67、街降祭
その日は昼過ぎから雪が降り始めていた。十二月二十四日、バンビ教の創始者、フリル・バンビの降誕を記念する祭の日である。エリオス王が歿して終戦の気配が強くなっていた国内は、穏やかさを取り戻し、こうして今年も降誕祭を迎えることができた。民の誰もが心優しいアーレス王子に戦争の意思はないと考えて疑わなかった。
昼から慌ただしく団員たちが大広間で作業をしている。テーブルや椅子をどかし、中央に据えたモミの木に飾りを施している団員がいる。エリオス王が亡くなってからすぐにアーレス王子の指示で停戦が申し出された。白井もそれを受け入れ、戦争の指揮がエリオス王からアーレス王子へ移ったことで終戦に向かうことが予想された。
「なあアゼル。アーレス様の姿が見えないがどうしたんだ?」
買い出しから帰ってきたヴィンセントが部屋の中にいた団員に尋ねた。
「昨夜からずっと部屋に籠られたままだ。今日の報告に行っても返事がなかったらしいから、何かお調べものでもしているんじゃないか」
隣でツリーに照明魔法を一つずつ作り、健気に乗せているマチュアがいた。その横でルッツがやや深めに詠唱し、オレンジ色の照明魔法をつくっていた。
「すごい。綺麗ね」
Lキャストで放たれたオレンジ色の照明魔法を白い明かりに混ぜて飾っていく。数時間で消えてしまうのが難点だが、電飾の人工的な明かりよりも柔らかい光を放つそちらの方が綺麗だった。外では暖炉用の薪を割ったり、降り積もった雪でゆきだるまを拵えている団員たちもいる。少し前まで漂っていた戦争中の重苦しい空気はすっかり晴れて見えた。団員たちの表情も明るい。
「よかったな、マチュア。こんなこと言っちゃ不謹慎だけど」
「うん。戦争は辛いもの。スキルはどうせならこうして楽しいことに使った方がいいわ」
奥で食事の支度をしていた団員が次々と料理を運んできた。外では日が暮れ始めている。
「さて、アーレス様をもう一回呼びに行くか」
「待て、俺が行く」
そう言うと、ルッツが一人その場を離れ、アーレスの執務部屋に向かっていった。
テーブルの上にたくさんの料理が並べられ、部屋にもささやかながら飾り付けがされていた。暖炉ではパチパチと火が弾ける音が聞こえている。
団員の一人が空箱を丁寧に唱え、場を清め始めた。辺りが少し静かになった。外では雪が音もなく降り続いている。
そのとき、突然廊下の奥から激しい音が鳴り響いた。
ドン、と言う音の後に扉が閉まる音がした。団員たちが急いで向かうと、そこにはアーレスの部屋の扉の反対側の壁に背を預け、倒れているルッツの姿があった。その目の前にはアーレスが屹立していた。
「ア、アーレス様……何を」
「ルッツ! 大丈夫か」
駆け寄った団員に大丈夫だと告げると、ルッツは目の前のアーレスを見上げた。アーレスは冷ややかな目で見下ろしていた。それはとてもこれまでのアーレスからは想像もつかないような表情だった。
「何ンでもない……」
僅かにどもるような声でアーレスが言うと、団員たちは再び静まり返った。
「ア、アーレス様。お料理の支度が整っています」
「イま行く」
アーレスはそれだけを言うと、ルッツから目を逸らし、廊下を歩いていった。
団員たちはただ呆然とそれを見送っていた。
広間に辿り着くと、アーレスは料理が並べられているテーブルの、隅の方の席に静かに腰かけた。
その異様な光景に、広間にいた団員たちは恐る恐る声をかけた。
「あ、あの、アーレス様。お席はどうぞ、こちらの方へ……」
しかしアーレスは動かなかった。目の前のテーブルの何もないところをただ黙って見つめていた。
困惑する団員たちの元へルッツたちが戻ってくると、そのままでいいという素振りをして食事が行われた。ルッツは頬が僅かに赤く腫れており、殴られた跡のようだった。
空気は一転して、重くなった。アーレスに一体何が起きたというのか。ある者はエリオス王の豹変振りが頭をよぎった。
静まり返った広間には薪が爆ぜる音と、静かに灯る照明魔法の暖色だけがひっそりと浮かび上がって見えた。




