47、代償と枷
二日遅れで牙途へ到着した。
検問所は空だった。
緊急時だ、このまま入ろう。
そう言って二人は牙途の南端、口女へと足を踏み入れた。
空丸がいる――。
二人が街に入る理由はもはやそれしか望めなかった。
検問所の奥の控え室で確認した通行記録には空丸の名前が確かに記されていた。入国時刻と他に入国者がいないことも確認できた。
一晩で着いている。二日も経ってしまった――。
事が終わったか、もし何かあったときはここで待つようになっていた。
空丸の姿はない。
控え室の壁は血で濡れていた。その下に濃緑色の防寒着を着た男が倒れていた。ガードマンには見えない。控え室の外には戦闘の跡がある。
深山の話では男の身につけられていた印章は特殊部隊のものらしい。
微かに残る足跡は男のものと、もう一つは人間のものではないように見える。
空にはあの外壁が張り付いていた。
しかし、規模がまるで違う。それは街一面を覆い尽くすほどの大きさだった。
街の中はまるで地獄のようだった。空気が全て鉄の塊のように重い。源力の出力を上げるごとにその負荷は減少したが、この状態では一晩もつかわからない。そして極端に寒い。
周りで時折悲鳴が上がっている。若い男と女の声で、悲鳴というよりは断末魔の叫び声のようなものだった。現場で上がっている声ではないらしい。どこかから聞こえてくる声だ。
ときどき目の前に人影が現れる。生気は感じられず、亡霊のように俯いたまま横切っていく。幻のようだった。
空の顔面が見せる幻覚だった。
「スキルというよりは、呪いに近いかもな」
「……」
「誰がやっているかはわからない。番長以外の飾家を俺はほとんど知らない。あの空の顔面も俺にはわからない」
「……飾家」
「とにかく、空丸を探そう。一般の人間はもうここで生きていない」
しかし自分たちも力が底をつくまで長くは持たない。
二人は火が打ち消す力を持つことをまだ知らない。
そのとき――。
ひゅん
「慶一!!」
ゴッ
――ダンッ
十字路に差し掛かったところを突然左の道から何かが滑り込んできた。
左側を歩いていた慶一と衝突する瞬間、それは殴打を浴びせてきた。
雪道に倒れ込む。
「大丈夫か!」
「くっ、何だ?」
源力をまといながら歩いていたおかげで対応が間に合ったようだ。慶一は起き上がるとそちらに向き直る。
ガッ、ガッ、ガクガクン
間接を不自然に動かしながらそこに立っていたのは真っ黒い木の人形だった。
「牙途は人形による工芸品の盛んな国だ。死兵もこの国でつくられたものが多い」
「死兵……?」
慶一が今まで相手にしたのは白木の人形だった。倒すのは簡単だった。義一が見ている中、戦闘訓練のように相手にしてきた。
しかし、これはどう考えてもそれとは違う。源力がなければこうして立てなかった。
「片付けるぞ」
深山はそういうと体を斜めにして構えた。
詠唱が入る。
半月を見上げる貉、鬼を葬る角を曲がる――。
ドゴンッ
――ズズ
守りを一瞬だけ限界まで高め、それを受け止めた。
深山はこの手の瞬発能力が高い。
反対にタイミングが掴めなかった人形が吹き飛んでいく。
三番布陣スキル【反鬼門】。
対峙する両者に同等の衝撃が繰り出され、受けきれなかった方に一定時間の拘束が入る。
深山はそのまま行動不能になっている人形の元へ歩きながら短刀を取り出し、同位のスキルを即刻で放った。
暴れ狛犬。
しかし、その直後――。
「深山さん!!」
――!?
ガキンッ
慶一がそれを咄嗟に制止した。集中が途切れ、刃が弾かれる。
深山は正気に戻り、折れた刃を捨て、一度身を引いた。
人形は拘束が解かれ、ゆっくりとその場で起き上がる。
「何だ、どうした」
「すみません、あの人形……」
攻撃をしてはいけない――。
慶一はただそう感じた。よくわからない、何かの抵抗が働いた。まるで雑草を踏むのを躊躇うような、大声を上げるのを憚るような、そんな取るに足らない些細な抵抗だったが、一瞬だけ湧いた。
しかしそれは見過ごしてはいけない。慶一は全力で止めた。
「……わかった。何かからくりがあるようだな」
深山は意識を集中させ、左手を地面に付けた。
【黒鞭】の派生スキルのための源力をそこに集める。一人では絶対使えないスキルだ。
人形の動きが突然鈍くなる。
それに入れ替わるように慶一の源力が跳ね上がる。
【暗黒鞭】。
あらゆるスキルの発動を防ぐ。スキルの種類を問わず、補助スキルも含まれる。その代わり自身は手を塞がれ、対象も一体に限られる。
「オオオオオオッ!!」
炎陣の爆発音が灰色の空に木霊した。
『さあ、行け』
『時間がありません』
月の声が、遠くから届いた。
『壱』
「オオオオオ、弐ィーーーーっ!!」
ゴオ
義骸が吹き飛び、雪の上で炎を上げて燃え広がった。
「代償付き」と呼ばれる義骸。
そのうちの一つ、作場庭二郎の札を完全に焼き払った。
上空では不気味な顔が二人の姿をいつまでも見下ろしていた。




