45、空と鈍間
気がつくと床の上で寝ていた。傍では火が焚かれていた。
そのすぐ隣に順一がいた。
どうやらまた、助けられたようだ。
「……痛てえ」
軋むような体の痛みを堪えながら空丸が起き上がる。
順一は何も言わずにそれを見上げた。
順一も大分消耗しているようだ。
残量を確認する。
残っている力は半分以下だ。痛みや怪我を抱えていると回復も遅れる。
窓の外はまだ暗い。長い時間は寝ていない。
あの人形が気になる。順一は多分ここにくるまでに遭遇はしなかったのだろう。街を覆うこの外門スキルと関係があるのだろうか。
目的がわからないと対策も立たない。何故襲ってきた、そして何故見逃したのか。
「あの家で待てと言っただろう」
「……」
順一は無言で空丸を見上げると、また目の前のストーブの方を向いた。
家にあった衣類と空丸の松明を使いここまで来たようだ。黒く焦げた木の棒が床に置いてあった。
窓の外では街灯が断片的に明かりを落としているのが見えた。大部分は停電の状態のようだ。実際この家も明かりはつかない。
順一は疲れた顔でストーブの火を見ていた。
夜が明けるまでは外に出ない方が無難のようだ。
そのとき――。
コン、コン
玄関のドアがノックされた。
一体誰だ?
「空丸さん……」
順一が小さな声でそう言いながら、首を横に振った。
――出てはいけない。
おそらく、あの人形だ。街の人間ではない。
ノックする音は迷いや遠慮など欠片も感じられないほど不気味な響き方だった。
「ずっといたのか?」
順一は何も言わず、ただ黙ったままうなずいた。
家の周りにずっといた――。
コンコン、ガチャガチャ
またドアがノックされ、今度は開けようとしている音が聞こえてきた。
やはり逃がす気はないようだ。
情報の整理をしなければならない。
目を覚ますまで待っていたのには理由があるはずだ。おそらく順一ではなく自分との戦闘に用があるのだろう。途中で力が跳ね上がったのが気になっていた。それと関係があるのかもしれない。
どちらにしろ致死レベルの攻撃を入れられている。つまり敵であることに変わりはない。そして、人形から情報を引き出すことはできない。
要するにやるべきことは破壊しかない。破壊すれば目的など関係ない。後で検問所の男を問い詰められればいい。
戦闘中でもこうやって考えてしまう、悪い癖だ。
やることは一つだけだ。
空丸は裏の窓から外に出た。
雪は止んでいた。外門スキルは相変わらずだ。場力を高めればある程度は無視できる。空丸は静かに屋根に上った。
気配を殺し、玄関側に回る。屋根は雪だらけだ。落とさないように気をつけなければならない。
そのままゆっくりと進み、身を屈めて軒下を確認する。
ドアの前で黒い人影が立っている。あの人形で間違いない。
見渡すと、辺り一面真っ白だった。全員避難しているとは思えないほど穏やかな景色が広がって見える。
街灯だけが部分的に白い地面を青く照らしていた。足跡は一つもない。この家の周りだけが戦闘と人形の歩いた跡でひどく荒れている。
空丸は覚悟を決めた。
こいつをやると、しばらくは戦闘できない。
空丸は、明後日を一瞬で全開まで引き上げ、右腕に力を込めた後、そのスキルを充填させた。
六番銃技【射殺】。
五感を全て捨て、その間の攻撃が全て衝撃になるほど集中力が極限まで高まる。
通常、この技は遠距離で用いられる。近距離で使う場合は一瞬で切り替えなければならない。
明後日の爆発音に人形が気づいた。
屋根を見上げ、跳躍してくる。
しかし、――遅い。
「――馬鹿が」
ズドオオァ
空の頂点に滞空したところを撃ち抜いた。
視界と腕の感覚だけを僅かに残し、あとは全てを衝撃力に変えた。
ゴオオオオオ――
極限の火の玉をもろにくらった義骸が上空を吹き飛ばされていく。
その数秒後、遠くで弾ける音が聞こえた。
激しく白い煙が上がっている。
さすがにこれをくらえば終わりだろう。終わってなければもう打つ手はない。
しかし念のために確認に行く必要がある。
空丸は玄関の前に降りると、人形の落ちた場所に見当を付けて歩き出そうとした。
すると、次の瞬間――。
――ゴッ
両サイドから打撃が飛んできた。
左はガードできたが右が間に合わない。
空丸は激しく左に吹き飛ばされた。
源力を解いていたら終わっていた。
源力を解かないでいたのはクールダウンのためだ。戦闘の為ではない。
戦闘に使えるほどの力などもう残ってはいない。それを使わざるを得なかった。
――いったい何だ?
倒れながら何とか前方を見ると、そこにはあの人形が立っている姿が見えた。
人形による、切り返しの攻撃だった。
「……化け物が」
人形は躯がねじ曲がり、今の攻撃で右腕が吹き飛ばされていた。
左腕も折れて曲がっている。
人間だったらとても動ける状態ではない。
人形はその曲がった体を揺らしながら、倒れた空丸の方へとゆっくりと歩いてきた。
引き摺るようにして歩くその姿は、もうガラクタにしか見えない。
しかし、どういうわけか人形には激しい力が漲っている。一体どういうからくりなのだろうか。
人形が再び跳躍の態勢をとりはじめた。今度はとどめを刺すようだ。
何とか起き上がるが源力は解除されている。もう纏えない。
跳躍ならば避けるしかない。しかし、その後は。
その後の攻撃はどうする。
どうやらここまでのようだ。
空丸があきらめかけた、そのとき――。
「空丸さん……!」
順一が玄関から出てきた。空丸の元へとかけてくる。
「来るな、順一!」
ズシャア――
足がもつれ、雪の上で激しく転ぶ。
それを見て人形はゆっくりと順一の方へと向きを変えてきた。
「順一!!」
四つん這いの状態から何とか起き上がろうとするが、体が重い。疫禍に逆らえない。
「くそっ、下がれ、順一!!」
義骸が跳躍する。壊れた左手を振り上げ、破壊の態勢に入る。
それを見上げる順一。
その目には涙も不安も恐怖もなかった。
ただ静かに、沈むような目で義骸を見ていた。
――なあ、樹一。
動物と同じように、何もない場所をつくれる命がまた消えたよ――。
グシャアアアッ
「順一ーーーーッ!!」
ガラッ、からから――。
砕けるような音が鳴った後、雪と泥の上に人形の残骸が転がった。
人形は突然、空中で分解し、順一の僅か手前で弾けた。
バラバラになった人形はまるでもう何年も棄てられていたみたいに雪の上で朽ち果てて見えた。
二度と起き上がることはない崩れた破片を、順一はただ何も言わず眺めていた。
何が起きたのかわからない。
空丸はただ、呆然とそれを見ていた。




