5、壊し屋
洞窟の中で目を覚ますと外は明け方で微かに光が差し込んできていた。
周りを見ると平らな場所で寝かされており、上着もかけられていた。体を起こすとすぐ隣にいた朱里がそれに気づき、慶一の顔を見上げた。随分と疲れた顔をしている。
「……大丈夫?」
立ち上がろうとしてふらつく姿を見て朱里が言った。声が少し震えている。
よく考えたらずっと真っ暗な洞窟の中で気を失った自分のことを見ていたのだ。相当怖かったのだろう、と慶一はそのとき思った。
「帰ろう」
体に力を入れて立ち上がり、朱里の手を取って起こそうとすると上手く立てないようだった。どうやら朱里の方が消耗しているようだ。冷えきった手を見て無理もないだろうと思い、上着を着せるとそのまま朱里を負ぶった。
「ごめん」
慶一の背中でそう言うと、やがて朱里はそのまま眠ってしまった。
洞窟の外に出ると山の中は僅かに湿り気を帯びていて、辺りには霧がかかっていた。夜の間に少し雨が降ったようだった。
こういう日は魔物に出くわす確率も高くなる。しかし、慶一の中にその不安はなかった。
背中で身を預けている朱里を起こさないようにしながら、帰りの山道でもその戦陣は途切れさせないようにしていた。
あの光と声はもう聞こえないが、夢の中で引き上げたスキルの感覚だけはまだ体に残っていた。どんな魔物が現れてもそれを消される気はしなかった。
家に着くと朱里の父が庭先で薪割りをしていた。二人を見て状況を把握したようだったが、彼も疲れたような顔で「銅貨二枚持って朝帰りか」とだけ言った。
「あとでやります」と言ってそのまま家に入ると、慶一はその平屋の一室のベッドの上に朱里を寝かせた。
窓際でミントがそれを出迎えた。今日は薪割りを手伝うことになっていたんだった。
遠くなる意識でそれを確認すると、慶一もそのまま床で眠ってしまった。
窓の外で声が聞こえてくる。
「義一さん、風吹いたな」
庭にいる朱里の父に向かって女性が声をかける。
「そうみたいです」
「あの青年がそうなのか」
まだ若い、眼鏡をかけた学者風のその女性は薪割り斧を片手で掴み上げながらそう言った。
朱里の父、狩野義一は元は退魔師だった。
退魔師は、仕事の内容は冒険者に似ているが、監督する機関はなく、ある傾向を持った生業を仕事にしているような者たちのことを人々はそう呼んでいた。彼らに共通するのは、その不思議なスキルの獲得スタイルだった。学校や訓練などを経ずに、ある日突然、それも何故か未登録のスキルを覚醒してくる、という離れ業を行うのだった。しかし、その内容には犯罪染みたものも多く、中には罪人として捜索されている者も少なくない。
彼らは基本的に単独で行動するが、こうして隠れるように繋がり合っている者たちもいる。
若い女は斧を振り上げながら言葉を続けた。彼女も退魔師だ。
「離れないといいけどね」
ガッ、――パシャ
女が斧を振り下ろすと、周辺に水の膜ができた。
それはまるで家の周り全体が大きなシャボン玉で包まれたみたいだった。
「ありがとうございます」
義一がそう言うと、女は斧を置いて薪束を一つ掴んで持って行った。
水の膜を通り抜けると手にしていた薪と衣服が少し濡れた。本物の水のようだ。
大量の水を実際に作り出すスキルは水属性の中でも僅かしかない。
しかし、これはそのどれとも違う。
この世界には定形スキルと自由スキルがあるが、その区別を知っているもの自体がほとんどいない。
多くのものはスキルと言えば長い年月をかけて修得するものであるという風に学校でも教えられている。
しかし、その概念を根底から覆すような技能習得を見せるものがたまに現れる。
彼らはそのスキルを持つことで学校からは異端児扱いされることが多い。何故ならそれは未登録であるため、スキルであると気づかれないことも多いからだ。
女は名前を西村葉子といい、この町の学園の教師でもあった。
朱里に少しだけ、師事したこともある。
義一はまだ若い頃にあるスキルを覚醒し、冒険者になった。
それは、西村もよく知っているスキルだった。
「午後は楽できそうだな」
そう言いながら空を見上げると、すっかり晴れた空に太陽が水面越しに輝いて見えた。
どうやら回復効果のあるスキルのようだ。
義一は割った薪を拾って束ねると、奥の薪棚に仕舞ってそのまま家に入って行った。