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53、対決

 小雪が舞う空の下で二人が並んで歩いている。


「深山は、一人で来たの?」


「いや、三人で来た。別行動してる」


「そっか……」


「どうかしたか?」


 急に暗くなった少女の様子を見て深山が尋ねる。


「……私、お嫁に行くんだ」


「嫁?」


「役場で働いてる人。良家の長男だからお前にはもったいないくらいだって」


「そうか」


「でも私、行きたくない。まだ子どもだよ。何もできない」


「少しずつでもできるようになっていくさ」


「……行きたくない。あのまま死んでもいいって、少し思ってた」


「……」


「生まれてこなきゃよかったって」


「茜、お前の人生なんだからお前の好きなように決めたらいいよ」


「……」


「この三次元空間で、動き方、生き方は無限にあるんだ。与えられた百年足らずの時間、自由に好きなようにそれをやっていい、人間にだけ許されたことだ」


「そうなの?」


「ああ、お前なんてまだ十年と少しだろう。好きなだけ色々できる」


「……うん、考えてみる」


 やがて街路の隅に「中央街」とかかれた標識が見えてきた。

 それまでの住宅街から、商店や工場なども目にするようになってきた。


 その中の「菊池製麺所」と書かれた看板の工場の前で茜は止まった。


「ここ、お父さんとお母さんのいる工場」


「入ってみよう」


 二人は事務室を通り抜け、工場へと入って行った。

 床は濡れており、厨房機器のいくつかが蒸気を上げてまだ動いている。しかし、人の気配はない。どうやら作業のそのままで逃げ出したようだ。


「いないな」


「うん」


 きっと避難したのだろう。深山はそう言って、やはりこのまま市長の館へ向かうことを決めた。

 ここまで深くまで入り込んでは逃げ場もない。茜もこのまま連れていくことにした。


 市長の館は中央街に入って間もなくのところにあった。

 二階建ての大きな建物だ。屋根の上には真っ黒な雲が覆っており、さらにその上にあの外壁の顔面が垂れ下がっていた。


 中へ入ろうと玄関の前に来ると、扉に張り紙が貼ってあるのを見つけた。


 【魔女の館】と書いてある。


「何だ? これは」


 気にせず、そのまま中へと入る。

 すると玄関の一段高くなっている部分にいくつかの人形が倒れているのが見えた。白木の人形だ。突然その一体が起き上がり、動き出す。

 人形はステップを踏んで踊り始めた。かと思うと動くのを止め、床に倒れ、別の人形が起き上がり躍り出す、というのが何回か続いた。


「……何なんだ、これは」


 最後に三角帽子を被った人形がクルクルとその場で回ると倒れ、それきり人形はどれも動かなくなった。


「誰が動かしているんだ? 歓迎されてるのか?」


 茜も不思議そうに見ている。動きの様子からして動かしているのは一人のようだ。

 人形の動かし方には一人が一体の人形を精巧に操る直参と、木偶(パペット)の同位改変でだけ使用可能な二体以上を漠然とした方向性だけを込めて操る自動運転の外様という二種類がある。


 突然三角帽子の人形が起き上がり、深山に襲い掛かってきた。

 直参だ。

 胸ぐらを掴み、背負い投げの態勢を取ってきた。


「ぐっ」


 深山は人形の細い腕を掴み踏みとどまった。投げられてはまずい。そんな気がした。


 人形の胴の部分に札が貼ってある。「藤敦美」と書かれてある。

 背中から投げられると衝撃(クリティカル)が入る。体術ディスオーダー【十字架落(じゅうじかおとし)】だ。


 そのまま足を払って人形を倒した。


「このッ」


 左腕の関節を取って破壊した。これでもう投げられないだろう。

 人形は立ち上がるとふらつき、覚束ない足取りのまま深山の前に来ると、急に体勢を立て直し、そのスキルを放った。


 殴殺。


 ドンッ


 腹部に思い切り入れられた。思いもよらなかった攻撃にガードが間に合わなかった。体が浮く。

 胸ぐらを再び右腕で掴まれ、背負わされた。


 ダンッ


「ぐはっ」


 しかし、深山は咄嗟に体を捻った。背中ではなく僅かに半身の体勢になった。

 衝撃(クリティカル)は免れたが殴殺のダメージが結構効いたようだ。背中から落ちていたら内臓を破壊されていたかもしれない。


「くそ」


 腹を抑えながら起き上がり、構える。

 慶一は躊躇っていたがそんな余裕はない。

 破壊するしかない。


 人形はふらふらしながら深山に近づいてくる。

 定型技能(プラクティス)まで使うとは思わなかった。ならこちらも――。

 深山は人形の動きに合わせて内功を高めた。

 そしてそれを近づいてきたところに浴びせる。


 呪殴殺――。


 どどん


 間接攻撃の仁王殺と直接の殴殺を同時に当てる。

 深山はタイミングの難しいスキルが得意だ。


 人形は胴部が激しく破壊され、札が取れた。

 そのまま動くのを止めた。どうやら倒したようだ。


「はあ、厄介な人形だ」


「大丈夫?」


 後ろで茜が心配そうに見ている。


「大丈夫だ。先へ行こう」


 そう言うと二人は玄関を抜け、次の部屋へと向かった。

 ところが玄関から次の広間に入る扉の前にはまた張り紙が貼ってあった。


 【幻聴の砦】と書いてあった。


「次は何だ」


 深山が疲れの混じったような声で言う。


 中に入る。

 すると初めてこの街に来たときにも聞こえた、男女の泣き叫ぶ声や雄叫び、絶叫などが激しく聞こえてきた。

 また幽霊のような人影も無数に行き来している。

 よくわからないが外壁による影響の一つなのだろう。


「酷いな。大丈夫か?」


「うん。苦しい……」


 体にダメージはないが心地のいいものではない。早く通り過ぎよう。

 そう思って広間の窓を見ると、そこにはまた別の張り紙があった。


 【王の間】。


「完全に遊んでるな」


 どうやら窓の先の中庭がそうらしい。

 二人で窓を開け、中庭へと下りる。


 周囲を見回すと、倒れている人影がいくつも見える。

 どうやら口女の冒険者たちのようだ。どれも息はあるが打ち身の跡が酷く残っている。戦闘で受けたダメージのようだった。

 倒れている人影の中に見知った姿が見えた。空丸だ。


「おい、大丈夫か。しっかりしろ」


 空丸もどうやら気を失っているらしい。


 そのとき、突然背後で音が鳴った。


 ザ、ザ、ガコガコン


 何かが近づいてくる音だ。深山は腰に差していた包丁を抜いた。

 ナイフを街の入り口で折ってしまったため、その代わりに台所から拝借していたのだった。


 どうやら相手はまた札付きの人形のようだ。


 【画竜点睛(ガリョウテンセイ)】。

 単独でいるとき戦闘能力が跳ね上がる。冒険者集団、牙能徒の団長である尾形冬牙のディスオーダーだ。

 作場庭二郎の札でおそらく先に殺されていたのだろう。


 単独で威力の上がるスキルだ。まだ誰も知る者はいないが、おそらくこの世で最も怖ろしい組み合わせになる。


「茜は下がっていろ」


 そう言って包丁を構える。相手はまだ攻撃をしていない。まるで何かを試すかのように身構えている。嫌な予感がする。

 暴れ狛犬(バリアント)は使いたくなかった。守らなければいけないものを抱えている状況だ。しかし選択の余地はない。この局面で戦力となるスキルはこれしかない。


「オオオオオ、ガガガガがッ」


 躊躇っている暇はない、早くやらなければ、こちらには外壁に外門スキルと寒さと、抱えているものにきりがない。


 ブン――ガッ


 人形に飛び付き、腕の関節部分に刃を突き立てた。そのまま抉り取ろうとする。すると――。


 ゴッ、という音と共に深山は家の壁に殴り飛ばされた。


 攻撃というよりは何かを嫌がっているかのような動きだった。しかし今の深山には冷静に分析する力はない。

 すぐさま起き上がると、再び同じ部位への攻撃モーションに入ろうとする。そのとき。


 ドンッ


 人形の姿が膨れ上がり、重量が増したように見えた。次の瞬間――。


 ドゴォ


 衝撃(クリティカル)。敵のクリティカルが深山の胸部に命中した。吹き飛ばす威力は殺している。まだ何かを試しているようにも見えた。肋骨を折られた深山がその場で崩れ落ちる。


「深山ッ!!」


 霞む視界の先に茜が泣いているのが見えた。涙をこぼしながら駆け寄ってくる。

 すまない、守れなかった――。


 薄れゆく意識の中でそばに立つ人形が両手を広げて空を仰ぐ姿が見えた。あの鷹揚な仕草だ。そしてそれに続くのが。


 ボウアンドスクレープ。


 まるで命をいただく前の儀式のようだ。


「やめて!!」


 茜が深山との間に割って入り、庇うようにして叫ぶ。

 しかし人形は止まらない。何人もの命を奪ってきている。女であろうと子どもであろうと差別はしないようだ。


 大振りで拳を振り上げた。深山ではなく、狙いは茜のようだ。目標目がけて振り下ろされる。

 遠くで声がする。


 これで、いいんだよな――。


 真っ暗な部屋の中だった。

 一人の男が下を向いて立っている。


 ゴオオオオオ


 ガゴオ……ン


 そのとき、黒い人影が割って入った。


 人形の右打ちを同じく右拳の殴打で弾き返した。黒い炎を纏っている。慶一の御力タキオン炎陣だ。


「木偶野郎」



「慶一……」


 深山が顔をもたげると、慶一の背中が見えた。


「誰……?」


 深山や茜の声には答えず、静かに歩き出す。人形は大分後ろに弾き飛ばされていた。


「今日はお日柄もよく、顔面ときどき雪だ」


 よろけて姿勢を崩していた人形を見下ろす。


「そして粗大ゴミの日だ」


 ドゴオオオオオオオンッ


 そう言うと何一つ憚ることのない全力の殴殺。そのまま殴り飛ばした。


 ゴ、ゴオオ


 再度、人形を焼き払った。

 しかし、攻撃を受ける寸前で人形は自分で札をはがしたように見えた。ダメージを受けることと敗北を何とか免れたようだった。

 黒い炎に焼かれる人形を、この場にいる全員がただ呆然と見ていた。

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