100、悪夢
慶一は一人、蒼い庭園を後にした。
牙途を目指すが辿り着くまでに数日かかる。
蒼い庭園に張り付いていた外壁が消えたのも感じ取った。目的は慶一のようだ。牙途までの道筋を追うつもりはないようだ。今は何の気配も感じない。
町に到着した。
牙途と井黒の間にある町だ。おそらくまだ井黒領だろう。いつの間にか夜は明けていた。
冬の景色の中、行き交う町の人たちが見える。誰もが厚着をしている。シャツ一枚の慶一を珍しそうに通りすがりに見ていく。寒さには慣れてしまった。炎陣が半クラッチの様な状態で稼働しているので寒くない。宿屋らしき建物も見つけた。
突然、何かの勘が働く。
ここで寝ないといけないような気がした。
あまりいい感じではなかったが、従うことにした。
ギルドで働いた報酬だと言って空丸から金貨一枚をもらっていた。それを宿のフロントで渡す。名前などを記入して一泊する。昼前だったが、部屋を借りることができた。
ほとんど寝ないで駆たちを助けるために走っていたので疲れも溜まっていた。部屋に入ってすぐその場で寝てしまった。
幼い頃の夢を見た。
夏の最中の夕暮れ、川沿いの橋を渡ると雑木林の匂いがした。その樹と土の匂いの奥深くに子供の頃の懐かしい情景が漂っていた。まだ幼かった頃、草むらで日が暮れるまで朱里とよく遊んだ。慶一は昆虫が好きで探しては捕まえていた。半袖に半ズボンで泥だらけになりながら朱里は慶一のその後をよく追いかけてきた。たまに草むらの中で見失うと、日が暮れる前に探し出さなくてはならなかった。草むらをかき分けながらそれでも見つからないときは朱里の名を小さく呼んだ。するとどこかから現れて無言で慶一の後ろに回り込んだ。もう見失うまいとしたのだろう。まだ朱里が十歳かそこらの頃だ。日が暮れたある夜のこと、帰ろうとすると近くの河原で花火が上がった。急な音と空の明るさに目を奪われると、朱里は黙って慶一の服の裾を掴んだ。そこでしばらくのあいだ、花火を見上げていた。朱里の少し汗ばんだ横顔がときどき上がる花火に照らし出された。まだ幼いが、首筋の辺りが少し大人びて見えた。
あれから何年が経つのだろうか。
目を覚ますと、時計は夜の九時を指していた。
大分寝てしまったようだ。特にすることもないので慶一はまた眠った。
夢の中で、誰かの葬式をやっていた。
月乃村の住人たちが参列している。若い女が弔辞を読んでいる。
喪主は義一のようだ。
墓が見える。
真っ暗の風景に、墓だけが浮かび上がっている。
誰の墓だ。
一体誰の墓だ――。
夢が終わった。
飛び起きた慶一は時計を見ると夜中の三時を指していた。
今の夢は何だ――。
誰の墓だ――。
そのときはっと気づいた。
朱里――。
急いで肩の足跡を探った。
しかし肩に気配が、ない。
朱里が、いない。
そんな馬鹿な。
天体観測――。
慶一は未来を垣間見ることができる。
まさか、朱里。
朱里が死んだ?
空の星が告げる知らせだった。