39、精霊都市
牙途の都、口女には遥か昔より精霊を祭る風習がある。
火の精霊を大切にし、女は十五歳になると火属性の九番「火気」を冬が来る前に習得するならわしがある。
男たちは土地が瘦せているため、裕福なものは高等学園へ、そうでないものは長男以外は出稼ぎへ出るものが多かった。中には自分の能力を信じて冒険者登録をする者もいたが、やはり過酷な環境の口女では冒険者のレベルもそれほど高くはなかった。揃えるスキルもどうしても火属性に偏りがちになる。
男は口女から逃れてきた亡命者だと言った。口女を治めていた領主が病に倒れたのを機に、その子を匿っていた反対勢力が反乱を起こしたらしい。
領主の側との戦闘が館の内部で起き、そこで何かのスキルが発動したようだと男は言った。
空気が淀み、体が急に重くなった。全域に避難の指示が出され、男も慌てて街の外に出たということだった。
領域の外にあるギルド本部の生体探知の結果によると、街の中には住民がまだ僅かに取り残されており、身動きが取れなくなっているとのことだった。
「母ちゃんは足が弱いんだ。多分逃げ切れていない」
「救助は入っていないのか?」
「入れません。街の中はもう空気が死んでいるんです。あの中で長くは生きられない」
積んであった薪を使ってストーブに火をつけた。照明魔法と揺れる炎の明かりが四人をオレンジ色に照らし出していた。
男は頭巾を脱いで手に握っている。
何日も歩き通しだったようで服も大分汚れてボロボロだ。
「俺たち、白井の冒険者なんだ。ここからだと数日かかる。それでも間に合うのか?」
「間に合うことは、間に合うと思います」
「……」
男は、膝の上に置いている右手の指が時折、不自然な形でひきつるような動きをしていた。
また、言葉を出す度に涎が垂れていた。まるで口元の動きが思うようにいかないという風に見える。
どうやら口女を襲った疫禍の影響をこの男も受けてしまっているようだった。話の内容は鮮明だった。運動機能に影響が出るのだろうか。
男はまだ若い。逃げ切ってもなお、これほどの後遺症が出ている。現地のギルドでも対処が何もできていないのかもしれない。
「名前は……」
慶一が言った。
「あ、福地宏明といいます」
「お母さんは」
「……洋子、といいます」
その男の歳は、慶一より少し上くらいだった。
「行くのか?」
空丸が、黙って男の様子を見ている慶一に向かって言った。
「……俺も、月乃に助けてもらったんで」
「……そうか、まあお前がリーダーだからな」
男は申し訳なさそうに俯くと、悔しそうに頭巾を握った。
口女には特殊な部隊が一つだけある。
少数の冒険者からなるその一団は、主に他国の王族や金持ちなどに雇われる傭兵集団のようなもので、国の財政にも大きく関わっている。
口女の男たちはみな彼らを街の威信と象徴として扱っており、誰もが目指している場所でもあった。
しかし同時に男たちにとっては言葉に表せないほどの力の隔絶と劣等感情の原因にもなっていた。
「ここの道をずっと行くと月乃という村がある。俺の名前を出せばギルドが世話してくれるだろう。歩けるか?」
深山の言葉に男は黙ってうなずいた。
こうして翌日の朝、三人は予定を変え、一路、牙途の国を目指すことになった。




