107、御力の本流
夕日に照らされ、みんな思い思いの場所へ帰る支度をした。そのとき。
「みなさん、ありがとうございました。もしよければ村でゆっくりしていって下さい」
「では甘えるとしよう。まだ奴が来ていないからな」
樹一が義一の言葉に応えると、村にある宿はその晩来客で一杯になった。
「この墓は……」
「七尾美のだ」
「何でこんなものを供えて」
「いや、それは、だな」
「私たちを無視した罰だよ」
朱里が言う。
弱っても帰らなかったことを根に持っているみたいだ。
「朱里、お前、病気は」
「それなら俺に聞きなさい」
後ろの方からやってきた少年が偉そうに言ってきた。
「葉。お前もいたのか」
「いたのかはないだろう。命の恩人を前にして」
「どういうことだ?」
「朱里が足跡で何かを感じ取ってな。俺に慶一のところまで行ってほしいというんだ。それで遥々白井本国のお前の部屋まで行って、これを見つけてきたのだ!」
葉はそう言って植木鉢を差し出した。中は空だった。
「それは、俺の部屋の」
「月光草。万病に効く奇跡の植物だ」
「何だって?」
「俺に薬の知識があったことを感謝しろよ。運ぶのも大変だったからな。しかし月光草なんて希少な植物、どこで見つけたんだ?」
「外地の森の中だ。それがあれば、御力に負けても大丈夫なのか?」
「俺も藁にも縋る気持ちだったが、煎じて飲めば告死病は完治できるみたいだ。古代人だろうが大自然には敵わないってことだ」
「そうか、よかった」
深山たちもそれを聞いて安心したようだ。気を利かして慶一たちのそばを離れた。
すると携帯に着信の音が鳴る。すぐに確認すると。
“深山! 照明魔法できたよ!”
茜からだ、携帯を見ながら喜んでいると。
「何ニヤけてるんだ」
ポーン。
そんな由瑞の携帯にも着信が鳴った。
“はやく帰ってきて”
永崎からだ。思わず顔がほころぶ。
「何だ、お前ら。軟弱だな」
空丸が言う。
少し離れたところで駆が冬士郎と話し込んでいるとそばに零がやってきて言った。
「あのとき、ジュエース様や兄ですらも手を取らなかったのに、あなただけは最後まで手を繋いでいた。ダメージも肩代わりするから死んでいたかもしれないのに、どうして」
よみがえった釈迦に狙われた時のことだ。
空丸が割って入り助かったが、これだけは聞きたかったという風に尋ねた。
「さあ、何でだろうな」
零はただ黙っていた。
「死んでほしくなかっただけだよ、嬢ちゃん」
駆が笑う。
「何だ? いくつだ? この娘」
冬士郎が尋ねた。
「歳……は、十七です」
少し籠もった声で零が答える。いつも幼く見られるから自信がなかった。
「なら釣り合うじゃないか。よかったな、駆」
「そう言う冬士郎さんも、お姫様が待ってますよ」
里縷々と里無瑠が面白くないような顔をしてこちらへ来る。
「タキオン慶一じゃないの、つまんない」
「やっぱり冬士郎がいい」
そう言って冬士郎のそばに来る。
「俺も井黒の空気が一番落ち着くな。慶一は残念だが、早めに戻りましょうね」
「いや、今晩は、酒盛りじゃないのか?」
冬士郎が期待の混じった声で言うと。
「宿でおもてなしさせていただきます」
真尼子が言う。
「お前、いつの間にいなくなったと思ったらどこにいってたんだ?」
冬士郎が真尼子に尋ねる。
「貴志様の命を受けて蒼い庭園に身を寄せていました。そこで、ああ、来ました」
そのとき、一人の男がやってきた。学生のような格好をしている。紫学校の生徒だろうか。
「もう一人の主役が来たな」
樹一がそれを見て言う。
「ああ、壱下さん。この度はありがとうございました」
義一が恭しく礼を言う。
「誰だ?」
慶一が尋ねる。
みんなそれぞれのところで話し込んでいる。こちらには気づいていない。
「壱下軽馬だ。慶一、おつかれ」
慶一の前に来て言う。慶一はピンとこないようだ。
一体誰だ?
「風に吹かれてを書いてくださった方だ。古代人の末裔だ」
義一が説明する。
「何だって!?」
「まあ、そういうことだ」
何でも今回の戦いにおける大体のシナリオを彼が書いたらしい。あの洞窟に映写機を持ち込み、慶一に外へ出るきっかけを与えた。真尼子と共に万魔殿の発案者でもあり、この戦いを見守っていた人物であるという。
「朱里、お前も」
「ごめんなさい、あの洞窟に行って、慶一が村を出た後知ったの」
「朱里もよく戦った。私の力でも告死病は治せないからな」
朱里は蒲生との戦いを見届けた後、足跡を切ったという。その影響で慶一は性格が井黒寄りになる。朱里がそばにいればずっと白井寄りでいられる、と軽馬はそう言った。
「私が戦えればよかったんだが、今回は部外者でいたかったんだ、許せよ」
何か釈然としないが、朱里を心配してくれていたようだ、それだけで十分だと思った。
「ジュエース様……」
ヴェリスが心配そうに見ている。
「俺には戻っていない。ということは慶一にあるのだろう」
何のことか――?
慶一が尋ねると、御力の本流というものがあるらしい。御力の最も強い者が持つ御力のリーダーとも呼ばれる力だ。髄喪郎を殺して蒲生へ、それから蓮真を経て慶一に渡った。御力のリーダーであるから、世界を導く中心になるという。
「遥か昔、古代人のリーダーもスキルを持たなかったという。ドーナツのようなそんな形が一番安定するのだろう。慶一なら象徴としても相応しい」
軽馬が言う。
どうやら祭り上げられてしまったようだ。
告死病にかかって復帰すると御力は弱まる。そうでもならない限り世界の象徴でいなければならない。困ったことに灰論で見ると橙色の大きな丸が世界に一つだけ、夕どきの太陽のように輝いていた。どこにいても居場所が筒抜けだ。しかしこの光を見て、みんな安心するのだという。これからはひっそりと暮らしたかったのに。慶一は観念した。
そうだ、大事なことがある。悪魔のことを忘れていた。その話をすると軽馬は。
「ゼットコングという猿の魔物だ。牙途がマーキングされたようだな。奴らと張り合うのはどれも最強の魔物たちだ。狼のサターン。虎のスーパーチェンジャー。ハイエナのバキュームハンター。どれもたった一頭でここユグドラシルなら単身壊滅が可能なほどだ」
「魔物……ってそんなに強いのか」
「この四種は別格だ。ゼットコングは古代人が束になってようやく勝てる。他の三種は縄張りを荒らさなければ襲ってこない。だから乗り物を廃止させたのだ。百年前にな。あれがあると何処までも遠くに行けてしまい危険だった」
話のスケールが違いすぎて理解が追いつかないが、当面は心配ないとのことだった。危険があるとすればゼットコングだが見張りを付けていれば大丈夫らしい。それが得意な飾家の誰かに頼むことになった。
「さあ、宿屋に行こう」
義一が促してみんな宿屋へ向かった。
とりあえず戦いは終わりだ。
まだ危険因子は残っているが、次の時代を担う者たちに委ねるとしよう。
慶一は概ね使命を全うしたといえる。
私の仕事もここまでのようだ。
筆を擱くとしよう。