65、約束
白井紫苑街区、第三ギルド支部。
三階、支部長室前。ある男が部屋を訪れ、扉をノックする。扉には「五」の番号が貼られている。
「入れ」
部屋の中から男の声がすると、扉を開けて中へ入った。
「総長……。何の用です」
部屋を訪れたのは白井白亜街の市長、飾五十六だった。
「お前に頼みがあってきた」
そういうと五十六は扉を後ろ手に閉めてそこに立った。
「……そこに座って下さい」
「いや、ここでいい。すぐに終わる」
五藤露九戊は応接用の椅子を勧めたが五十六は部屋の入り口に立ったまま動かない。
「私の不在中、梅子のことをよろしく頼みたい。あいつはまだ若い」
「それは私に頼むことではないでしょう。雪代恵がいるではないですか」
「まだ経験が浅い。五藤家の後ろ盾がなくてはこれから白井は存続できないだろう」
「……何故、そんなに弱気になるのです。飾家側のドメインは有能揃いでしょう」
「飾蒲生を知っているだろう」
「飾蒲生? 森羅のバンビ教のですか?」
「そうだ。とうとう天体観測の状態に入った」
「天体観測?」
「ブリルエネルギーと連結できる状態だ。御力がある一定まで溜まると可能になる」
「どうなるというのですか」
「連結できるエネルギーは微量だが御力を集める必要も、もうなくなるはずだ。やつは御力の使い手を根絶やしにしようとしている。髄家を恨んでいるからな。梵天も手の施しようのないところまで届こうとしている。今回の戦いも火種を作ったのはやつで間違いない」
「どうなさるおつもりですか」
「飾家の長として止めにいかねばなるまい」
「地盤固定は飾梅子がやるのですか」
「それしかない。だからお前の力が必要なのだ」
「……私は反対です。あなたが動く必要はない」
「もう後戻りはできない。頼むぞ」
「……」
そういうと五十六は扉を開け、部屋を出て行った。
露九戊はそれを確認すると壁際に寄った。
「芽留。聞こえるか」
「はい」
「部屋の傀儡の準備を整えておけ」
「承知しました」
とにかく戦争を早く終わらせる必要がある。露九戊は十三年溜めた傀儡の起動準備に入った。
白井は昔から地震の多い地盤を持つ国だった。長年に渡り総長である飾家の血筋の者が外門スキルでそれを抑え、国土を安定させてきた。まだ慣れない梅子がそれを担うには精神的な負担も大きすぎる。他の仕事が一切できなくなることにもなる。副市長の雪代恵と二人だけではとても維持できないのは露九戊の目から見ても明らかだった。
窓の外から日暮れの空を眺めた。もう間もなく夜になる。
天体観測――。
誰もが見上げる同じ夜空から、無限に力を引き出せるというのだろうか。
果たしてそんなことが本当に可能なのだろうか。
空を見上げても掴みどころのない虚空がどこまでも広がっているのみだった。
露九戊にはとても蒙昧な夢想のようにしか思えなかった。




