4、最初の自由
洞窟の外で朱里は心配そうに懐中電灯を手に抱えながら中をのぞき込んだ。
「行かなきゃダメかな……」
するとそのとき、奥の方から人影が水たまりを踏む音を立てながら歩いてきた。
木綿のシャツに黒の作業ズボン。背丈は朱里の部屋に考え事でもしながら入ろうものなら、ドアの上枠に思い切り頭をぶつけるほど高い。
ちなみに朱里の父もそこにはよく頭をぶつける。冒険者は考え事をしながら歩く習性でもあるのだろうかと朱里は時々思う。
十八歳でたいした仕事もしていない割には無駄のない整った体つきをしているその男は、日が暮れかけた山の洞窟から朱里のライトを肩に乗せたまま出てきて言った。
「お待たせ。なくても結構見えた。次からはそれでいいよ」
そう言うと懐中電灯を受け取って肩のライトを消した。
朱里も似たような登山用のズボンと防寒着を着て、そのまま洞窟を後にして山を下るその男の後をついて歩き始めた。
「何かわかったの?」
朱里が少し後ろからその男に尋ねる。
「やっぱり自由技能だった。すごいな五番並みだってさ」
「え、五番?」
「お前の父ちゃんの氷炎混合が確か四番だろ? それの一個下だよ。まあ、複属性ではないけど」
「……お父さんの魔法は、覚醒資金であの家と青色学園が建てられたんだよ」
この世界では上級スキルを覚醒したものには、冒険家連盟から称号と報酬が贈られる。またその場合には必ず冒険者の永年登録をしなければならない。
朱里の父は未登録の上級スキル、それも複数属性ということで冒険者の中でも異例の集落の領有権を与えられた。
この町がここまで拓かれ、そこそこの活気を見せているのは全て朱里の父のそのスキルによるものだったのだ。
あの夜、慶一は暗闇の中でそのスキルを覚醒した。
炎属性布陣型自由スキル「炎陣」。
見たこともないその場所は、まるで悪夢だった。
地面は揺れ続け、立っていることはほとんどできない。
大気はおそらく百度近くまで熱せられており、かと思えば時折、破砕音と共に極端に凍てついた。
この苛烈な環境で生命を維持するにはどちらかに寄せるしかなかった。
木の幹が頬をかすめ地面に突き刺さる。岩石が空中に散らばっており、いつ自分の命をそれがさらっていくかもわからない。
慶一は、熱を選んだ。
上げないとやられる。
自身にあるありったけのエネルギーを搔き集め、ど真ん中でそのスターターロープを掴んだ。
激しい爆音と燃焼音の後、寸でのところで飛来した大木や石片を全て消し炭に変えて叩き落とした。
そこで慶一は、ちょうど試練を達成したのだった。
気がつくと、洞窟の中で寝ていた。
隣には朱里の疲れた姿があった。
ずいぶん長く眠っていたらしく、外はもう明るくなりかけていた。
朱里は一睡もせず慶一の身を案じていたようだった。
まるで夢のようなその後に、あのスキルの痕跡はどこにもなかった。
あのときどこかで聞こえていたはずの声も光も、もうそこにはなかった。