95、bタキオン
かつて物理学者ネイト・リシウがこの世で最初に発見したbタキオン(bad tachyon)というものがある。
極めてネガティブな現象を受け、粒子が振動を起こして発生させる場のことである。
その多くは人が発するものとして知られている。
例えば大切な人を目の前で失うとき、その現場で人体から発せられる波動。死ぬ本人、それを見ている当人、そして他の見物人。それら全てが出しうる波動となる。
現場はしばらくbタキオンが活性状態となり異様な地場となる。入っただけでめまいや吐き気がしたり見える風景が他のものと違う陰鬱なものに変わったり、健康状態も悪くなることが多い。植物は枯れ、動物も寄り付かない。虫たちは何故か同じ場所でひたすら正体不明の旋回運動を繰り返す。bタキオンは物質ではなく物質が出す波動であることがわかっている。死にまつわるときに発生することが多く、bタキオンの現場自体でも死亡率は上がるとされる。
また、時間経過とともに弱まることも知られている。
釈迦の放つエネルギーボールがbタキオンだった。陽気の象徴である火と打撃を用いることで相殺が可能であった。
そして今、最後の梵天が復活を遂げようとしている。
付随零番、【阿弥陀】。
一から十二まで残る全ての黒丹を液状にして集め、蘇生された。
現世に蘇った太古の魔物。その姿そのものが今、地に降り立とうとしていた。
「まだ終わらないのかよ」
駆が半ば呆れぎみにそう言った。
「さっきのより強いな」
空丸も息を飲んだ。
生命体が取れる最強の姿だ。
ここから先はbタキオンの嵐になる。
空丸たちは前向きに立ち回り陽気をはらんでいる。
そこで生じることは考えにくい。
bタキオンが湧くのはこの場所ではない。
最後の戦い――。
阿弥陀が構えを取った。
正面に見据える空丸を相手にする気だ。
空丸も応じるように構える。
「残量は?」
「八割だな。俺と慶一でやろう。あっちはハコテンみたいだからな」
意識を失った冬士郎を眺めながら空丸が言う。
ヴェリスが懸命に治癒を施している。
樹一たちも戦えるほどは回復していない。
阿弥陀が地を蹴った。
右フックを左腕を上げてガードする。
ズシ、ミシミシ
ガードの上から打撃の勢いを緩めない。
空丸は攻撃を流し、後ろへ飛んだ。
明後日をフルに纏っても骨を折られるところだった。
撃力では相手の方が勝っている。おまけにダメージも通らない。
どうやって破壊したものか。
悩んでいる空丸の元へ再び阿弥陀が踏み込んでくる。
流れるような殴打だ。美しくもある。
回避とガードで敵の攻撃を捌いていく。
一発が重い。
回避でやり過ごしたいが避けるとそこに的確に攻撃を入れられる。ガードが多くなり、少しずつ押されていく。
咄嗟にスキルを放った。
強攻撃。
ドンッ
相手は初めて食らったのか、攻撃が止まり一瞬隙ができた。
蓄積したダメージで体勢を崩すと見せかけてその場で、胴回し蹴りを放った。
ゴン
絶妙な飛距離で阿弥陀のこめかみにヒットした。
阿弥陀はその場で崩れ落ちた。
「何だ?」
倒れた阿弥陀はこめかみを手で押さえ苦しがっている。
ダメージが通っている――。
どうやら今までの梵天とは違うようだ。
源力で強化された攻撃を生身で受けた。
もう少し深ければ死んでいた。
死ぬほどの苦しみを今味わっている。
何とか立ち上がると、阿弥陀は見る影もないほど弱々しい構えをとった。
――何が起こったんだ?
現場は騒然としている。
ここから先は戦いではない。
逃げ場はない。
神を利用した罰が今下されようとしていた。