16、万魔の意思
山を下りていく義一と深山の後ろで、夜になっても慶一は一人だけそこに居続けた。
幸いよくわからないこの光りのおかげで足元を照らすくらいならできる。
荷物と明かりを二人に預けて慶一はそこに残っていた。
お前は、何がやりたかったんだ――。
狼の亡骸の前で慶一は自分の手を見た。
炎の残像が浮かぶほど、まだ力が籠っている。
あれほどの一撃は今までにもなかった。
説明スキルの本体はあちらの世界ではマニギスという名前らしい。
万魔殿の所有者だけは両方の名前を知ることができる。
洞窟は狼の巡回ルートだった。狼はそこを守っていた。
しかし、そんなことなど知るはずもなかった朱里はあの夜、近くで魔物の気配を感じた。
おそらく狼だ――。
そう感じた朱里は、洞窟の入り口から離れ、その狼の進路の前に立ち、それが来ないよう祈った。
相手を知るための解読も放っていた。
真っ暗闇の中で、正体の定かではない巨大な魔物の前でそれを行ったのだ。
朱里は気づかないうちに周囲に風を呼んでいた。
慶一の元に届いたそれは追い風となった。
説明を覚醒させ、パンデモニウムの世界を知らせた。
茜色の風だった。
昔、これと同じようなことがあった。
慶一が山へ入って行くのを必死で止めようと追いかけた。
結局、自分だけが迷子になり暗い山の中で一夜を越さなければならなくなった。
慶一にかけられなかった足跡を一人で抱えてうずくまっていた。
慶一は昔から思い詰めると、ときどき山に入り込む癖があった。
最初のうちは理由はわからなかった。しかし今はわかる。
同時に慶一が山に行くこともなくなった。朱里も自分と同じものを背負ったことを知ったからだ。
パンデモニウムを何とか凌ぎ、慶一は試練をクリアした。
光の球は、魔物が死んだときに生じる。
微かにだが空から来る災厄を打ち消す効果があると言われている。
狼の名前はカインだった。
名付け親の手元から、光はゆっくりと空へと尾を引いて上っていった。
『それを戻すと帰れませんよ』
マニギスが言う。
「かまわない、ここに朝までいる」
『そうですか』
万魔殿の一つが天へと帰った。