40、探索(1)
口女はそれほど大きな街ではない。たどり着くまでには四十里ほどあり、普通に歩けば三日はかかる。
しかし三人の中で唯一、空丸だけは一晩でたどり着くことができる。
「一段落させて街で休んでるよ」
そう言って空丸だけがとりあえず先行することになった。
残りの二人もできるだけ急いでたどり着くようにする、と言って別れた。
* * *
牙途の国の境付近には所々に看板が立っている。そのうちの一つ、口女の表示のついた看板を見つけた。百年前の時代のものがこうして直されながらいくつか残っている。
通常、他の国への入国の際には審査と許可証が必要になるが、入国に関する協定を結んでいるギルド同士の場合、冒険者はIDカードを持っていればそれが不用になる。
しかし、牙途の南端である口女の検問所にたどり着いたとき、そこで空丸を出迎えたのは予想外の人間による対応だった。
「冒険者か、口女は現在立ち入り禁止だ。入国したいなら迂回して等兎に入ってくれ」
防寒ジャンパーを着た一人の男が空丸の前に立ち、進入を阻んだ。
フードを目深に被り顔はよく見えないが、ただの衛兵でないことはすぐにわかった。
男の背後にもう一人、別の人間がいたからだ。
それは全身真っ黒で体は木で作られており、顔の部分にだけ白い布が巻かれている。頭部からは髪が垂れており。体は時々ある場所だけが規則的な運動を繰り返していた。
無様。
ある男の闇属性ディスオーダー。
生前の人間の特徴、技能を限りないかたちで再現する。
白い布には「庭二郎」と書かれていた。
「……義骸か」
門番の男が言うには、西へ回って別の門から入れということらしい。
「領内にはこれが彷徨いてるのか?」
「だとしたらどうする」
「知り合いが中にいるんだ。悪いけど入らせてもらうよ」
空丸がそう言うと男は黙ってIDカードを戻した。
「七日以内に退去しろ」
「……」
そう言うと男は門を開放して後ろへと下がった。
黒い人形は相変わらず不気味な動きをただ繰り返しているだけだった。
何かあったときにはこれが救助に入るのだろうか。
それとも七日以内に片付けないとこの人形の相手をしないといけないのだろうか。
そんなことを考えながら空丸は門を潜り抜け、口女の街へと踏み込んだ。
街の中は入り口からでもわかるほどの陰鬱とした空気で淀んでいた。
庭二郎――。
確かこの口女の領主の名前だ。
既に死んでいるということなのだろうか。
空丸はとりあえずどこかに人がいないかを探し始めた。
検問所の様子からだと外から入った人間はおそらくいないだろう。
表にいたガードマンは牙能徒の一人だ。つまり、この街の中はもうギルドに見放されている。
灰色の空の下を閑散とした風景がどこまでも広がって見える。
民家がまばらに立っている。しかしそのどれにも人の気配は感じなかった。
今は降っていないが辺りには少しだけ雪が積もっている。人や獣でさえも、そこに足跡をつけている様子はなかった。どうやら本当に誰一人いないようだ。
空丸は街を奥の方へと入っていった。確かに空気が異様に重い。まだ力を内側に集めるほどではないが、歩くのをやめたくなってしまう。
雪が降り出しそうな寒々とした風景と冷え込みが強まる中、遥か前方に黒い雲が上空に立ち込めているのが見えた。
あれがどうやら原因のようだ。
しかし、あそこまでたどり着けるだろうか。
後ろを見ると先ほど通りすぎた検問所が遥か遠くに置き去りにされてしまったかのように離れて見える。
――これはまずい。
ここに来るまでに源力も大分消耗した。
休むどころではなかった。
だいたい予想はしていたが、これは外門スキルだ。
くらうのははじめてだった。
意識が段々と薄れていく。
どうやら甘く見すぎていたようだ。
ここで倒れたら終わりだな。
そのとき、遠くで足音が聞こえた。
まるで何かを引きずるような足音だった。




