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34、黒の上限

 ゴゴッ、ゴゴゴゴゴゴ――ゴオオ


 上がるのは黒い炎だ、誰も届かない天を焦がした。

 慶一が見たこともない姿で上を向いている。


「ははは、はははは」


 ジロウが笑っている。

 三白眼でそれを見下ろす。


「はははは、いいぞ、お前。想像以上じゃないか」


 無言で見ている。敵の声が震えている。


 慶一――。


 明らかに違う。まだ日は浅いが自分たちが知っている慶一とは何もかもが違う。

 源力のように見えるが、とうの昔に使い古された古代刀のように切れ味を感じない。

 しかし、触れれば破壊される。それは個体ではなく、天や大地と言った大掛かりなものを揺るがすような途方もない源流がそこには居座っていた。そしてそれが、静かに鞘に納められている。


 ジロウが深く身を沈めた。


 ゴオオオオアアアアア――――


 渾身の惨殺(グレイル)


 その先は無言だった。

 間合いが一瞬で詰まる。


 ゴッ――   ドゴォ


 逆突きからの追い突き――。

 慶一の体が吹き飛ぶ。


 そのまま上方から右腕で拳を叩き込んだ。


 グゴオオオ……


 全力の惨殺(グレイル)が入った。全身が砕けてもおかしくはない。

 しかし、慶一を包む黒い炎はどちらのものかわからない。

 倒れ込んだ慶一を視界に捉えたまま源力を再び充填させる。


 しかし、勢いがつかない。

 無言で立ち上がる慶一。


 オオオオオオ――!!


 ジロウがもう一度右腕に力を集める。二人の黒炎を回収した。

 後のことは捨てたようだ。ジロウが我を忘れている。

 そのとき――。



「もういい」



 上空から声が聞こえた。

 山の頂上に木の梯子が架けられ、黒い霧の階層へとそれが続いていた。男が一人そこから降りてくる。


 煤けた羽織を着ている。巫家の紋がついている。大分年は取っているがどうやら和真で間違いない様だ。


「上へ」


 慶一を黒い霧の中に促すように言った。

 慶一は黙ってそれに従った。



 霧の中には木の建具や家具が揃い、いくつかの部屋があった。

 その一番奥で、ユノカに付き添われて一人の少女が椅子に座っていた。


「だれ……?」


 慶一を見上げてその少女は言った。


「お客さんだよ」


 和真が言うと、少女は笑った。


「おきゃくさん……、へんなかお」


 慶一は眉間にしわを寄せ、難しい顔をしていた。


「名前を聞いていなかった。私は巫和真。これは娘の上楽(かみら)です」


 慶一は険しい顔を変えず、上楽を睨んだまま動かない。


「……」


 あまりの形相に段々と上楽も泣き出しそうな表情になってくる。すると――。


「吾妻慶一ですよ。おい、お前人の家にあがっておいてそれはないだろ」


 隣の部屋から深山がやってきて言った。その後ろには空丸もいる。


「こいつが……焼き払ったのか、信じられん」


 空丸が呆気に取られている。


「普通じゃないやつだったけど、お前、こんな性格だったか?」


「ああ? 誰だおまえら」


「なんだと!?」


「ちょっと待て、慶一。説明するから大人しくしていろ」



 ――その後、一同に向けて和真からことの成り行きが説明された。


 上楽に憑いていた不気味な顔は、慶一の展開した黒い炎によって焼かれていた。

 上楽は抵抗するために御力(ごりょく)と呼ばれる力を使っていた。


 魔神の正体。

 この世界には、とある一族が暮らす隠れ里がある。その場所ゆかりの者を魔軍、さらに御力を使えるものを魔神と呼んでいる。マキが魔軍、上楽が魔神になるだろうと和真は言う。ジロウとジュウヤもその隠れ里から来た。

 魔神と呼ばれるものは定型技能(プラクティス)をその特殊な力で高めた同位改変というスキルを使うことができる。

 この世界には遥か昔より髄家(ずいけ)と呼ばれる一族が存在しており、彼らは御力(ごりょく)と呼ばれる力を持ち、長年にわたり世界を安定させる役割を担ってきた。

 しかし、あるときそれまでこの世には存在しなかった新手のスキルを持った一団が突如現れ、彼らを滅ぼそうとして動き始めた。髄家の中にもし悪意を持ったものが生まれた場合、世界を滅ぼしかねないと、彼らは考えたからだ。退魔師と呼ばれる一団である。

 しかし結果は惨敗に終わった。一団は捕えられ、スキルの発生経路を尋ねられ、ディスオーダーの正体がこのとき初めて世に知られることになった。

 それが冒険家時代の幕開けである。

 今まで困難だった外世界の探索もディスオーダーの力を使えば可能になる。

 そうして世界ではディスオーダーが何よりも重要視されるようになった。


 そうして、髄家の存在も再び忘れ去られ、世界は四大国を拠点にして開かれ始めた。

 ところがある日、髄家の隠れ里に異変が起きた。髄家の長が何者かに殺害されたのである。

 世界を安定させる中心を失った。彼らは周辺国へ伝え、警戒するよう言い聞かせた。

 そしてその後、しばらくは安定した状態が続いたかのように見えたが、各国の中枢部にもやがて異変が現れ始めた。


 都の知事や、領主や王族たちの直系の子どもたちの頭上にある日突然、不気味な顔が浮かび上がる。

 それが外壁と呼ばれる正体不明の敵の力だった。標的になる子どもは全員が御力を持っていた。隠れ里の一族、あるいはその血を継いでいる者たちだ。

 外壁に対抗するにはスキルで繋がる必要がある。外壁の災禍を肩代わりすることができる。そして万が一負けても力を奪われないで済む。



 慶一の持つ力は御力とは少し違うようだ、と和真は言った。

 性格や人格が変わることはない。それに万魔殿についても不思議なことを言った。


 万魔殿(パンデモニウム)

 同じ名前の絵本が、飾家の書庫にあると、和真はそう言った。

 内容は慶一の話とそっくりだとも言った。


 一体どういうことなのだろうか。

 万魔殿のスキルの存在を認めるものは白井の中にも誰一人としていなかった。

 それを認めるのは月乃の村だけ、ということになる。


 あの狼。そしてアストラルと名乗る異界の住人たち。

 彼らはいったい何者なのだろうか。


 あの声も、あれからは一度も聞こえなくなってしまっていた。

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