51、伸ばした手
ゴオオオオオ
人形が慶一の炎に焼かれて燃えている。
体の負荷がなくなったことに気づいた深山が慶一の方を向いて言う。
「さっきまで苦しかったのが飾家が持つ外門スキルというやつだ。この人形が原因ではないのなら軽くなったのは炎だな」
炎属性は特別だと梅子から聞いていた。その答えが今わかった。外門スキルを浴びることなど滅多にないからだ。
「少し待っててくれ」
そう言うと深山はそばの民家に入り、台所から柄の付いた鍋を持ってきた。何冊かの本も抱えている。
「俺はこれで火がつくれる。お前はスキルがあるから大丈夫だろう」
そう言って鍋に入れた紙くずを【炎属性魔法九番】で燃やして火を起こした。
「やっぱり火が軽くするみたいだな。俺はこうやって適当に燃えるもの拾っていくから、別行動しよう。その方が早く見つけられる」
「わかりました」
そう言って二人は別れた。
「日が暮れたらあの入り口に戻ろう」
深山は中央街を目指し、慶一は周りで人がいないかを探すことになった。
舗装された街道を歩いて行くと、前方の遥か彼方に黒い雲が見える。おそらくあそこに原因となる何かがあるのだろう。
風はないから火が消えることはないが紙だとすぐに燃え尽きてしまう。深山は油とぼろきれで火を起すことに決めた。
二、三冊の本を灰にして歩いてきたから、それでも大分街の中まで入ってきたことになる。深山は近くにあった三角屋根の家に入った。
玄関から土足で上がり、台所を物色し始めた。
「燃料と食用油、どっちがいいかな」
そんなことを言いながら台所で菜種油を見つけると鍋一杯に注いで、さらに今度は居間から燃えそうな衣類を探し始めた。
すると突然――。
「だれ?」
背後から声が聞こえた。
「どろぼう?」
驚いて振り向くと、そこには女が立っていた。
人がいた――。
あまりの出来事に呆然としていると、女は泣き出しそうな顔をして深山を見上げてきた。
「あんた、誰だ」
年は慶一と同じくらいだろうか、女は表情を変えずただ立ち尽くしていた。咄嗟のことに思わず気の抜けた返事をしてしまった。
「泥棒……」
確かに泥棒だ。緊急事態だと言うことだけしか頭になかった。あと人がいないであろうということも。
「くつ」
泣き出しそうな顔のまま女は深山の足元を見て言った。
「ああ、わるい、ちょっと待っていろ」
深山は慌てて靴を脱ぐと緊急事態だということを言い聞かせ、手元の鍋に火を入れた。
ボオオ
さっきまでより勢いのついた炎が上がる。
空間が楽になり、少女の緊張が少し緩んだ。
「あなた、だれ?」
とりあえず自分から状況を説明しないといけないようだ。
しかし、そのとき――。
「……っ」
等欠損の症状が現れた。
今まで慣れ親しんだ者とばかり行動を共にしていたため忘れていた。
今は一人だ。そして目の前に赤の他人がいる。
「すまなかった」
そう言って後ろを向くとそのまま立ち去ろうとした。
「……」
少女はまた俯くと泣き出しそうな表情になった。
「お前、今までどこにいたんだ?」
火のことだけは教えておかなくては、そう思った深山が尋ねた。
「部屋で寝てた」
「暖房はどうした」
「え? ないよ、燃料ないもの」
「何故、避難しなかった」
「だって、父さんと母さんが帰ってくるもの」
どうやら両親の帰りを待っているらしい。とうとう少女は泣き出した。
その瞬間、深山の身体から力が抜けるのがわかった。
苦しくなくなった――。
涙を零す少女を前に立ち去るわけにはいかない。両親はもう先に避難している可能性もある。
「わかった、では両親を探しに行こう。ここには書置きをしておけばいい。お前、名前は?」
「たむらあかね」
「俺は深山卓だ。冒険者だ。この状況の原因を探りに来た。何か知っていることはないか?」
少女は首を振るばかりだった。気がつくと空間が病んで全員避難したらしい。
等欠損が消えたのは何故だろう。心情的なものが関係あるのだろうか。このことについても深山は確かめたかった。
深山は出会った少女を連れ、中央街へと向かうことに決めた。
あの人形に出くわさなければいいが――。
空は灰色で小雪がちらつき始めていた。




