気配が歪み、空間が重くなる。単体に向けた外門スキルのようだった。


「内臓ト骨ガ折レルゾ。オ前ノ望ム光景ダロウ」


 梵天はアーレスの方を眺めた。アーレスはただ一人椅子に座ったまま、マチュアの姿を見下ろしている。


「ア、アーレス様」

「マチュア! 大丈夫か!」


 団員たちはマチュアを助けに行こうとするが外門スキルに逆らえない。


「ルッツ、頼む」


 ルッツだけが外門スキルに逆らい、何とか姿勢を保っているが、膝をつき、立ち上がることができない。


「う、げほっ」

「マチュア!」


 このままではまずい。全員がそう思ったときだった。アーレスの顔に笑みが零れていた。アーレスの周囲には見たことのない霧が立ち込めていた。

 もう終わりだ。全員がそう思った。マチュアは意識を失った。



 暗い意識の底にマチュアはいた。ほんの僅かな時間だった。このまま意識が戻らずに私は死ぬ――。

 そんな予感がしていた。

 父は北の国へ渡った冒険者だった。しかし、任務の途中で命を失った。何かの争いに巻き込まれたようだった。マチュアは争いごとが嫌いだった。母と二人では食べていけず、困っていたところをbodの事務員として採用された。体が丈夫ではなく、働けない母と二人で何とか暮らしていくことができた。

 また戦争が始まってしまう――。

 やっと戦争が終わりかけたのに。どうしてこんなことに。何とかしたいのに、マチュアの力では抗いがたいことだった。体が痛い。もうすぐ死ぬ。

 アーレス様。ルッツにヴィンセント、アゼル、団員のみんな。みんなで平和に暮らしたかった。

 ごめんなさい、アーレス様。


 団員たちの離れていく背が見えた。一人、また一人、背を向けて離れていく。

 誰にも助けられない。私はやっぱり、終わりなんだ。


「終わりではない」


 そのとき、聞き覚えのある優しい声が心に響いた。


照明魔法(ライト)を」


 ライ……ト?


 声に導かれるまま、マチュアは瀕死の体で照明魔法(ライト)を唱えていた。

 折れかけた腕の中にあった微かな光を、優しく包む掌が見えた。

 その上に覆いかぶさるようにして、覗き込むアーレスの顔が見えた。


「全く、世話をかける」


 優しく微笑むアーレスがスキルを繋ぎ、マチュアを襲う外門スキルを相殺していた。


「ア、アーレス……様」


 そのとき団員たちが見たのは、アーレスを包んでいた霧が爆発し、アーレスの右腕が宙に吹き飛んでいた光景だった。

 アーレスは右腕の上腕骨幹部から先を失っていた。

 さっきまで座っていた椅子の辺りに右腕が落ち、のたうち回っているのが見えた。不気味な生き物のようだった。右腕の掌には赤い光が同じように不気味に光っているのが見えた。


「アーレス様!!」


「オオオ!!」


 ゴ、ゴンッ


 アーレスがマチュアを助けた姿を見たルッツがこれまで出すことができないでいた羅気を放ち、源力を爆発させ梵天を粉砕した。

 場を覆っていた重圧が綺麗に晴れていくのがわかった。


「やった!」

「マチュア! 大丈夫か」


 全員がマチュアとアーレスの元に駆け寄る。


「ごめんなさい」


 思わずマチュアは泣き出した。全員がそれを見て安堵した。

 アーレスは急いで止血と応急処置がなされ、何とか二人とも一命は取りとめたのだった。



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