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58、王者の風格

 一度、駆とは別れ、その日は街の宿に泊まることにした。初めてギルドカードで泊まれるタダの宿だ。そこは二階建ての畳敷きの宿だった。一階の食堂で軽く夕食が取れた。

 生まれ故郷のはずなのにその実感はあまり湧かなかった。二階の部屋の窓辺に寄りかかって街行く人たちを眺めていた。もうすっかり暗くなっているため、手には照明魔法(ライト)を浮かべている人が多い。

 光属性魔法九番【蛍光(ライト)】。学校に通わなくても、暗がりの中で目を凝らすようにして集中力を高めるということを何日かやっていれば覚醒できることも多い。最初は身体全体が薄く発光し、それを手のひらに集めることで光源をつくる。

 同じように火気(ファイア)は体中に沸かせた熱を手のひらに集めてつくる。

 何でも構わないから一つでもスキルを覚えてくれ、と慶一は義一に頼まれた。そうすれば繋いで外壁の攻撃を肩代わりすることができた。しかし、慶一は拒んだ。結局一人でずっと抱え続け、最後には義一の小刀を持ち出して山に入り、自害を試みたのだった。義一に発見されたときは手首や首に切り傷をつくり、血も大分失っていた。もう何もしないでいいから、どうか生きていてくれ。義一に泣いて頼まれ、そこで初めて自分がしたことを後悔した。その出来事で運良く外壁も破壊できたようだった。それからは義一と幼い朱里のことを何より大事にして生きていくことを誓った。

 通りを照明魔法(ライト)を手に持って歩く人を見下ろしながらそんな昔のことを思い出していた。


 弟がいる――。

 駆が言っていたことだ。自分に血の繋がった家族がいる。しかし、それをどう受け止めたらいいのか、慶一にはわからなかった。この年になるまで全く記憶にない人間のことだ。それはおそらく相手にとっても同じことではないのだろうか。

 何を話せばいいのかもわからない。駆が吾妻の家に連れて行ってくれるというので彼に任せておけばいいだろうと、このときは特に何も考えなかった。


 翌日。宿の近くの公園で待ち合わせをすることになっていた。

 宿を出て公園に着くと東屋で鳩たちに餌をやっている駆の姿を見つけた。パンくずのようだ。


「おはよう。感動のご対面だな。もう少し気楽にしてていいぞ」


 どうやら緊張しているのが伝わったらしい。

 二人は上田の街を出て、王都のある北を目指した。


「こういうとき、車があると便利なんだろうけどな」


「クルマ?」


「知らないか? 昔はあったんだよ転がして早く移動できるっていう機械だ」


 路是法ができて車は、生産、開発が禁止になった。慶一は話でしか聞いたことがない。


「さあ、もうすぐ着くぞ」


 やがて、二階建ての少し大きめの民家が見えてきた。どうやらここが吾妻家の実家らしい。もっと大げさな館を想像していたが、普通の家とそんなに変わりがない。

 玄関のドアをノックすると小さな女の子が出てきて迎えてくれた。


「お客さまですか? いらっしゃいませ」


「よう、恵美。翼人に会いにきたんだが」


「いらっしゃいますよ。どうぞお上がりください」


 そう言って、恵美と呼ばれた少女は二人を家の中へと案内する。


「こいつは侍女の恵美だ。正確に言うとこいつの母親がここで雇われていて、その娘だ。住み込んでいるんだよ」


 慶一が疑問に思っているであろうことを説明した。

 二人は階段を上り、二階の書斎へと案内された。


「どうぞ」


 部屋の中から男の声が響いた。恵美がドアを開ける。

 中には長い髪を後ろで結んだ若い男が立っていた。年は慶一と同じくらいに見える。


「こいつがお前の弟になる、翼人だ。今年で十七歳だ」


「初めまして、ですね。兄上」


 翼人と名乗るその男は落ち着いた口調で慶一に向かって語り掛けた。しかし、慶一は何と言っていいのかわからないようでただ黙っていた。


「確かに武兄いによく似ている」


「そうだろう。雰囲気がそっくりだ」


 井黒の焔という二つ名で各国に畏れられた井黒の前王だ。


「私はお顔が見れただけで十分ですよ。冬士郎さんにも挨拶されれば、喜ぶと思いますよ」


 緊張している慶一のことを察してか、これでもうかまわないと翼人は慶一と話すことを遠慮した。


「そうだな。冬士郎にも会いに行きたいな。まあ会いたくなったらまたいつでも会えるし、実家はこの辺でいいか」


 慶一の意見も聞かずにどうやら今度は王様の元へ挨拶に行くようだ。

 流されるまま、慶一は従うことにした。

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