99、凱旋
飾蒲生を倒した。
髄家の悲願が達成された。
阿弥陀は崩れて炭のようになった。
「帰ろう」
浦須が言った。
「お前たちも来てくれ。話さなければならないこともある」
樹一がこちらに向かって言った。
「どうする、慶一」
「行くぞ」
「何だ、ガラの悪い方だな。いつの間に変わったんだ」
白井と井黒の一行も従うことにした。
意識を失っている冬士郎は駆が負ぶっている。
森の中を歩いていると前方の暗闇から人影がやってきた。
「冬士郎!?」
里縷々と里無瑠のようだ。一度蒼い庭園に戻り、待っていた二人が心配してやってきたようだ。
「冬士郎はにらめっこで負けておねんねだ。子守唄でも歌ってやりな」
「無事なの?」
「あんた誰?」
「井黒の新しい王様だ。頭が高いぞ」
「おうさま!?」
「本当なの!?」
その後二人はすぐに慶一に懐いたようだ。先頭を楽しそうに歩いている。
「もーりへーゆきーましょおう、むーすめーさんーっと。がはははは」
「とーりがーなくー、あっはーは」
「あーのもーりへー、ふふ」
三人で歌いながら歩いている。
「あ、とりさんがいるよ、慶一」
「こうもりか? 今夜はやきとりだな」
「だめ、飼うの。おいでとりさん」
その後ろを空丸たちが続いて歩いている。
「随分楽しそうだなあいつ」
「まあいいんじゃないか」
その後ろを駆、樹一たちと続いている。
「ジュエース様。あの感覚はどのような調子ですか」
ヴェリスが樹一に向かって尋ねる。
「まだだ。すぐには戻らないのかもしれない」
「そうですか」
真っ暗な森の中を照明魔法をかざしてそれぞれが歩いていく。
「歩くの疲れた。私もおんぶして」
「わがまま言うやつには顔面貼り付けの刑だ」
「顔面はもう倒したんでしょ」
「俺様がな」
「慶一、寒い! 炎陣やって」
「ガス欠だ」
「何でよ!」
慶一と二人が戯れていると、後ろで感慨深そうに駆が呟いた。
「ああ、慶一はやっぱり吾妻の人間だな。井黒にいてくれればどんなに心強いか」
「普段の慶一は白井よりってことか。俺は普段の方が好きだぞ。今の慶一は喋りづらくて困る」
そのすぐ前を歩く空丸がこぼした。
「どっちでもいい。……早くメザシを七輪で焼きたい」
「遥々マラソンしてまで来たんだ。事情を全部説明してもらおう」
「仕事熱心だなお前は」
「他に誰もやらないからだろうが!」
由瑞と深山が言い合っていると遠くで明かりが見え始めた。森の木々の向こうに人工の照明が見える。
「もうすぐよ」
「王様の凱旋だね!」
「ハーレムいっぱい作るの?」
「美人ばかりを集めてな。お前たちは戦力不足だ」
「つまんない!」
町全体は塀で囲ってあり門がいくつかある。森から出て東側にある門の扉を開けると鈴の音が鳴り響いた。蒼い庭園に帰ってきたようだ。
「ただいま」
「おかえり」
慶一が返事をする。
「とりあえず、領主の館に来てくれ。疲れているだろうが全て話して伝える」
樹一がそう言った。
街の中を歩いていく。真夜中だからか明かりは疎らにしかついていない。一番北側に領主の館があった。
一階建てだが敷地は広く、玄関からすぐのところに広大な回廊があった。中庭に巨大な樹がそびえ立っている。所々には暗闇を照らす灯籠がともっていた。
「これが至萌の樹よ」
「しほうの樹?」
「別名スキルツリーという。近づいてみるといい」
樹一に促され、中庭に降りて樹に近づいてみる。
巨大な樹には色々なところに橙と白の光が木の実のように灯っていた。その下には札があり、名前が記されている。
「我々の祖先が残した樹だ。この世界の全てのスキルがここに灯っている。近づいて触ってみるといい」
そばにあった光に触れようとするとそのうちの一つの光が強くなった。自分が所持しているスキルに触れようとすると強く光るようだ。
「これが俺様のスキルだな。しっかり記しておけ」
触れなくても近づくだけでオレンジ色の光が強くなった。炎陣の光のようだ。札はまだついてない。
「俺の明後日だな。これは面白いな」
「俺のもある。札はまだなんだな」
空丸と深山も自分のスキルを見つけた。
「上の方にあるのは奥義だな。手を伸ばすだけで光ってる。生きてるみたいだな」
体術の奥義の名札が吊るされていた。
「丁度いい、ここで説明を始めるか」
樹一がそう言って今回の戦いに関する説明を始めようとした、そのとき。
「!? 何、あれ」
ヴェリスが突然声を上げた。
「何だ、どうした」
浦須も上を見上げた。するとそこには。
「!? 外壁」
真っ黒い暗闇に灰色の顔面が垂れ下がっていた。
牙途のときのやつだ。
全員が身構える。
「終わったんじゃなかったの?」
「いや、終わったはすだ。あれは飾蒲生じゃない」
「じゃあ、一体誰」
「慶一……」
空丸が慶一の方を見て言った。
「……」
深山も上を見ながら何かを考えていた。
牙途での戦いは今回のとは別のような気がしたからだ。
「用事を思い出した」
黙っていた慶一がそう言うと席を外した。
「とごへ行く?」
樹一の呼びかけには答えず、その場を後にした。
灰色の顔面はいつまでも巨大な樹の先で一行を見下ろし続けていた。