106、故郷へ
街道沿いの土の柔らかそうなところで穴を掘り、簡単な墓を作った。蓮真をその中に入れた。目を瞑り穏やかな表情でまるで眠っているようだった。しゃがみ込んで土をかけずにしばらく蓮真を見ていた。仲間になるはずだった。聞きたいこともたくさんあった。声で呼んでも返事は返ってこない。最後にまた遊んでくれと言って笑っていた。そんな蓮真はもういない。死んだら終わりだ。あきらめて土をかけた。
役場に届けるべきなのだろうがそこまでの気力はなかった。またそれはいつかの機会にしよう。家族がいる場合は困るだろうから。
自然と南に向かい歩き出した。家へ帰ろう。悪魔のことも検討しなくてはならない。しかし、精神的な疲れのせいか、それは他人事のように思えた。もう何もしたくない。朱里のことが精神を追い詰めていた。歩くのもしんどい。しかし、動かなければ帰れない。冬の景色がひどく寂しく見えた。
朱里がいないだけでこんなに孤独になるのか。蓮間も孤独に見えた。一人で何も喋らず寂しそうにしている姿がどこか儚かった。部屋の隅でずっと俯いている。女は世話を焼きたくなるのだろう。
一晩中かけて歩き通した。何処かに寄る気力もない。歩くというより自分を引き摺っていた。そんな感じだった。惰性で歩き続けた。
段々見慣れた景色が見えるようになってきた。
もうすぐ月乃だ。
二日近く歩いていた。疲れているはずだがそれも麻痺するほど心は沈んでいた。
月乃の家並みが見えてきた。月乃に到着したようだ。
町の中を歩いていると見知った人たちの姿が見える。挨拶はなかった。それほど慶一は暗く沈んでいた。
「お、慶一。おい」
義一の声が聞こえた。何ヶ月振りだろう。慶一は素通りして墓に向かった。町から少し離れた小高い丘の上に寺と墓地があった。境内へと入っていく。
狩野家之墓。
それを見つけて慶一は下を向いた。
地面には落ち葉がたくさんある。
墓の前には菓子とジュースが供えてあった。
やっぱりか――。
朱里の墓だ。
墓の前でしゃがみ込んだ。
俯いて目を閉じる。
悲しい――。
とうとう堪えきれず涙が零れてきた。
やっと帰ってきたよ、朱里――。
ただいま、と言っても声は返ってこない。
ジュースの瓶を割り、破片を首に当てた。
俺もいかなくては。
御力持ちはたくさん死んだ。
御力は世界にとって不自然であると、生態系は判断している。告死病もその一つだ。感性が自然に近い慶一は物心ついたときから不自然であると答えている。
ここにでかい御力がある。
消さなくては――。
そのとき。
「おかえりなさい」
女の声が聞こえた。
そちらを振り向くと若い女が立っていた。長い髪が風に揺れている。
「慶一、もういいの。ご苦労さまでした」
「……マニギスか」
思い出したかのように名前を呼んだ。
それは携帯から聞こえてきていた馴染みのある声だった。
「いいえ、慶一。思い出せませんか?」
女は手を前に組んでお辞儀をした。使用人が主人に向かってするお辞儀だ。姿勢が良くとても品のいいそのお辞儀には見覚えがある。
「真尼……、真尼子かお前」
「はい。思い出しましたね。お久しぶりです」
飾真尼子。
吾妻家で雇われていたメイドだ。
「全然わからなかった。懐かしいな。元気だったんだな」
「はい。十五年振りですね」
「……よかった」
「女は覚えてて俺を忘れるなんてのは薄情じゃないか? 慶一」
男の声がした。よく見ると真尼子の後ろには駆が立っていた。冬士郎もいる。
よく見ると空丸たちもいる。樹一もだ。あの後、全員で月乃に集まったようだ。いつの間にか寺の敷地内は人でいっぱいだった。
「物騒なことするなよな」
空丸が言う。
「御力は、消した方がいいと思った」
ガラスの破片を握り、慶一が言う。
「大丈夫です。暴走したときは、みんなで止めます」
真尼子が続ける。
「それに、あなたのは、御力ですから」
「……」
慶一が黙って下を見る。
「落ち込む原因は、それじゃないよな」
深山が言う。
「こんなもんでいいんじゃないか。可哀想で泣けてくる」
そう言って深山が道を開けた。
「それじゃ、いっくよー」
「慶一、凱旋、おめでとおー」
空いた道の両側で里無瑠と零がクラッカーを鳴らした。紙吹雪が舞い散る。全員が拍手をし始めた。
すると、みんなの後ろからその人影は静かに現れた。
「また死のうとしてる」
人影は慶一を見てそう言った。
「あ、朱里……!」
それは紛れもなく朱里だった。
生きていた――。
「やっぱり、死んだと思ってやがったな」
深山がからかうように言う。
「一生分苦しんだだろう。もう楽にしろ」
由瑞が後ろの方で言った。
「輪を掛けて暗かったのはこのせいだったのか」
空丸がため息をつく。
「随分仲間ができたんだな、慶一」
義一が前に出てきて言う。
朱里と並んで慶一の前に立つ。
「おかえり、慶一」
「朱里……、よかった」
思わず涙が零れてきた。
よかった――。
みんなも釣られて泣いた。
戦いは終わった。
冬の日の夕暮れどき。茜色の風が吹いた。
たった一人の男のためにみんな泣いていた。
長い旅だった。
それが今、終わりを迎えた。