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32、母と子

 雨が降る、ある日の暮れ。

 少女は母親を失った。


 死兵を司る敵がいる。

 協会本部が長年追い続けている正体不明の敵だ。

 少し前から世界の至るところでそれは姿を見せるようになった。

 それは人を襲う不気味な人形だった。

 戦闘能力が極めて高く、一般の住人はおろか冒険者でさえもそれを葬るにはかなりの強さが求められた。

 動力源がわからず、何度倒しても際限なく起き上がり、完全に無力化するにはバラバラにするしか方法がなかった。

 もう一つ厄介なことは個体によって強さが違うことだ。


 統率が取られているわけでもなく、各地で個体が好き勝手に人を襲うことから、それは死兵(ゾンビ)や魔兵と呼ばれるようになった。

 世界各地の町では領内へ侵入させないため、境界の守りを高めることを余儀なくされた。


 その日、彼らの常識を覆すような事件が起きた。

 町を取り囲むように数十の死兵が押し寄せてきたのだった。


 これまでその発生元がわからなかった死兵に黒幕がいることが予想された。


 死兵たちは単身で迎え撃った梅子の外門スキルにより一時的に無力化することができた。

 しかし、破壊にまでは至らない。


 死兵たちの襲撃を抑えきれず、何体かに侵入を許してしまう。



「きゃあああ」


「逃げろ!」


 防衛街区に入った死兵が無差別に人を襲い始めた。


 境界を守っていた冒険者は数十の死兵に押されつつある。


「早く逃げなさい!」


「お母さん!」


 白井の外郭にある街は全て防衛区と呼ばれる。

 中でもこの一番外側に住んでいる人々は貧しい者たちが多い。


 少女は簡素な布のチュニックを着ており、スボンは膝のところが破れていた。


 母親を連れて街の内側へ逃れようとする少女に一体の死兵が狙いを定めた。


「危ない!」


 ガッ


 少女との間に割って入った母親が死兵の殴打をもろに受ける。


「お母さんッ!」



 ――体術五番【黒蟻】。


 ドゴオ


 内功により集められた力を右腕に乗せ、死兵の胴に叩き込んだ。

 ガラガラと音を立てながら四散する。


「大丈夫か」


「……ッ」


 倒れた母親の前で地面に手を付き、呻いている。


「ウ、ウウウッ」


 様子がおかしい。由瑞は近づいて少女の肩に手を触れる。


「ガアウッ」


 落ちていたガラス片を握り、由瑞の腹に突き立てた。

 刃が少しめりこむ。

 見下ろすとそこには危険項目「狂暴性」に押し負けた少女の姿があった。

 唸るような声を上げながら両手でガラス片を握りしめている。

 体は震えており、目には涙を浮かべていた。


 どうやら暴れ狛犬(バリアント)を、極限状態で解脱(ヒット)させたようだ。


 母をこの惨状で失ったその少女は咄嗟にスキルを発動させたようだ。

 正気を失ったままの状態でもう一度、由瑞に向かって刃を付き出してきた。


「アッ……」


 少女が嗚咽のような声を上げて両手を伸ばした。

 由瑞の両手がそれを掴む。


 由瑞はただ黙ってそれを見下ろしていた。


「ア、アッ……」


 少女は動かなくなったガラス片を握ったままもがいている。

 由瑞は体を動かさないよう気を付けながら前方に視界を移した。


 少女の後ろには壊された建物や倒れた人の姿が無数に広がっていた。

 何か所かで行われていた戦闘も大体が片付いたようだ。

 家が壊され、子どものすすり泣く声が聞こえる。そんな風景を雨が叩きつけていた。


「う……うっ」


 少しずつ正気を取り戻してきたのか、少女はガラス片を握ったまま涙をこぼし始めた。

 肩が震え、全身からも少しずつ力が抜けていく様子が伝わってきた。


 静かにガラス片を少女の手から取ると、少女は正気に戻った。


「お母さん……」


 少女が声を出して泣き始めた。

 空は少しずつ暗くなっていた。


 お母さんがもういない――。

 たった一人の家族が。


「あああっ」


 母親の腕にしがみついて泣いていた。

 華奢な体だ。十分に食べていない証だ。

 雨に濡れたチュニックが透けて見える。

 下着も付けていないようだ。


 死兵で死者がでることは今までなかった。

 涙を流す少女を、由瑞はただ黙って見下ろしていた。

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