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59、夜の帳

 王都がある奈落市の最北端に朱水家の屋敷がある。敷地は塀で囲まれ空には黒い雲が一面を覆っており、敷地内は昼でも夜のように暗かった。


「俺は顔パスだから。次からはお前も一人でも大丈夫だろう」


 南側の門から中へと入る。門番は何も言わずに二人を中へ入れてくれた。


「冬士郎様に会えるか?」


 駆が門番に尋ねると彼は笑いながら答えた。


「ご主人様は、おはじきの最中ですよ」


「そうか、じゃあ仕事部屋だな」


 そう言って、暗闇の奥へと入っていく。

 所々に街灯があり、真下を照らしていた。中はかなりの広さだが、明かりが少なく把握しづらい。敷地内だけで一つの町になっているようにも見える。


 しばらくは駆が先を行き、その後を慶一がついて歩いていた。

 不規則に点在する街灯と同じように斑に木が茂っているのが見える。それは真っ暗闇に不気味な生物のようにそびえ立っていた。常緑樹だったり落葉樹だったり、手入れされていないかのように見えた。

 辺りに人の姿はなく、静まり返っている。


 やがて二人は一つの建物の前で歩みを止めた。二階建ての建物だ。

 敷地内には高さは二階建て分の空間しかなくその上には黒い雲が覆っていて空は見えない。太陽だけが昼間は月のようにぼんやり白く見える。

 建物は他にもいくつも見えるが全て二階建てまでのようだ。


 引き戸を開いて玄関に入る。すると、奥の方から声が上がる。


「ああ、そこで待て」


 声の主がどうやら、井黒の現王、朱水冬士郎のようだ。

 少しして、奥から一人の若い男が現れた。

 黒の作業着を着て少し息が上がっている。奥で何かをしていたようだ。


「またお守りですか、ご苦労なことです」


「お前ほどではないだろう、俺はここから動けんのだから」


 駆が敬語を使って話している。相手が井黒の王で間違いないようだ。


「そっちが慶一か。本当に久しぶりだな。懐かしいぞ。義一も元気なようだな」


 やはり自分のことを知っているようだ。しかし、初めての相手に言葉は見つからない。


「武兄そっくりだな、それも懐かしいな」


「でもご覧の通り、ここにいた頃の記憶はないようです」


「まあ、無理もないだろうな。戦いの真っ只中だったから」


 冬士郎の左頬にライフルスコープのような痣がある。ここに来てすぐのときは赤く滲んでいたが、時間が経ってそれが黒くなっていた。何かのスキルの効果だろうか。


「まあ、ゆっくりしていってくれ。飯も準備させてやる」


 長く歩いてきて日も暮れかかっていた。どうやら宴会になるようだ。

 どうしたものかと悩んだが断るわけにもいかず、ここでも流されることにした。


 服を着替え、場所を変えよう、と言われ後をついていく二人。冬士郎はくたびれたトレーナーにデニムのズボンという王らしからぬ恰好で出てきた。上にどてらを羽織っている。駆は下と同じ濃緑色のジャケットを着ている。慶一は月乃を出たときから黒のシャツと作業ズボンのみだ。ここに来るまでの道中は流石に寒かったが、この敷地内はそれほど寒くない。少し遠くで焚き火をやっているのが見える。冬の間はあのようにして火を焚くらしい。周囲に結構な人が集まっている。事務係や官女たちのようだ。

 案内された場所は敷地内にある食堂だった。料理はすっかり準備されており、奥の座敷へと案内された。いつも二人で酒を酌む際も利用している場所だという。

 慶一と駆の向かいに冬士郎が座る。好きなだけ飲んで食えと言われ、次々と料理が運んでこられた。


「お、ユキマスだ。魚が美味いんすよね、ここは」


「全部美味い。酒も飲めるだろう?」


 この世界には飲酒に年齢制限はない。もし飲みたければ子どもでも飲める。しかし慶一には飲酒の習慣はない。月乃村では酒は貴重だった。


「もちろん飲めますよ。な、慶一」


 そう言って濁り酒を一気に呷った。


「いや、お前じゃないんだが」


 料理もすっかり準備されていたということは、駆が周知させてくれていたのだろうか。翼人もあまり驚いた様子はみせなかった。

 隣りにいるまだ出会って間もない男が、もうずっと前からの付き合いのように思えた。


「あの黒い雲は何なのですか?」


 最初に来たときから気になっていたことを尋ねてみた。


「同位改変というスキルだ。俺のではないけどな」


「お姫さまがいるんすよね」


 どうやら黒い雲は敵の外壁を防ぐためのものらしい。黒い雲の中では外壁が弱くなるとのことだった。


「お守り、というのは何ですか?」


「何だ慶一、質問ばかりだな。もっと楽しそうに飲め、ほら」


 駆は一人、燗酒に手を出している。酌をするが慶一はあまり飲まない。


「お守りっていうのは冬士郎さんのスキル攻撃だよ。バックグラウンドで飾蒲生と戦っている」


「俺にできることは他にない」


 そう言うと冬士郎はポケットから敷島を取り出し、一本くわえて火をつけた。室内にたばこの煙が香る。


 初めて会う二人なのに何年も付き合っているかのように場は馴染んだ。言葉がなくてもそこに座っているだけで心が通じるようだった。無言が心地よかった。きっと覚えていれば懐かしさもひとしおだったのだろう。

 冬士郎がたばこをふかし、駆が運ばれてくる酒をちびちび飲んでいる。


 駆は少しでも敵を弱体化させるために最前線である蒼い庭園に出向いて戦っていた。

 蒼い庭園は井黒のさらに西側、外地にあるらしい。


「さて、そろそろ帰るとするか」


 酔っ払った駆に言われて席を立とうとすると。


「今日はここで寝ていけ。今から宿を探すのは大変だろう」


 冬士郎に泊まっていくようにと勧められた。


「いいんですか? ではお言葉に甘えるか。なあ、慶一」


 結局、最後まで流される形になってしまった。申し訳ない気持ちが段々募ってくる。


「風呂屋があるぞ。ひとっ風呂浴びて今日は終いにするか」


「おい、知美。俺は仕事に戻るから、二人の面倒見てくれ」


「はあい」


 給仕の若い女が二人の寝床の準備までしてくれた。

 こうして井黒での二日目の夜が更けていった。

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