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36、かけた声

 白井紫苑街区、第三ギルド支部。

 街の外交を主に所管する紫苑区の第三支部内で、由瑞と永崎は手続きのため受付窓口へとやってきていた。


「支部長がお待ちですので、三階の支部長室までお願いします」


 担当者にそう言われると、二人はそのまま三階へと向かった。


 階段を上って三階へ来ると廊下の脇にいくつかの部屋があり、そのドアには全て一桁の漢数字の番号が振られている。番号は一から九までが順番に並んでいた。

 そのうちの一つの前で二人は立ち止まり、ドアをノックした。番号は五だった。

 中からは応答はなく、左勝手の木製のドアの取っ手を持ち、ゆっくりと開けると中で一人の男が机の前で両手をついて立っていた。

 男は二人を見て言った。


「しっかり二人で来たな。出来上がった荷物をそこに置いて行け」


 知事五藤忍(ごとうしのぶ)の次男、露九戊(ろくぼ)だ。兄の飛鳥馬は数年前に既に戦死している。

 露九戊の言葉の後、永崎は抱えていた人形を露九戊の机の上に置いて元の場所へと下がった。


「……戻っていいぞ」


 露九戊の表情が僅かに曇る。よく見ると永崎の左腕から血が滴っていた。その場を動かない。


「……お前、いつ切った?」


「……」


 黙ったまま人形を見ている。


「いつ切ったと聞いている」


 露九戊の気配が僅かに揺れるのと同時に左隣の部屋から壁をノックする音が聞こえた。


「そこにいろ、芽留(める)


 露九戊の言葉の後、黙ったままの永崎の隣で由瑞が少しだけ抵抗力を上げて答えた。隣の四番部屋からは常に強撃(スクラッシュ)が展開されていた。


「申し訳ありません、発作のようです」


 永崎は体術スキル、布陣スキルを持たない。

 ただ黙って人形だけを見ている。白地の部分に「かな」と書いてある。由瑞が書いたものだ。

 人形の中には小さな鏡が入っている。映像を記録する術具のようだが原理がわからなかった。



 明鏡(ピリオド)――。

 鏡に映る景色を記録し再度映し出す波止場芽留の水属性ディスオーダー。

 本人以外が映像をリセットするには同性の血液を垂らすしかない。



 ――似合うからいいんじゃないか。そのままでいいよ。


 あのときの言葉だ。


 鏡は慶一の動向を記録するのが目的だったようだ。永崎は一晩をかけ、術具の原理を理解した。

 魔軍の正体も知っていた。そして三人での行動で自分が血を流す機会はおそらくない。


 相手の思惑と術具の効果は定かではなかったが、永崎の判断に迷いはなかった。



 露九戊は人形の中から鏡を取り出し、そのまま人形を由瑞の元に放り投げた。

 中まで血で滲んでいた。


「俺の部屋を血で汚すな。しっかり躾をしておけ」


 汚れた鏡を机に置き、椅子に座る露九戊に背を向け、由瑞はそのまま永崎を連れて部屋を出た。

 隣の部屋からはいつの間にか気配が消えていた。




「ありがとう、加奈」


「いいえ」


 ギルド支部の玄関を出ると、外はまだ曇り空だった。

 街を既に過ぎているであろう三人の姿を空の下に感じながら、二人は病棟に向かって歩き出していった。

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