17、前備
東の白井。
深山がやって来た街だ。
ギルド施設の一室で男が一人、不思議な格好で立っている。
下を向き、左手を前にして人差し指で床を指し、少し斜めに構えた状態で視線も床に落としている。
時計の秒針の音が聞こえる。他には何も聞こえない。
時計は壁に掛けられており、長針と短針はなく、秒針だけがある不思議な時計だ。時刻を示す数字盤もない。
まるで音だけを正確に部屋に広がらせるためにだけ、掛けられているかのように見える。
秒針が円周をなぞっていく。六十刻みは間違いないようだ。やがてそれが下を向く。
ゴオアアアッ!!!
建物の外で鳥の鳴き声が響いた。
部屋のドアが開く。
「筧さん、ギルド長がお呼びです」
「わかった、すぐに向かう」
筧と呼ばれた男は、膝に穴の開いた煤けた紺のズボンに黒い半袖のシャツ一枚の姿のまま、施設の屋上へ向かうため部屋を出ていった。
空丸はそれを見届けるとギルド長の執務室へと戻っていった。
「筧さん、屋上です」
「そっか、別にいい、お前がやっておいて」
「俺が?」
賊山の中腹に魔軍が下りたから倒して来いと言われた。筧に頼もうと思ったが使ったスキルの後が気になって屋上に行ってしまった。仕方ないので自分がやるしかないようだ。
この世界では動物型を魔物、人型を魔兵、正体がわからないものを魔軍と呼ぶ。そのままランクが上がる並びになる。索敵係が発生時に人か動物かをだいたい区別できるからだ。わからないほど強いのが魔軍になる。
「深山さん、戻りましたー」
事務員らしき女の子が、ドアの外から中にそう言って伝えた。
「ミヤマも連れていけ」
本棚の前で本を探しているギルド長とおぼしき女が言う。
「一実。どこにいる、案内して」
「はいー」
空丸は、執務室を出ていくと、帰還したばかりの深山に任務の同伴を頼みに行った。
賊山は境界外の白井の領地だ。まずそこまで辿り着くのが容易ではない。
筧なら施設内にいながら任務に当たれるため頼みたかったのだが、深山と二人なら何とかなるだろう。
空丸は「明後日」を展開し、力の残量を確認した。源力は十分なようだ。
何とか行けるだろう――。
ギルドの一階広場で深山も見つけた。
念のため一晩休んでおくか――。空丸は東の山に意識を向けながらそう思った。